第296話 呆気なく
大聖堂の壁際に到着し、中へと転移する準備が整う。
周囲に人影はなく、教会の庭園で戦闘に入る心配はない。
しかし俺たちは、転移をするか否か考えなければならない事態に陥っていた。
「主よ、気づいているとは思うが」
「ああ、わかってる。ざっと数えても三十人以上はいるね。戦闘要員かどうかまではわからないけど」
レーガー枢機卿と『比翼連理』は、見事に囮としての役割を果たしてくれているに違いないが、流石に全ての兵を引っ張り出すには至っていなかったらしい。
大聖堂の中には多くの人の反応があり、侵入者を迎え撃つために待機しているように思える。
「でも、悪いことじゃないとわたしは思う。大聖堂に大勢の人がいるってことは、大聖堂を守らなくちゃいけない理由があるってことでしょ?」
ディアの考えは確かに一理ある。
大聖堂に、教会の裏手にある広場の地下空間へと繋がる隠し通路があると考えていたものの、確信にまでは至っていなかった。
しかしそれが今、確信に変わりつつあることを考えれば、この状況は決して悪いことばかりではない。
「確かにそうだね。どのみち戦闘は避けては通れないだろうし、ここは腹を決めるしかなさそうだ」
「うん。それに、向こうにも探知系統スキルを持っている人がいるかもしれないし、ここで時間を浪費するのは良くないと思う」
「うむ、ディアの言う通りだな。サクッと転移して、サクッと倒せばいいだけの話だ」
この場に留まり続けることを危惧したディアの言葉にフラムも同調し、俺たちの行動方針が定まる。
「そうと決まれば、早速行動を開始しようか。人の反応は大聖堂の出入口付近に集まってるから、裏をかいて大聖堂の最奥に転移するよ。準備はいい?」
二人は頷いた後、俺の肩に手を置き、そして俺たちは大聖堂へ転移した。
視界が切り替わると共に、瞬時に戦闘態勢に入る。
大聖堂内は壁面に設置された魔道具で明るく照らされていたこともあり、俺たちの侵入は即座に気付かれる。
「――なっ!? し、侵入者だっ!!」
槍を手に持った一人の男が驚愕の表情を浮かべ、叫んだ。
「奴ら、どこから入ったんだ!?」
「『比翼連理』が来るのではなかったのか!?」
「う、狼狽えるな! 武器を構えよ!」
とてもじゃないが、連携が取れているとは言い難い、ぎこちない動きで俺たちに武器を向ける兵士たち。
その装備を見る限り、シュタルク帝国の兵士ではなく、遠征に行かずに残っていたノイトラール法国の兵士だろうと見当をつける。
それにしても、本当に訓練された兵士なのだろうか、といった疑問が頭の中に浮かび上がる。
連携もさることながら、練度も実力も低い者ばかりのようだ。
ラバール王国の騎士団と比べてしまうと、その差は歴然としている。もはや兵士とも呼べぬ、お粗末な集団にしか見えない。
各々武器を俺たちに向けてくるものの、動こうとする者は誰一人として現れない。よく観察してみると、兵士たちの足は恐怖でガタガタと震えていた。
「俺が行くよ。二人は援護に回ってほしい」
フラムが
「うん、わかった」
素直に頷いてくれたディアに対し、フラムは白けた目で俺を見つめてきた。
「……主よ、本当に援護が必要なのか?」
「万が一があるかもしれないし、いつでも動けるように準備しておいてくれるとありがたいんだけど」
油断は禁物だ。念には念を入れておくべきだろう。
そう思っての発言だったのだが、どうやらフラムはお気に召さなかったらしい。
「主よ、もし万が一があった場合は……覚悟しておくのだな。私が再び鍛え直してやろう。地獄すら生ぬるい――」
フラムの言葉を聞き終える前に、俺は敵兵士を目掛けて駆け出していた。いや、この場合は『逃げた』と言うべきかもしれない。
フラムに鍛えてもらったこと自体は、嘘偽りなく感謝している。
が、しかし、もう一度あの特訓を受けることだけは勘弁願いたいというのが正直なところだ。しかもフラムが『地獄すら生ぬるい』と口にしていることを考慮に入れると、想像もしたくない。
万が一があってはならない。
そんな思いを胸に、俺は全力で三十人を超える兵士たちに立ち向かっていった。
……
…………
………………
「ふぅ……」
最後の一人が倒したのを確認し、俺は紅蓮を鞘に収めた。
戦闘はあまりにも呆気なく終了。一分も掛からず、敵戦力全ての無力化に成功していた。
ちなみにこの戦闘での死者数はゼロだ。
『多重幻影』と『麻痺毒』を使い、反撃させる間もなく兵士たちの意識を次々と刈り取っていったのである。
おそらく後一時間は目を覚ますことはないだろう。その間に地下空間へと繋がる入り口を探し出さなければならない。
「お疲れ様、こうすけ。でも、どうしてあんなに必死だったの?」
「いや、うん。はははは……」
ディアから無垢な質問が飛んできたが、フラムを前にして真実を口に出来るわけがなかったため、乾いた笑い声を上げてその場を誤魔化す。
そしてフラムは、というと……
「うむ、悪くはなかったぞ。日頃から幻影に頼り過ぎているきらいがあるが、まぁ良しとしよう」
ギリギリ合格点を貰えたようでホッと内心で安堵しつつ、フラムの話の続きに耳を傾ける。
「それより主よ、ディアが地下空間へと繋がる入り口をどうやら見つけたらしいぞ」
「えっ? いつの間に?」
まだ大聖堂に到着してから二分と掛かっていないにもかかわらず、如何にして見つけたと言うのだろうか。皆目見当がつかない。
俺はディアに顔を向け、説明を促す。
「こうすけが戦ってる間に、空気中に漂う魔力の流れを読み取ってたの。魔力は少しでも隙間があれば通り抜けられるから。そしたら……」
そう言いながらディアは、大聖堂の最奥に設置されている祭壇に向かって指を差した。
「あの辺りに魔力が微かに流れていっていることに気付いたの。でも……少しおかしい」
「おかしい?」
「うん。上手く説明は出来ないけど、どこか違和感があるの」
ディアは神妙な面持ち(形態偽装の仮面を着けているが)で違和感の正体を考え込む素振りを見せるが、結局違和感の正体がわからなかったのか、首を左右に振った。
「……ごめん。やっぱり上手く説明出来そうにない。もしかしたら、わたしの気のせいかもしれない」
「気にする必要はないよ。とりあえず祭壇の周辺に入り口があるか探してみよう」
ディアが気落ちしないように一度話を切り上げ、俺たちは祭壇の前に移動した。
大理石のような斑が一切ない真っ白い石を加工して作られたであろう大きく重厚な祭壇の上には、二本の長い蝋燭と白く咲き誇る花が生けられているだけで、他に目立った物は何も置かれてはいない。
「うーん……。こういうのは大抵何処かしらに仕掛けがあるっていうのが相場なんだけどなぁ……」
蝋燭が置かれている燭台を持ち上げてみたり、祭壇の至る箇所を触ってみたりとしてみたが、入り口が何処からともなく現れるなんてことはなく、ただ時間だけが過ぎていく。
こうなったら力ずくで、などと考えたりもしたのだが、祭壇は押しても引いてもびくともしなかった。
「ディア、魔力って祭壇のどの辺から流れてきてる?」
「えっと、祭壇の真下からだよ」
やはり何かしらのギミックで祭壇の位置が横にずれるような仕組みになっているのだろう。しかし、いくら探そうがギミックを見つけることが出来ず、俺が途方に暮れていると、いつの間にかにフラムが祭壇の目の前に立っていた。
「――面倒だ」
ドゴッ。
フラムは片手であっさりと祭壇を床ごと引き剥がし、そして放り投げた。
「「……」」
呆気に取られたのは俺だけではなく、ディアも同じだ。
「ふむ、これが入り口か。……ん? 何をぼさっとしているのだ? 早く行くぞ」
俺とディアは黙ってフラムの後ろをついていったのだった。
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