第211話 結び付く遺言
「ええっと……ロザリーさん、王城に行くんじゃ……?」
ナタリーさんとマリーに留守番を任せ、俺たち『紅』とイグニスはロザリーさんが乗ってきた黒塗りの馬車に乗車し、王城へと向かうはずだった。
しかし、何故か馬車は王都の南門から外へ出ようとしていたため、俺はロザリーさんに疑問を投げ掛けたのだ。
「はい。その通りですが?」
「……? じゃあ何で馬車は王都から出ようと?」
俺の疑問にようやく理解が至ったのか、ロザリーさんはハッとした表情を一瞬浮かべ、頭を下げる。
「申し訳ありません。説明が足りていませんでした。実は王都を出た南の森に、王城へと続く隠し通路があるのです。今回はその通路を使用して王城へ向かう予定となっております」
「どうして今回は隠し通路を? そもそも、隠し通路を俺たちに教えちゃ駄目なんじゃ……」
隠し通路と言うくらいなのだから、常識的に考えれば一般人である俺たちが知るべき場所ではないだろう。こういった物は大概、王家や一部の側近だけにしか知られてはいけないのではないのかといった疑問が浮かんでしまう。
「隠し通路を使用する理由は、皆様が王城を訪れたことを他の者たちから隠すためです。隠し通路に関しては、国王陛下から使用許可が出ていますので何ら問題はありません。勿論、他言無用でお願い致します」
何故俺たちが王城を訪れることを隠す必要があるのかを聞きたかったのだが、ロザリーさんと上手く会話のキャッチボールが出来ないと判断し、そこで会話を終えることにした。
馬車に揺られること約三十分。
暗い洞窟のような通路を通っていたかと思いきや、気がつけば王城の中庭らしき場所に到着していた。
「皆様、到着致しました。ここからは徒歩になります。私についてきて下さい」
周囲には騎士どころか、使用人などの人影すらどこにもない。
おそらく、わざわざ俺たちのために人払いをしているのだろう。
人気のない王城の中を歩き、ロザリーさんに案内されたのは豪奢な扉が設置された一室だった。
「失礼致します。お客様をお連れ致しました」
ノックをしたロザリーさんは返事を待つことなくドアノブに手を掛け、豪奢な扉を開けて中へと踏み入る。
「皆様、中へどうぞ。国王陛下がお待ちです」
案内された部屋の中には、黒い革製の椅子に腰掛けたエドガー国王が俺たちを待っていた。
部屋の中にはエドガー国王以外、人影は見当たらない。
「呼び出して悪かったな。中に入って椅子に掛けてくれ」
エドガー国王の言葉に従い、俺たち四人はそれぞれ椅子に座り、ロザリーさんがいつの間にかに用意した飲み物で一度喉を潤してから、早速呼び出された理由を尋ねる。
「国王様、俺たちに内密の話があるとのことですが、一体どんな話なんですか?」
「話をする前に、まずはお礼を言わせてくれ。四人のおかげで王都は――いや、ラバール王国は救われた。誠に感謝する」
真剣な顔つきで頭を下げるエドガー国王。
国の頂点にいる人物が頭を簡単に下げてもいいのだろうか、などと思っていたが、ロザリーさんがエドガー国王を止める様子はない。
「いえ、お礼の言葉はあの日にもいただきましたし、これ以上は気にしないで下さい。それに、俺から言い出したことなので」
正直、感謝されること自体は嬉しいが、国王という立場の人から頭を下げられてしまうと、こちらの胃が痛くなってしまうし、止めてほしいとすら思う。
「コースケならそう言ってくるとは思っていたが、やっぱりか……。だが、救われた事は事実だ。感謝の言葉を受け入れてほしい」
「わ、わかりました。受け入れますので、これでこの話は終わりにしましょう! 内密の話の方が気になりますし!」
これ以上の感謝の言葉はいらないとばかりに、あえて声のトーンを上げて捲し立てる。が、エドガー国王は俺の心の内を読み取ったのか、ジトっとした目を向けて大きなため息を吐いた。
「はぁ〜……。コースケらしいといえばそれまでなんだが、もう少し感謝くらいさせてくれ。今やコースケたちは救国の英雄なんて呼ばれてるんだぞ?」
「俺たちが救国の英雄……? 何ですか、それ?」
ディアたちに視線を向けてみたが、全員が首を傾げている様子からして、救国の英雄などと呼ばれていたなんて知らなかったようだ。
「救国の英雄、謎に包まれた仮面の四人組、国王の懐刀などなど、コースケたちのことが色々と噂されてるんだよ。当然、俺のところに噂の四人組の正体が何者なのかと聞いてくる者も数え切れないほど来ている。勿論、他言はしていないがな」
多少は正体を探ってくる者が現れるとは考えていたが、まさかそこまで大事になっているとは思いもしていなかった。
認識阻害の仮面を着けていたため、仮面の四人組が俺たちだと知られている可能性は低いとは思うが、警戒は十分にしておくべきだ。よからぬ者を呼び寄せかねない。
「……なるほど。だから、人払いをしてくれていたのですね。ご配慮ありがとうございます」
「気にするな。俺としてもコースケたちの事は知られたくはない。フラムとイグニスの正体は特に、な」
フラムだけではなくイグニスも含めたということは、やはりエドガー国王はイグニスの正体に勘づいているとみて間違いない。
「……」
ここで馬鹿正直にイグニスの正体を明かす必要はないと考えた俺は、口を閉じて話の続きを待つことにした。
「そろそろ話を本筋に戻すか。内密の話というのは大まかに分けて二つある。良い話と悪い話の二つだ。コースケはどっちから聞きたい?」
良い話だけを――とはいかないだろう。ここは良い話を聞いている間に、悪い話に向けた心構えをしておくべきだ。
「でしたら、良い話からお願いします」
「わかった。良い話っていうのは、ルッツという名の人物の正体がようやく判明したことだ。ジェレミー・マルクに手を貸し、裏で操っていたルッツの正体は、帝国騎士団中隊長ルッツ。別名――『帝国の魔将』と呼ばれている、シュタルク帝国の大物だ。どうやらラバール王国に諜報員として潜伏していたようだ」
ドクンッと心臓が嫌な音を奏でる。
別にルッツの名前を聞いたからというわけではなく、もっと別の何かが原因で心臓が跳ねたのだ。
どうしてシュタルク帝国の大物がラバール王国で諜報活動をしていたのだろうか。何故だか嫌な予感がしてならない。
そしてふいに思い出されるのは、ルッツの遺言となったあの言葉。
『君には――君たちに、は……これ……から……安息、の……日々……は……ぉと……ず、れ……ぃ……』
安息の日々は訪れない――この言葉とルッツの諜報員としての活動が結び付いているような気がしてならないのだ。
ルッツは一体何を調べていたというのか。
安直な推測かもしれないが、もしかしたらディアについて調べていた可能性だって十二分にあり得る。
ねっとりとした嫌な汗が額に浮かんでいく。
俺は額に浮かんだ汗をさりげなく服の袖で拭い、平常心を取り繕いながらエドガー国王に言葉を返す。
「ルッツはラバール王国で何を探っていたんでしょうか?」
「残念ながら、そこまでの事は把握出来ていないのが現状だ。今後も継続して調査を進めていくが、おそらくこれ以上の情報は掴めないだろうな……」
「そうですか……」
「ん? どうかしたか? ガッカリしてるように見えるが、そんなにルッツが調べていたことに興味があったのか?」
表情と声色の微妙な変化に気付かれてしまったようだ。
しかし、ディアについての情報は誰にも漏らすことは出来ないため、曖昧な返事で誤魔化す。
「あ、いえ、別に……」
「そうか? まぁ、何か進展があったら伝えておく。だが、あまり期待はするなよ?」
「ありがとうございます」
エドガー国王の正直な性格から鑑みるに、言葉通りこれ以上の情報は期待しない方がいいだろう。
「なら、次は悪い話だな」
俺にとって今の良い話というのは、かなり良くない部類の話だったのだが、今以上に悪い話となると想像も出来ないし、したくもないというのが正直なところだ。
憂鬱な気分になりながらも、俺はエドガー国王の言葉を待つことにした。
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