第335話 風習の違い

 魔法を使う様子を観察させてほしいと言われても、反応に困ってしまう。

 そもそもの話、冒険者の暗黙のルールとして、相手の手の内を訊くような真似は好ましい行為ではない。

 親しい間柄であればまだしも、今回の場合はほぼ初対面と言ってもいい相手だ。人によっては『マナー違反だ』と怒りを顕にする場面だろう。


 俺の困り果てた表情を見て何かを察したのか、女性冒険者はハッと口を手の平で覆い隠した。


「もしかして私、失礼な事を……?」


 そんな常識は知らなかったといわんばかりの発言を訊き、俺は女性冒険者に忠告を送ることにした。


「人によっては怒る人もいるかもしれません。手の内を探るような行為は忌避される傾向にありますから」


「ごめんなさいっ! でしたらさっきの話は無かったことにして下さい! 私たち、マギア王国から出たのは今回が初めてで、勝手がわからず失礼な事を訊いてしまいました……」


 女性冒険者が頭を下げると同時に、その仲間である他の三人も右へ倣えと俺に頭を下げてくる。

 このままではお店にも迷惑が掛かると考えた俺は、慌てて頭を上げるように説得した後、ふと疑問に思ったことを訊いてみることにした。


「勝手がわからずと言ってましたけど、マギア王国では他人の能力を訊いたりしても平気なんですか?」


「え、ええ。マギア王国では冒険者だけに限らず、魔法系統スキルに関しては、同じ身分の者であれば誰に尋ねても問題になることは基本的にはありません。むしろ推奨されていると言っても過言ではないかと。下級者は上級者――所謂魔法の扱いに長けた者に教えを乞う。そして上級者は下級者に知識を与えることが美徳であり、義務とされているのです。感覚としては『貴族のノブレス・義務オブリージュ』に近いかもしれません。マギア王国が魔法研究国家と呼ばれている由縁は、こうした風習によって魔法の研究が他国より進んでいることにあるのかもしれないですね」


 話を訊く限り、マギア王国にはなかなか面白い風習があるようだ。

 魔法の研鑽を積むために他者から教えを乞うというのも理にかなっていると言えるだろう。

 魔法系統スキルは他のスキルとは違い、使い手の工夫次第で大きくその力を変えることができるのだ。工夫と想像力次第では同系統の上位スキルを凌駕することも決して不可能ではない。

 無論、純粋な魔力量に於いてはスキルの質や所持数に左右されるため、いくら知識を得ようとも魔力量自体を増やすことはできないが、そこも使い手の工夫次第では魔力の消費量を抑えることはできる。

 つまり何が言いたいのかというと、魔法系統スキルは無限大の可能性を秘めているということだ。

 マギア王国はその秘めたる可能性を国全体で研究することによって、魔法研究国家として大きく発展していったのだろう。

 このような風習があるが故に、マギア王国には魔法を得意とする冒険者が多いのかもしれない。


「ラバール王国にはない風習ですね。こっちではもしもの時を考えて、下手に他人に自分の手札を明かさない方がいいとギルド職員から教わるくらいですし。もしかしたら治安の差が関係しているのかもしれませんね」


 ラバール王国の治安が悪いとは思わないが、冒険者同士のいざこざがあることも確かだ。新人いびりやら、どちらが強いやら、肩がぶつかったやらで喧嘩に発展することも少なくない。

 もちろん俺だって絡まれたことがある。

 冒険者ギルドの職員が手の内を曝さない方がいいとアドバイスを送るのも、冒険者同士のいざこざが後を絶たないからに違いない。

 そういった点を踏まえると、手の内を簡単に他者に曝すことができるということは、マギア王国の治安が良いからか、あるいは冒険者同士のいざこざが少ないからなのだろうと俺は考えた。


 しかし、そんな俺の予想は外れる。


「うーん……、それはどうでしょう。まだこの国に来てから一月程度ですが、私としてはラバール王国の方が治安が良いように感じていますよ。少なくともここ数ヶ月のマギア王国よりは絶対に良いと思います。私たちがマギア王国からラバール王国に来たのも、マギア王国で冒険者を続けていくことが難しいと判断したからですし……」


「マギア王国のことなら、噂程度に話を訊いたことが。なんでも『依頼が少ない』とか、『貴族が腐敗している』とか」


「ええ、概ねその通りです。まともな依頼は納品依頼くらいでしたから。他には貴族の護衛依頼が常にいくつか貼り出されていましたが、貴族の護衛依頼は割に合わないと皆わかっていたので、受ける者は滅多にいませんでしたね」


「そんなに報酬が悪かったんですか?」


「いえ、報酬自体はそこまで悪くありませんでした。むしろ相場より高く設定されていたくらいです。ですが、十中八九襲撃を受けるとわかっていて依頼を引き受けるほどの額ではありませんでしたね。護衛に失敗したらペナルティが発生しますし、依頼主である貴族に何を言われるかわかったものではありませんから」


 ほぼ必ずと言っていいほど襲撃に遭うのであれば、凄腕冒険者か、余程の自信家ではない限り、依頼を引き受ける者はまずいないだろう。

 だが、そう毎度毎度襲撃に遭うことなど、果たしてあり得るのだろうかといった疑問も残る。

 そこまでいけば、もはや治安の良し悪しの問題ではない。

 何者かが貴族の情報をリークしているか、もしくは作為的な何かを疑うべきである。


 何はともあれ、俺たちがマギア王国に到着した際には気を付けておいた方がよさそうだ。

 アリシアの護衛枠を俺たちに割いてもらう以上、『ごめんなさい、守れませんでした』では許されないのだから。


 俺は念のため、女性冒険者から貴族を襲撃する輩の情報を集めることにした。


「襲撃者の正体に見当はついていないんですか? 貴族が何度も襲われている以上、相当力を入れて捜査をしているのでは?」


「正体までは判明してませんが、同一組織の犯行ということは明らかになっています。何せその組織は『義賊』としてマギア王国ではとても有名ですから。実際に腐敗した貴族から金品を奪い、貧困に苦しむ人々に救いの手を伸ばしていることもあって、民からの人気も高いんですよ。それに強さも相当なものらしく、Sランク冒険者も舌を巻くほどだとか」


 Sランク冒険者が舌を巻くほどの実力を持った組織ともなれば、厄介極まりない存在だと言えるだろう。

 だがその組織が正真正銘『義賊』であるのなら、他国の王族や貴族が襲われる可能性は極めて低い。上流階級の人間を見境なく襲うような組織であれば話は別だが、話を訊いた限りそのようなことはないと考えてよさそうだ。

 無論、ある程度の警戒は必要だが、アリシアが襲われることはそうそうないだろう。

 もし襲われるとすれば、それはアリシアがマギア王国の貴族と行動を共にした場面。逆に言えば、そんな場面が訪れた場合は警戒を怠らないように気を引き締めなければならない。


 当然ながら厄介事に巻き込まれないことが一番だが、こうして事前にマギア王国に現れるという『義賊』の情報を得られたことは大きい。幸運と言ってもいいほどだ。


 俺は貴重な情報を提供してくれた女性冒険者に心の中でお礼を告げる。




 それから数分の間、ディアも交えて他愛もない雑談を交わした後、俺とディアが注文した料理が運ばれたタイミングで、女性冒険者との雑談は自然と打ち切られることとなった。

 ちなみに数量限定の絶品シチューの味は、絶品と銘打つに相応しいほどには満足のいく味だった。ディアも余程気に入ったらしく、店を出てからの足取りが軽やかに見えたのは気のせいではないだろう。




 その日から十日後。

 大規模開発工事は全工程を終え、竣工式を迎えることになった。

 そして竣工式が開かれたその日の晩に俺たち『紅』は再び王城に招かれることになる。

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