第356話 筆記試験

 ――ヴォルヴァ魔法学院。


 マギア王国王都ヴィンテルに広大な敷地を持つ、魔法研究及び魔法技能の向上を主とした学院である。

 身分も年齢も関係なく、必要なものは実力のみ(学費は必要だが)。総生徒数は千人を超えるモンスター校だ。

 入学難易度は世界を見渡してみても最高峰。入学することもさることながら、ヴォルヴァ魔法学院を卒業することはより困難を極めるため、卒業した者の将来は約束されていると言われている……らしい。


 そんな学院に留学すべく、俺たち『紅』の三人とアリシアは入学試験の日を迎えていた。


 ヴォルヴァ魔法学院は他の学院とは違い、月に一度入学試験を実施している。そのため、そこだけを切り取れば入学試験を突破することはそう難しいものではないように思えるが、その実、入試倍率は平均するとおよそ三十倍。三十人に一人しか合格することはできないとのことだ。


 俺たち四人は短期留学といえども、入学試験は通常の物と何ら変わりはなく、留学を果たすためには狭き門を突破しなければならない。

 合格ラインは実技試験百五十点、筆記試験五十点の計二百満点中、百二十点を取ること。試験内容、入学希望者の数にかかわらず、百二十点を取ることさえできれば人数問わず合格となる。


「ふぅ……。少し緊張してきたかも……」


 ヴォルヴァ魔法学院の正門を前にして、ディアがそんな言葉を呟く。

 今日は入学試験が控えているため、学院は休みだと訊いていたのだが、思いの外、人通りがかなり多い。門を通り抜ける人たちの服装がバラバラなところを考えると、その多くは受験者なのかもしれない。


 現在の時刻は約午前八時三十分。

 万全を期すため、集合時間に定められている九時よりも三十分早く到着した形だ。


「ディア先生の実力なら合格は間違いありません。合格できるか心配すべきはおそらく私だけだと思います。もちろん全力は尽くしますが、正直不安は拭えません」


 緊張を感じさせない柔らかな笑みをアリシアは顔に貼り付けているが、内心は不安でいっぱいなのか、弱音が零れ落ちる。


「何を恐れる必要があるのだ? 学院の試験がどんなものかは知らないが、私たちが落ちるはずがないだろう」


 フラムは些か楽観的過ぎるが、一理あることも確かだ。

 俺たち『紅』は実技試験で、アリシアは筆記試験でかなりの高得点が見込める。

 得点配分の大半が実技試験に偏っている分、アリシアは実技試験でもそれなりに点数を取る必要はあるが、アリシアの実力であれば満点とはいかずとも、ある程度纏まった点数は期待できるだろう。


「当たって砕けろじゃないけど、そこまで気負う必要はないんじゃないかな? カタリーナ王女……殿下も『そこまで難しいものじゃない』って言ってたしさ」


 危うくカタリーナ王女に敬称を付け忘れそうになりつつも、緊張と不安に囚われている二人に、ちょっとした気遣いでポジティブな言葉を贈る。


「そう……ですね。合格できる、そう信じて試験に挑みたいと思います。ではそろそろ試験会場に向かいましょうか」


 俺たちは正門を通り抜けたすぐ先に立て掛けてあった案内板に従い、広い敷地内を歩いて最初の試験――筆記試験の会場へと向かったのであった。




 受験票を試験官に確認してもらった俺たちは会場入りを果たし、指定された席に座った。ちなみに俺たち四人は五人掛けの長机を共有し、横並びに座っている。

 席順はアリシア、フラム、ディア、俺の順。俺の隣の席は空席となっている。


「すごい数……。百人はいるかな?」


 学校の体育館ほど広い試験会場にいくつも並べられた長机には、未だに空席が目立つものの、既に百人ほどの人々が大人しく席に着いていた。

 空席が全て埋まれば受験者数は百五十から二百人にも及びそうである。


「まだ時間まで二十分はあるし、まだまだ増えるんじゃないかな?」


「でも合格できるのは大体、三十人に一人くらいなんだよね? これだけ大勢の人がいるのに合格する人は片手で足りるかどうかだけ。そう考えると――」


 俺とディアが他愛もない会話をしていると、空席になっていた俺の隣の席に座ろうとする、見るからに貴族然とした金髪の青年が突然口を挟んできた。


「――合格できる気がしない、違うかい?」


 キザったらしく髪を掻き上げた青年はニヤリと口角を上げ、言葉を続ける。


「君たちが不安に思うのも無理はないさ。ヴォルヴァ魔法学院に入学できる者は限られた者だけだ。僕のように天から才能を授けられた一握りの人間だけが入学を許されるのさ。だけど落胆することはないよ。試験は毎月行われるし、一度落ちたとしても何度だって試験を受けることはできるからね。僕が訊いた話によると、過去には数十回と試験に挑み、合格を掴み取った者もいるらしい。だから君たちも一度落ちたからといって腐らずに励めば、いずれは合格することができるかもしれないよ。まぁ僕の場合は合格するだけじゃなく、高得点を取って上位クラスに入ることを目標としているから、そもそも君たちとは目指す所が違うけどね」


「「……」」


 どう反応するべきなのかわからず、俺とディアは咄嗟に言葉を返すことができなかった。

 馬鹿にされているのか、はたまた励まされているのかわからないが、とりあえず面倒臭そうな人に絡まれてしまったと思ったのは俺だけじゃないだろう。


「……おや? 励ましてあげたつもりだったけれど、もしかしたら余計に心配させてしまったかな? ……やれやれ、仕方がないな。偶然とはいえ、同じ机に座ることになった縁だ。ここは一つアドバイスを――この試験の抜け道を教えてあげようじゃないか」


「はぁ……。それはどうも……」


 よく分からない展開になってきたが、アドバイスをくれると言うのであれば、わざわざ断る必要はない。俺は大人しく耳を傾ける。


「実はこの筆記試験……スキルを使うことが黙認されているのさ。……これ以上は言わなくてもわかるね?」


「えっ? それってカンニン――」


 口元に人差し指を立て、何故かウィンクまでしてきた青年に俺の言葉は遮られる。


「ダメだよ、それ以上口にしては。あくまでも黙認なんだからさ。それに黙認されていることにも理由があるんだ。ヴォルヴァ魔法学院は筆記試験よりも実技試験に重きを置いていることは知っているよね? ……つまりだね、学院側は筆記試験に於いても、受験者が持つ力を最大限活用することを是としているのさ。当たり前の話だけど、スキルを使わない直接なやり方や、試験官に気付かれるようなあからさまな方法は失格になるから気を付けた方がいい。僕からのアドバイスはここまでだ。健闘を祈るよ」


 青年は再び俺にウィンクを飛ばし、それ以降は話し掛けてくることはなかった。




「制限時間は二時間です。それでは始めて下さい」


 試験官の合図で筆記試験が始まった。

 開始の前に配られた三枚の植物紙が答案用紙となっており、三枚の紙にはそれぞれジャンルの異なった問題が記載されている。


 一枚目の答案用紙には算術……日本で言うところの小学生で習う算数の問題が並んでいた。

 加算・減算・乗算・除算の四則演算が出来れば解ける程度の簡単な問題ばかりだったこともあり、俺はペンを止めることなく次々と問題を解いていく。


 二枚目は一般教養。

 幸いなことに、最も忌避していた歴史の問題はほとんどなかった。

 とはいえ、異世界の一般教養だ。この世界の人間ではない俺からしたら、どの問題も頭を悩ませるものばかり。特に地理に関する問題は手のつけようがなく、二枚目の答案用紙は空欄を埋めることすらままならず、匙を投げることになった。


 三枚目は魔法術。

 答案用紙には魔法術と書いてあったが、実際のところは魔法系統スキルだけではなく、その他のスキルに関する問題も多々あった。

 スキルに関することならば、コピー能力でスキルを増やしてきた俺ならそこそこ解けるのではないか……と問題を見るまでは楽観的に思っていた。だが、そんな甘い幻想は即座に打ち砕かれる。


 一言で表すならば、意味不明。

 『効率的な魔力の運用方法を述べよ』などといった記述問題もあったが、効率的に魔力を運用しようとなんて考えたこともなかった俺には解けるはずもなく、『節約』の二文字で片付けることしかできなかった。


 ちなみに試験中、会場内に様々な魔力が飛び交っている反応を俺は捉えていた。十中八九、隣に座る青年が言っていたカンニングを行うために誰かしらがスキルを行使していた証だろう。




 結局俺は制限時間を一時間以上残したところでペンを置くこととなった。

 算術だけは満点をほぼ確実としたが、後の二つは未知。最悪の場合、算術以外は無得点の可能性すらあったが、算術だけは満点が望める分だけまだマシだ、と自分に言い聞かせ、試験終了の合図をぼんやりと待っていた。

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