第197話 介入

 ブレスを回避し、地上へと転移した俺は、三十メートルを超える巨大な体躯を持つアース・贋竜フェイクドラゴンを一度見上げた。


 狙うは傷を与えた後ろ首。

 傷口に触れられさえすれば、後は血流操作で地贋竜を仕留めることが出来るだろう。

 問題はどう傷口に触れるかだ。

 再度転移し、傷口を狙う。このやり方が一番楽で成功率も悪くはなさそうだと考えた俺は、早速行動に移ることに。


 まずは、地贋竜の意識を地上に釘付けさせるための下準備として、砂塵の煙幕を地上数メートルに張り、地贋竜から俺の姿を隠す。

 その隙に俺は幻影を一体だけ生み出し、囮役として地贋竜の近くに配置し、幻影で地贋竜にちょっかいを出させる。

 幻影の攻撃では物理的に傷を負わせるような真似こそ出来ないものの、防御を無視して幻痛を与えられる。

 巨大な体躯を持つ地贋竜からしてみれば、幻痛など我慢出来る程度の痛みしか感じないだろう。

 だが、痛みを僅かにでも与えられさえすれば、自然と意識が痛みの発生源へと引っ張られてしまうはずだ。


 俺は砂塵が舞う中、移動を開始する。

 その後、ある程度幻影との距離が離れたところで、幻影に地贋竜を攻撃させた。


『――グウォォォ!!』


 思惑通り地贋竜は視界が悪い中、的確に幻影に向かってブレスを放ったようだ。

 幻影はブレスによって一瞬で消滅してしまったが、それでいい。想定内である。

 俺は幻影の消滅を確認した瞬間、再度上空へと転移。

 そして、がら空きになっていた地贋竜の首の上に着地し、紅蓮によって作られた傷口を手で触れ、『血の支配者ブラッド・ルーラー』を発動させた。


 鮮血がほとばしる。

 地贋竜の血液に触れた途端に俺の身体は熱を帯び始め、地贋竜の持つスキルの情報が頭に流れ込んでくる。

 この現象は『血の支配者』の能力である、スキルのコピーの準備が整ったサインだ。

 地贋竜の持つスキルで俺が欲しいと思えるスキルは『竜鱗装甲ドラゴン・スキン』ただ一つ。

 『地潜行アース・ムーヴ』は地中を移動出来るという変わったスキルではあるが、俺には不要なスキルだと言えよう。『空間操者スペース・オペレイト』の方が余程使い勝手が良いからだ。

 その他には『瞬・石化ブレス』と『地天魔法』があるが、ブレス系統のスキルは人間には使用出来ないようで、コピーの対象外となっているのため、選択肢には入らない。


 後は『地天魔法』だけだが、今の俺にはこのスキルは必要なかった。

 実のところ、俺は既に『地天魔法』を手に入れていたからだ。

 おそらく吸血鬼との戦いの末に『大地魔法』が進化し、『地天魔法』を手に入れたのだろう。


 そんな理由もあり、俺が欲しいと思えるスキルは『竜鱗装甲』だけであった。

 しかし、『竜鱗装甲』を入手しようと考えた時、『竜鱗装甲』もコピーの対象外になっていたことに気付く。

 コピーの対象外――つまり、人間には扱えないスキルということだ。

 ブレス系統のスキル同様、『竜鱗装甲』も種族特有のスキルなのだろう。ともなると、残された選択肢は『地潜行』ただ一つ。

 俺は正直、『要らないなぁ』とは思いつつも、仕方無しに『地潜行』をコピーしたのだった。


 地贋竜の悪臭漂う大量の赤黒い血液を全身に浴びてしまうが、俺が血流操作を止めることはない。

 今は一滴でも多くの血液を地贋竜から抜き取らなければならないのだから。

 だが、地贋竜も黙って血液を失い続けてはくれないようだ。

 巨大な体躯を必死に動かし、首の上に乗る俺を振り落とそうと試みていた。

 前後左右に激しく首を振る地贋竜に対し、俺は右手に持つ紅蓮を地贋竜の首に突き刺して振り落としに耐えつつ、血液を抜き取り続ける。


 既に地贋竜は数十リットル以上の血液を失っているはずだ。

 これが人間であれば、とっくに出血量は致死量に達している。

 しかし、地贋竜の身体の大きさを考えると、まだまだ致死量には届かないだろう。

 後どれほどの血液を失えば地贋竜が倒れるのかはわからないが、今は一心不乱に『血の支配者』を使い続けるしかない。


 暴れ狂う地贋竜と、必死にしがみつきながら血を抜き続ける俺という構図は、突如として終わりを迎えることになった。

 地贋竜は闇雲に暴れることが無駄だとようやく理解したのか、ピタリと動きを止めたのだ。


 そして、地贋竜は『地天魔法』を使い始めた。

 数百数千にも及ぶ大量の岩石が宙に出現し、地贋竜はその全てを己の身体に向けて放ったのだ。


 ――まずいッ!


 大きな質量を持つ岩石を『暴風結界』で防ぐことは不可能。

 俺が取れる選択肢は、転移でその場から離れるのみ。

 魔力の消費を考えると、転移の多用はあまりしたくはなかったが、転移しなければ確実に重傷を負ってしまうことは明らか。魔力の消費を渋っている場合ではない。


 俺は即座に首元から離脱。

 地贋竜の後方の地上に転移し、事なきを得る。

 宙に浮いていた岩石の約半数はそのまま地贋竜の身体にぶつかっていたが、地贋竜にとっては岩石がいくら身体に当たろうが、『竜鱗装甲』を突破出来ない攻撃であれば問題にはならない。

 痛みすら覚えている様子もなく、首をゆっくりと左右に振りながら俺の姿を金色の眼で探しているようだ。


 地贋竜の後方にいるとはいえ、見つかるのも時間の問題。

 今もなお、岩石の半数が宙に浮いていることを考慮すると、再度首元へと転移し、血流操作を行うのは悪手だと思われる。

 すぐさま先ほどと同様に大量の岩石が俺に襲いかかってくるだけだ。


 ――なら、どうすればいい。


 答えはすぐに出る。

 首に与えた傷口にこだわる必要は一つもないのだ、と。

 新たに別の箇所に傷を負わせ、そこから再び血流操作をすればいいだけの話。

 宙に浮かぶ岩石からの集中砲火をもらわないよう、地上から地贋竜の足元付近で動き回るのが最良の選択のように思える。

 これなら、巨大な地贋竜の身体を屋根にして、岩石から逃れることも可能なはず。加えて、度々転移をする必要もなくなり、魔力の消費を抑えられる。


 よし、それでいこう。


 そう決心した俺は紅蓮を構え、地贋竜の足元へと潜り込み、『致命の一撃クリティカル・ブロー』を付与した紅蓮で大木のような太さを持つ地贋竜の後ろ左足を全力で斬りつける。


 結果は案の定と言うべきか、首元に与えた傷程度のダメージしか与えられない。

 だが、傷口さえ作ってしまえば、それだけでいいのだ。


 地贋竜は傷を負ったことを認識したのか、後ろ左足をゆっくりと上げ、巨大な体躯に似つかわない速度で俺を踏み潰そうと足を踏み落とした。

 何かが爆発したかの如く地が爆ぜ、地揺れと共に轟音が北の戦場に響き渡っていく。

 俺は地贋竜が足を上げた時点で後ろ右足へと移動をしていた甲斐もあり、踏み潰されはしない。

 そして、そのままの勢いで眼前にある足にも傷を与えていく――




 その後、足を斬り付け、即離脱を何度も繰り返した結果、今や地贋竜の四本の足は傷だらけになり、血流操作をするまでもなく大量の血を流し続けている。


 ここまで地贋竜と戦ってきて思うことは、地贋竜の知能はかなり低いのか、全くと言っていいほどスキルを活かしきれていないということだ。

 特に、俺が足元で攻撃をしていた時の地贋竜の動きは最悪の一言に尽きる。

 足を懸命にばたつかせ、雄叫びを上げるだけだった。

 スキルも、常時発動している『竜鱗装甲』以外の使い方を忘れてしまっているのではないかと思ってしまうほど、何も使ってこない有り様。

 最早、地贋竜は俺の相手ではない。


 もう終わりにしよう。

 これ以上無駄に痛め付ける必要はない。


 俺は『血の支配者』を使うべく、数ある切り傷の一つへと左手を伸ばす――


 その瞬間、俺の左手が『何か』によって撥ね飛ばされた。

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