第196話 相克
「俺の、俺の腕がァァァッ!!」
「誰か助けてくれ! 足が固まって動けねぇんだ!」
「に、逃げるんだ! ドラゴンに殺されてしまうぞ!」
石像と化した者や、幻影との戦いによって未だに気絶している者、地贋竜から逃げ惑う者などが続出していることもあり、完全にマルク公爵軍は統率を失い、軍としての機能は停止してしまう。
総指揮官であるジェレミー・マルク公爵でさえも、今の混乱した事態を収拾することは到底不可能な状態にまで陥っていた。
ジェレミーに出来ることは、この惨状を引き起こした張本人であるルッツに対し、怒りを込めた眼差しで問い詰めることだけ。
「ルッツ! あれは何だ! 何故私の兵ごと攻撃したのだ!」
幸いにも、ジェレミーのいる場所から地贋竜は離れている。加えて、地贋竜を呼び出したルッツが隣にいることを考えれば、あのおぞましいブレスが飛んでくる心配はない。
そんな打算があったからこそ、ジェレミーは地贋竜から目を離し、ルッツへの詰問を始めたのだった。
「あれは地贋竜っていうのさ。ドラゴン型の魔物なんだけど、その強さは本物のドラゴンに引けを取らないんじゃないかな? 今思い返すと、地贋竜を支配するのは大変だったなぁ。僕の部下や仲間が何人も死んじゃったし――」
詰問を軽く流し、地贋竜を手に入れた経緯を自慢気に語り始めたルッツの言葉をジェレミーは途中で遮り、眉間の皺を深める。
「そのような経緯など、どうでもよい! 答えるのだ、ルッツ! 何故私の兵を巻き込んだ!」
ジェレミーは自分の兵が殺されたことを悲しみ、怒りの感情を抱いているわけではない。
純粋に戦力が減ってしまったことに対して、怒りを抱いているだけであった。
「何故って言われても、トムの幻影を消す好機だったって理由しかないよ? 何より、雑魚が何人いたところで役に立たないし、別に問題はないんじゃないかと僕は思うんだよね」
「大ありだ! トムを倒した後には王都を陥落させるために王国騎士団と戦わねばならぬのだ! 北以外の戦場で敗北した今、一人たりとも兵を無駄にする余裕などない!」
「はぁ……。マルク公爵は何もわかってないみたいだね。トムを倒した後に王国騎士団と戦う、なんて強気なことを言ってるけど、そもそもトムを倒さなきゃ先の戦いなんて無いんだ。それに僕の予想だと、まだまだトムは全力を出していないよ」
ルッツが語った『トムは全力を出していない』という言葉に、ジェレミーは目を大きく見開き、つい驚きを露にしてしまう。
「……まだ奴には余力があるというのか?」
「そりゃあるだろうね。なんと言ったって戦死者を出さないように戦ってるくらいだし。僕から言わせてもらえば、敵に情けをかけるなんてトムは甘過ぎるね」
ジェレミーは、己が勘違いをしていたことに気づかされる。
トムは幻影以外で数千もの兵士と戦う術がないのではなく、誰も死人が出ないようにあえてそうしていたのだ、と。
ただし、これはあくまでもルッツの推測に過ぎない。
だが、『ルッツの推測が合っていたとしたら』と考えると、不安を覚えずにはいられなくなる。
仮に推測が合っていた場合、手加減をされていたにもかかわらず、ルッツの手を借りなければならない状況にまで追い込まれてしまったということになるからだ。
それならトムが手加減をやめ、本気を出したらどうなってしまうのだろうかとジェレミーは考える。
答えは簡単だ。
ジェレミーの集めた数千にも及ぶ私兵は容易く殺され、いずれは戦闘力を持たないジェレミー自身も殺される結末になるだろうと結論付ける。
(ルッツの手を借りているとはいえ、トムが本気を出したらどうなる? ルッツは――地贋竜は果たしてトムに勝てるのか? それに、このまま時間を掛けてしまえば、いずれはラムがトムに合流してしまうのはほぼ確実。そうなれば勝ち目はより薄くなってしまう)
ラムはトムを超える化け物であるとジェレミーは認識している。故に、ラムがトムと合流する前に何としてもトムと決着をつけなければならない。
「ルッツよ。地贋竜とやらは、トムを倒せるのか?」
「うーん……。答えは『わからない』としか言えないかな。トムがどんなスキルを持っているのかがわからないからね。でも――」
ルッツはニヤリと布で覆われた口元を歪め、言葉を続ける。
「勝てる自信はあるよ」
「その根拠は何だ?」
「簡単な話だよ。地贋竜だけで勝てないなら、地贋竜と一緒に僕たちが戦えばいいだけなんだから」
ルッツは地贋竜だけでもトムに勝てる自信を持っているが、もしもの事を考えていないわけではない。
地贋竜だけで勝てれば良し。
そうでなくても、地贋竜と共に自身と部下がトムを相手にすれば、間違いなく勝てると踏んでいたのだ。
「まぁとりあえずは、地贋竜とトムがどんな戦いを見せてくれるのかを楽しもうよ」
―――――――――――――――――――
二発目のブレスが放たれた後、北の戦場にいたマルク公爵軍の兵士の全ては戦意を失い、地贋竜から逃げることに必死になっていた。
『グウォォォッッ!』
そんな混乱の中、呆然としていた俺は幻影の制御を忘れ、逃げ惑う兵士たちの姿をぼんやりと眺めていたが、地贋竜の雄叫びでようやく我を取り戻す。
「どうしてこんなことに……」
あまりにも悲惨な光景に、つい声に出してそう呟く。
石像になってしまった者の数は、いつの間にかに数百にも至っていた。
幻影も全て消失しており、俺と地贋竜との間に人影は一つも存在していない。
そこにあるのは石像だけ。
俺は視線を石像から、全ての元凶である地贋竜へと向ける。
その瞬間、血が沸き立つような怒りの感情が心を支配していき、俺は地贋竜へと全力で駆けていた。
数百メートルにも及ぶ地贋竜との距離を瞬く間に詰めていく。
既に右手には緋色に輝く紅蓮が握られている。
そして、地贋竜との距離が五十メートルを切ったところで、地贋竜の鈍い金色をした眼が俺を捉えた。
口を大きく開いているところから見て、三度目となるブレスを吐くつもりなのだろう。
だが、予備動作が大きく、のろまな攻撃が俺に当たるわけがない。
俺は即座に『
死角から繰り出す完全防御無視の一撃が地贋竜の後ろ首に直撃し、地贋竜の首が――落ちなかった。
そこには一筋の切り傷が残るのみ。
――やっぱり、ろくにダメージを与えられないか!
この結果はある程度予想していた。
俺の持つ『致命の一撃』と、地贋竜の持つ『
打ち消し合った結果、残ったのは純粋な紅蓮の切れ味と地贋竜の防御力のみ。
今回は紅蓮の切れ味が地贋竜の防御力を上回ったため、多少のダメージを与えることは出来たが、紅蓮だけではいつまで経っても地贋竜を倒しきれないだろう。
けれども、問題はない。
小さな傷口さえ作ってしまえば、後は『
俺は左手を地贋竜の切り傷へと伸ばし、とどめを刺しにかかる。
しかし、地贋竜は紅蓮の一撃を受けたことで俺の位置を特定したのか、後ろを振り返りつつブレスを放つ。それに対し、俺は冷静に地上へと転移してブレスを回避し、俺と地贋竜との戦いは仕切り直しとなった。
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