第228話 報告と謝罪

 第一声はこうだった。


「よう、コースケ。久・し・ぶ・り・だ・な」


 額に血管を浮かべ、今にも怒鳴り散らすのではないかといったオーラを放っているのは『新緑の蕾』のリーダーであるブレイズだった。

 ブレイズの両隣にはいつも以上に無表情のララと、大きなため息を吐くレベッカの姿もあるが、今は激怒していると思われるブレイズの相手をするので手一杯なため、相手をしている場合ではない。


「や、やぁ……久しぶり……」


 俺が何とか捻り出した返答はこの一言だけだった。




 時は五分前に遡る。

 全ては来客を知らせる魔道具のベルが屋敷中に響き渡ったことから始まった。


 ちょうど朝食を食べ終え、食堂から自室へと戻ろうとしたタイミングで、ふいにベルが鳴り響いた。


「ん? こんな朝早くに一体誰だろう?」


 押し売りをしてくる商人が来るにはまだ早すぎる時間帯だ。他に可能性があるとしたら、アリシアとリゼットが稽古をつけてもらいに来た可能性くらいなものだが、それにしても早すぎる。


「コースケ様、私めが来客の対応を致しましょうか?」


「お願いしよ――」


 イグニスに来客の対応を任せようとしたが、俺の持つ英雄級ヒーロースキル『気配完知』が見知った者たちの反応を捕捉した。


「ごめん、やっぱり俺が行くよ。どうやら『新緑の蕾』の三人が来たみたいだし」


「かしこまりました。何かあればお申し付け下さい」


「ありがとう、イグニス。そうそう、ディアとフラムはどうする? 一緒に行く?」


「うん。いいよ」


「んー。まぁ暇だし、私も主についていってみるとしよう」


 軽く身だしなみをチェックし、俺たちの三人は屋敷の門前へと向かうことにしたのであった。




 そしてに至るというわけだ。

 怒・無・呆。と『新緑の蕾』のメンバーが持つ感情はそれぞれ異なっているが、一つだけ共通点があった。

 それは――その感情が俺たち三人に対して向けられている点だ。


「んで、何か言い訳はあるか? なぁ? コースケさんよぉ」


 何故ブレイズたちが突然俺たちの屋敷を訪れ、怒っているのか。

 原因を必死に考えた俺は、一つの答えに辿り着く。


「……あっ! そういえば……昇級試験の報告……」


 完全に失念してしまっていた。

 吸血鬼の討伐依頼を受け、達成したにもかかわらず、冒険者ギルドに達成報告をしていなかったことに。

 吸血鬼討伐後、すぐに反王派貴族が起こした反乱の鎮圧に向かったこともあり、昇級試験を受けていたという事実を綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。

 今思えば反乱を鎮圧した日以来、ブレイズたちとこうして顔を合わせたことは一度もなく、また俺たちは一度も冒険者ギルドに足を運んでいなかった。

 つまりは、だ。ブレイズたちは、俺たちが冒険者ギルドに来るのを一ヶ月以上待っていたということになる。


 これは完全に俺が悪い。

 いくら謝っても謝りきれないほど、申し訳ないことをしてしまっていたのだ。ブレイズが怒るのも無理はない。


「ったく、こいつら完全に忘れていやがったな……。おかげで俺たちは毎日毎日ギルドに足を運んではコースケたちが来るのを待つ羽目になってたんだぜ?」


「――本当にすみませんでした!」


 ガバッと勢いよく頭を下げる俺。

 ディアとフラムは首を傾げつつも俺の動きに合わせて頭を下げていた。


「はぁ……。だから最初から冒険者ギルドで待つんじゃなくて、こうした方が良いって言ったじゃない。あの騒動の後だもの。忘れていても仕方がないわよ」


「私も同意見。兄さんは待つことにこだわりすぎ」


 どうやらレベッカとララは冒険者ギルドで待たずに俺たちの屋敷に向かった方が建設的だと考えていたようだ。


「いやいや! 普通来ると思うだろ!? コースケたちにとっちゃあ昇級試験だったわけだし、クッソ強かった吸血鬼共を倒したことを普通忘れっか?」


 ごもっともな話だ。

 自分で言うのもあれだが、常識的に考えて忘れるとは思わないのが普通の思考だろう。


「本当にブレイズ様の仰る通りでございます……。あの、よろしければお飲み物でも飲んでいかれませんか……?」


 ブレイズの機嫌を取るため、下手に下手に対応する俺。だが、そんな小細工がブレイズに通用するはずがなかった。


「急に丁寧な言葉遣いをしたって無駄だっつーの。あー、とりあえずさっさと冒険者ギルドに行くぞ。い・い・な?」


 拒否権なぞ今の俺たちには存在しなかった。ここは大人しくブレイズの命令に従うしか選択肢はない。


「承知しました……。本当にごめんなさい」




 早足で冒険者ギルドに到着した俺たちは、すぐさま依頼の達成報告を副ギルドマスターであるリディアさんに行った。


「手続きは終わったわよ。複数体の吸血鬼がいたなんて大変だったわね。はい、これ。依頼の達成報酬とAランク冒険者カードよ。それと吸血鬼の魔石の買い取り金は達成報酬の入った袋の中に一緒に入れておいたから」


「ありがとう、リディアさん」


 白銀に輝くミスリル製の三枚のギルドカードと、どっしりとした重量を感じる袋をリディアさんから渡される。


「それにしても、一ヶ月以上も前に受けた依頼の報告を今頃になってするなんて何か事情でもあったのかしら?」


「色々忙しくて、すっかり忘れてただけというかなんというか……。あははは……」


「……忘れてただけなのね。まぁコースケ君らしいといえばらしいか」


 ジト目を向けられても困る。しかも忘れていたことに関して『コースケ君らしい』とリディアさんに思われているなんて少しショックだ。


「まぁいいわ。これで晴れて『紅』の皆はAランク冒険者の仲間入りよ。素直に『おめでとう』と言わせてもらうわね。でも、Aランク冒険者になったからって浮かれてはダメよ? 依頼の難易度も桁違いに跳ね上がるし、緊急時には強制依頼がギルドから発令されることだってあるんだから」


 強制依頼については以前レベッカから話を聞いたことがある。

 記憶によれば、拒否することが基本的に許されず、もし拒否すれば多額の罰金とランクの降格といった厳しいペナルティが課せられてしまうとのことだったはずだ。


「その辺については『新緑の蕾』の人から話を聞いたことがあるから理解してるし、大丈夫だよ。それじゃあそろそろ行くね。ブレイズたちを待たせちゃってるから」


「わかったわ。心配はいらないと思うけど、くれぐれも気を抜いたりしないようにね」




 リディアさんに別れを告げ、俺たち三人はギルド内に設置されているテーブルの席に着いているブレイズたちのもとへ向かった。


「三人とも待たせちゃって本当にごめん。せめてものお詫びとして、依頼の報酬を全額受け取ってほしい」


 テーブルの上に金貨がぎっしりと詰まった袋を置き、俺は再度頭を下げる。


「気にすんな。もう怒っちゃねぇし、報酬は均等に分けようぜ」


「そうね。そもそもあの依頼は『紅』が全部片付けたみたいなものだし」


「うん、同意。私たちは足を引っ張っただけ」


 三人は報酬を分けようと提案してくれるが、それでは俺の気が済まない。

 俺が忘れていたせいで『新緑の蕾』はここ一ヶ月以上、冒険者ギルドで待機する日々が続き、まともな依頼を受けることが出来なかったはずだ。

 Sランク冒険者である彼らなら、一ヶ月という期間があれば相当な金を稼げただろうことからも、その損失を補わなければ申し訳が立たない。


「お願いだから受け取ってほしい。このままじゃ俺たちはブレイズたちに合わせる顔がなくなっちゃうからさ」


「うん。こうすけの言うとおりだとわたしも思う。本当にごめんなさい」


「主がそう言うのであれば、そうなのだろう。悪いことをした」


「「……」」


 俺たちの謝罪に対し、ブレイズたちは口を閉ざして視線を交わしあう。おそらくどうするべきか視線だけで相談しているのだろう。


「――わかった。そこまで言ってくれるんなら、ありがたく受け取らせてもらうぜ。だから全部これでチャラにしよう。これ以上謝られても困っちまうし、気まずい雰囲気になるのも嫌だしな」


「……ありがとう」


「辛気くせぇ話はこれで仕舞いだ。それよりこれを見てくれよ。すんげぇ行列に並んでギリギリ買えたんだぜ? 正直、自慢したくてウズウズしてたんだ」


 そう言ってブレイズが鞄から取り出したのは、透明なガラス製のフラスコに入った濁りの無い薄緑色の液体だった。


「これは?」


「……ふっふっふ。聞いて驚け。これはどんな怪我でも一瞬で治せるっつう噂のだ」

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