第237話 先行
フォレスト・スコーピオンと戦おうとしている輸送部隊の隊員二人に近付いた俺は木の上に飛び乗り、息を殺してタイミングを見計らっていた。
「また魔物ですか!? ホラーツ様から『魔物との戦闘はなるべく回避しなさい』と言われた命令を忘れてはいませんよね!?」
「向こうから襲ってくるんだから仕方ないだろ! そんなことより、早く馬車を止めるよう伝えてくれ! それと救援要請もだ!」
「わ、わかりました!」
二人いた隊員のうちの一人が離れ、フォレスト・スコーピオンの前に立つ隊員は僅か一人だけとなった。
その場に残った四十代前後であろう髭面の隊員は、槍を構えて対峙する。
ちなみに、フォレスト・スコーピオンの体長は約三メートルにも及ぶ。
鋭い針を先端につけた尾を含めれば四メートルにも届く、緑色をした巨大なサソリである。
しかしながら凶悪な見た目とは裏腹に、フォレスト・スコーピオンの強さは『
フォレスト・スコーピオン
上級スキル 『金剛化』
所有スキルはたったのこれだけ。
相手に麻痺を付与する『麻痺毒』と、防御力を高める『金剛化』の組み合わせは多少厄介かもしれないが、フォレスト・スコーピオンと対峙している隊員の実力をチラッと覗き見た感じでは、そう簡単に殺されはしないだろう。
しかし、だ。
俺がここに来た理由はフォレスト・スコーピオンから輸送部隊の隊員を守るためではない。
あくまでも輸送部隊の進行速度を速めるために、尾行がバレるかもしれないというリスクを犯してまで、手助けをしに来ただけである。
フォレスト・スコーピオンを倒すこと自体は簡単だ。問題はどうやって気付かれないように倒すか、ただその一点のみ。
タイミング的には隊員が一人しか残っていない今がベストだろう。
救援を呼びに行った隊員が戻る前に終わらせて、さっさとディアたちのもとへ帰らなければ、という思いを胸に、俺は行動を開始した。
俺が考えた作戦は至ってシンプルなものだ。
隊員の気を逸らしたその隙に、フォレスト・スコーピオンを狩り、死骸を回収する。それだけだ。
まず手始めに、フォレスト・スコーピオンと未だにジリジリと対峙し続けている隊員の背後にある大木を『
「――なんだっ!?」
ドスンッと大木が倒れた音が背後から聞こえてきたことで、隊員は驚きの感情を言葉にし、慌てた素早い動きで後ろを振り返った。
想定通りに事が進み、俺はほとんど無意識にうっすらと笑みを浮かべた後、フォレスト・スコーピオンのすぐ後ろに転移。そして即座に『不可視の風刃』で巨大な身体を真っ二つにし、死骸を異空間内に回収した。
「……あれっ? フォレスト・スコーピオンは……?」
呆然としたかのような声が背後から聞こえてきたが、俺はそれに構うことなく、その場から離脱を果たしたのであった。
ちなみにフォレスト・スコーピオンを倒した際に、ちゃっかりと『麻痺毒』のスキルをコピーしていた。
「ただいま――っと」
「おかえり、こうすけ」
「早かったではないか」
木から飛び降り、ディアとフラムのもとに帰ってきた俺は挨拶もそこそこに、ある提案を二人に行う。
「弱い魔物が一体いただけだったからね。それよりも、実は帰りの道中に少し考えたことがあるんだ。もっと楽に輸送部隊の移動を補助する方法があるんじゃないかなってさ」
「……もっと楽に?」
「楽に、じゃないか。それだと少し語弊があるかも。正しくは『リスクを抑える』方法かな」
魔物が相手に発見されてから駆除に向かうのはかなりのハイリスクだと言えよう。
一度だけならまだしも、それが二回、三回と続けば、輸送部隊の誰しもが疑問を抱いてしまうに違いない。
「ほう。リスクを抑える方法か。して、どうするつもりなのだ? 主よ」
「輸送部隊より前を進むつもりだ」
「……なるほど。こうすけの『気配完知』があれば、間違えた道に進んだとしても、すぐに気付けるね」
ディアは俺の考えをあっさりと読み解く。
俺の『気配完知』があれば、例え行き先を間違えていたとしても、輸送部隊が『気配完知』の範囲内にいる限り、決して見失うことはない。
だからこそ、俺は思ったのだ――先回りして魔物を駆除してしまおう、と。
「主の言いたいことはわかった。確かに主の言う通り、私たちが先回りして魔物を駆除してやった方が手っ取り早いな」
「行く先々に魔物がいないとなると、輸送部隊の人たちにかなり怪しまれるだろうけど、俺たちの姿さえ見せなければどうとでも誤魔化せると思うんだ。それで、俺はこの作戦で行こうと思うんだけど、二人はどうかな? 大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「問題ないぞ」
二人の同意を得た後、俺たちは街道横の森の中を全速力で疾走し、輸送部隊の前に出たのであった。
――――――――――――――
「ホラーツ様、一つご報告が」
街道に止めた荷馬車を守るホラーツのもとに、フォレスト・スコーピオンの討伐に向かわせた一人の隊員が森の中から姿を見せ、ホラーツに頭を下げた。
「どうかしましたか? フォレスト・スコーピオン程度の魔物であれば、三人ほど援護に向かわせれば十分だと思ったのですが、もしや苦戦しているのですか?」
「いえ、実は――」
隊員は困惑を一切隠さない表情でホラーツに、フォレスト・スコーピオンを倒すべく援護に向かった先で起きた謎の現象について説明を行っていく。
「つまり、援護に向かった時には既にフォレスト・スコーピオンは姿を消していた、と?」
「その通りでございます。一人でフォレスト・スコーピオンと対峙していた者からも証言を取ったのですが、その者曰く、『いつの間にかに姿が消えていた』とのことです」
「……」
ホラーツはそこで考え込む仕草を見せ、黙り込む。
「あの、ホラーツ様……?」
思考の邪魔をされたくないという思いから、ホラーツは淡々とした声音で短く返答する。
「移動を再開しますので、引き続き警戒を」
「はっ! かしこまりました」
ホラーツから命令を受けた男は伝令係として各所に向かうため、その場を後にした。
荷馬車が動き出すと共に、ホラーツは顎に手を当てながら歩みを進める。だが、ホラーツの視線は進行方向にはなく、地面に向いていた。
何故なら、思考の海に潜っていたからだ。
(野営をした際には魔物が周囲一帯から消え失せていて、今度はフォレスト・スコーピオンが突如として姿を消した……。これらの事態はあまりにも不自然だと言わざるを得ませんね。考えられる可能性として、何者かに私たちが守られている? ……いや、違うでしょうね。それでは私たちに都合が良すぎる。そんな甘い妄想は捨てなければ。今、私が考えるべきは最悪の想定。では、何が最悪なのか……。それは当然、積み荷を狙われることでしょう。しかし、積み荷を狙うのであれば、私たちが魔物に襲われ、混乱していた方が都合が良いはず。わざわざ魔物を狩る意味も必要もない……。だったら残る答えは一つしかないでしょう)
ホラーツが導き出した答え。それは――尾行だった。
だが、尾行してきている者の正体までは掴むことは出来ていなかった。
(国家の手の者なのか、はたまた私たちを監査する目的で付けられた教会関係者なのか……。何者かまでは分かりませんが、まぁ良いでしょう。例え尾行されていたとしても、私は私の仕事をこなすまでです)
ホラーツに任された仕事は、あくまで『
尾行されている可能性があることを報告する必要はあるが、後のことは全て上層部が片付けてくれるだろうとホラーツは考え、思考を放棄した。いや、放棄してしまった。
後に、厄災が己に降りかかってくることになるとは、この時は思いもしていなかった。
フォレスト・スコーピオン消失事件から半月後、聖ラ・フィーラ教の輸送部隊は目的地に到着した。
その目的地の名は――『ノイトラール法国』。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます