第284話 狂気に満ちし者
「はぁ……わかったわよ。私たちが陽動でいいわ。それで、貴方たちはどうするつもり?」
ジトっとした半目で不満を訴えてくるエルミール。だが、冗談半分でそういった態度を取っているだけだろうと俺は流すことにした。
「もちろん俺たちはその隙に教会に忍び込むつもりだよ。そして『
生産場はおそらく教会の裏手にある広場の地下空間にあるとみているが、確証はない。もし予想が外れていた場合は、マヌエル・ライマン枢機卿を捕らえ、生産場の場所を吐かせる他ないだろう。
「一つお願いしたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「お願い?」
「ええ。私からのお願い――というよりは、レーガー枢機卿からの依頼なのだけれど、ライマンの悪事を証明するために、何か物証になるようなものがあったら、手に入れておいてもらえないかしら?」
生産場を潰し、ライマンを捕らえたとしても、証拠がなければ言い逃れされてしまう可能性が高いということなのだろう。いくらレーガー枢機卿が『ライマンが悪事を働いていた』と公表したとしても、そこに証拠がなければ、ライマンがそれを認めることは絶対にない。
故に、確実にライマンを枢機卿の座から、表舞台から引きずり降ろすためには、確たる証拠が必要となるというわけだ。
「わかった。何とか探してみるよ」
話が一区切りつき、エルミールは冷えた紅茶で唇を濡らす。
「今立てられる作戦はこのくらいでしょうね。後は臨機応変に対応していくしかないわ」
臨機応変。
聞こえはいいが、要するにぶっつけ本番ということだ。
不安がないと言ったら嘘になる。だがしかし、相手の動きがわからない以上、どうすることも出来ないのもまた事実。
特に『比翼連理』の二人の実力に、俺は若干の不安を覚えている。
己の実力を過信しているわけではないが、俺たち『紅』なら、どんな実力者が相手になったとしても、ある程度対処出来る自信がある。
しかし『比翼連理』の二人はどうだろうか。
Sランク冒険者という肩書きは、伊達ではないことは重々承知しているつもりだ。それでもSランク冒険者より強い者がいることも知っている。
竜族然り、ルッツ然り、どちらも冒険者でなくとも紛れもない強者だ。そのような強者が現れた場合、果たして『比翼連理』の二人が勝利を収めることが出来るのだろうか。そんな不安が俺の脳裏を掠める。
「臨機応変……か。もし仮にだけど、二人より強い相手が現れたらどうする?」
「私たちより強い相手? そうそういるとは思えないわね」
「仮に、だよ。仮に」
「そうねぇ……。レーガー枢機卿の安全が確保出来るまでは戦うんじゃないかしら? 時間稼ぎくらいなら、誰が相手だろうと出来る自信があるもの」
嘘を言っているわけでも、虚勢を張っているわけでもなさそうだ。おそらく彼女たちは自分たちの命より、レーガー枢機卿を逃がすことを優先するに違いない。
危うい考えだ。そう思わずにはいられない。
故に俺は、保険を掛けておこうと心に決めたのであった。
話し合いもとい作戦会議が終わり、帰り支度をしている途中、俺はレーガー枢機卿に頼んでいた用件を思い出した。
「そういえば、レーガー枢機卿に地下空間を調べてもらうって話はどうなったんだ?」
「あ……すっかり伝え忘れていたわね、ごめんなさい。あの後すぐにレーガー枢機卿は調査して下さったらしいのだけれど、残念なことに空振りに終わったと仰っていたわ。ただ、何かしらの秘密があそこにはありそうだ、とのことよ。それと、広場にはあまり近付かない方がいいとも仰っていたわね」
「ってことは、未だに広場には警備の目があると?」
「そういうことよ。迂闊に近寄ればマークされてしまうでしょうね。気を付けなさい」
もう一度広場に行って試してみたいことがあったのだか、ここは諦めるしかなさそうだ。
「わかった。それじゃまた当日の夜に」
「ええ。一週間後、全てを終わらせましょう」
こうして俺たちは『比翼連理』の二人が泊まる宿を後にしたのであった。
―――――――――――――
遠征予定日を五日後に控えたその日の深夜、ライマンの私室に一人の男が訪れていた。
男の外見年齢は三十前後。
その風貌は、聖職者のそれとは真逆に位置すると言っても過言ではない程、野性味溢れていた。
手入れがされていない無精髭を生やし、汚ないと注意を受けても仕方がない古びれた服を身に纏っている。だが、ライマンはその男の服装を注意することはない。
「よく来てくれた。感謝する」
「もっと感謝してくれてもいいんだぜ? 時間がないっつうから急いで来てやったんだ。美味いもんでも食わせてくれよ」
「ああ、後でいくらでも用意させよう。それより、来たのは貴様一人だけであるか?」
「今日はな。だが、後数日もすりゃあ三十人ほど来る予定だ。今頃はどっかで野宿でもしてんじゃねぇか? 俺様は野宿なんて真っ平御免だったからな。だからこうして単身ぶっ飛んで来たってわけよ」
「貴様らしいといえば、らしいか」
ライマンはこの男の性格を熟知していた。
粗野な性格で、面倒事を嫌う。そして何より戦いが好きな男だと。
総評すると、扱いづらい男。
だが、戦いという面においては使える男であった。故にライマンは、この男を呼び出したのだ。否、『借り受けた』と表現した方が正しいだろう。
「まあな。そんなことよりよ、おっさん。わざわざ俺様を呼んだっつうことは、それなりに楽しませてくれるんだろうな?」
「おそらくは、な」
「ああん? どういうことだ?」
男の目付きが鋭くなる。
今にもライマンの胸ぐらを掴みかからんとばかりに、椅子から腰を浮かせ、前のめりになる。しかしライマンはそんなことで動揺するほど肝が小さい男ではない。
「少なくとも雑魚ではない。相手はSランク冒険者だ」
「Sランク冒険者って言われても、いまいちピンと来ねぇな。おっさんより強いのか、弱いのか、どっちなんだ?」
男の質問を聞いたライマンは、ライマンにしては珍しく盛大な笑い声を上げる。
「――はははははっ!」
「あん? 頭がおかしくなっちまったのか? おっさん」
「すまん、すまん。私より強いか、弱いかであったな。――弱いに決まっているであろう」
笑みを瞬時に消し去り、真顔でそう言い放つ。確固たる自信がそこにはあった。
「――ちっ。つまんねぇな。だったらわざわざ俺様を呼ぶ必要なんてねぇじゃねぇか。おっさん一人でどうにかしろよ」
「そう言うな。私はこれでも忙しい身だ。それにまだ、つまらぬことになるとは限らんぞ?」
男の持つ金色に輝く瞳が、一瞬大きく開かれる。
「詳しく聞かせろ」
「Sランク冒険者が相手だと私は言ったが、実のところ、相手はそれだけではない可能性がある」
「数が増えかもしれねぇっつう話か? 雑魚がいくら増えたところで、なんの意味もねぇ。ただ面倒なだけだ」
「まあ聞け。つい先日の話だ。私の直属の部下が一人、何者かに手玉に取られた」
ライマンは男に、先日失態を犯したホラーツの話を詳細に語った。
話した内容は、ホラーツの実力や、敗れたホラーツの記憶が弄られていたことについてだ。
「部下が言うには、三人組の冒険者だったとのことだが、記憶が弄られていた以上、正しい情報であるのかは不明だ」
「おっさんの部下だった男がAランク冒険者程度の実力しかねぇんじゃ、物差しにもなりゃしねぇし、何とも言えねぇな。けどまぁ、そこそこ面白そうではあるな。せいぜい俺様の期待を裏切らねぇでくれよ、正体不明の誰かさんよ」
ククク、と嗤う男の表情は、血と暴力を求めんとばかりに、狂気に満ちていた。
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