第159話 北の戦い

 王都プロスペリテに大量の魔物が押し寄せてから半日が経とうとしていた。

 暗闇に支配されていた空には日が昇り始め、日の光に照らされた平原には無数の魔物の死骸が転がり、赤黒い血の海が広がっている。

 東、西、南側では既に全ての魔物は討伐され、残すは最も多くの魔物が押し寄せた北側のみとなっていた。


 東側では『比翼連理』の双子の姉弟だけで七割以上の魔物を殲滅。残った三割を他の冒険者や傭兵が連携も何もない状態で倒していくという個人の能力に頼った戦いで魔物を倒しきった。


 西側の戦場は東とは真逆で、『老練の旅人』が全指揮権を握ったことにより、急場凌ぎの連携とは思えないほどの戦いぶりを冒険者や傭兵が発揮したことで犠牲者も少なく、堅実な勝利を手にしていた。


 王国騎士団が中心となって戦った南側は、団長であるマティアス・バイヤール騎士団長が自ら先陣を切ったことで、末端の兵士たちも日々の訓練通りに実力を発揮。その後持久戦を経て、とどめとばかりに暗闇が僅かに晴れたところで騎兵隊が戦場を駆け、魔物を撃破・分断し、東と西に遅れをとりながらも全ての魔物を倒しきることに成功していた。



 そして今もなお、戦闘が続いている北側では、かなりの苦戦を強いられていた。

 各方面で戦っていた冒険者や傭兵、騎士団が援軍に駆けつけたことでようやく戦線を押し返しつつはあるが、未だに予断を許さぬ状況に陥っている。


 このような状況になってしまった原因は二つ。

 一つは他方面に比べ、北側には強力な魔物が多く出現し、さらには魔物の数も倍近く押し寄せてきた点にある。

 他方面より多くの魔物が北側に現れることは事前に情報伝達されていた。しかし、事前の予測よりも魔物の数と質が上回ったことで兵は疲弊し、士気が大きく削がれてしまっていたのだ。


 そして二つ目の原因は戦闘時間の長さにあった。

 他方面で戦っていた援軍こそ来たものの、既にほとんどの者は満身創痍。頼みの綱であったSランク冒険者パーティーの『比翼連理』は身体的に問題はなかったが魔力は尽きており、『老練の旅人』に限っては、全員若くはなく全盛期を過ぎていたため、体力面で限界が訪れていた。

 そんな中で唯一まともに戦えているのは南で戦っていた王国騎士団の面々のみ。

 だが、騎士団の者は個の実力が然程高くはないこともあり、強力な魔物を相手に苦戦していた。


「魔力が尽きた者は後方へ下がれ! 騎兵隊もだ! 馬を替え次第、再び魔物を掻き回せ!」


 騎士団長マティアスの大きく野太い声が戦場に響き渡る。

 現在は北の戦場の指揮権がマティアスに移っていた。


「――急報であります! 右翼にて、ブラックワイバーンが三体現れたとのこと!」


 マティアスはその報告を聞き、思わず舌打ちをしてしまう。

 既に遠距離魔法を扱える魔兵隊の魔力は底を尽き、ただの歩兵と化していたからだ。

 空を飛ぶブラックワイバーンに対抗出来る部隊は他には弓兵隊しかいない。けれども魔法とは違い、弓は一度射れば対象に当たるか、そのまま地面に落ちるかの二択。

 乱戦になっている戦場で弓を使えば、味方に当たるリスクが生じることから、弓兵隊を使うことは困難となっていた。

 だからといって、無視することも出来ない。

 放置してしまえば、ブラックワイバーンは空中から炎のブレスを放ち、こちらに甚大な被害が出てしまうからだ。


「ブラックワイバーンを引き付けることは可能か?」


「難しいと思われます。どうやら魔物も人も関係なく闇雲にブレスを放っているようで……」


「冒険者か傭兵の中で遠距離魔法を使える者がいないか確認を急げ。大至急だ」


「――ハッ!」


(……望みは薄いだろうな。こうなれば一度前線を下げ、乱戦状態を解消するべきか? いや、背後を撃たれたらそれこそ兵の士気は下がり、被害がより大きくなる恐れもあるか……)


 誰もが満身創痍の状態で撤退の合図を出せば、集中力の糸が容易く切れてしまうだろうことは明白。

 乱戦であるからこそ、死に物狂いで戦えている者も多いだろうとマティアスは考えていた。


(後一手。後一手何かあれば……)


 残っている魔物の数は千を切っている。

 万を超えていた魔物をここまで減らせたと考えれば、大健闘だと言えよう。

 しかし、残りの千体が途方もなく感じる。


 今のところ、奇跡的に死者は三百人程だとマティアスに報告が入っていた。だが、重傷者は数千人にも及んでおり、体力面や魔力の問題で、戦える者の人数は現状五千人程度しかいない。


 魔物千体に対して人間五千人。

 こう見ると、勝つのも時間の問題だと誰もが思うかもしれないが、実際はどちらに天秤が傾くかわからない状況だった。

 何故なら、残っている魔物はどれも一筋縄ではいかない強敵ばかりだからだ。対して人間側は勇敢な者ほど、離脱者が多数出ている。さらに、実力者たちは馬車馬の如く戦っていたため、余力は残されていない。


 マティアスは選択を迫られる。

 このまま乱戦の中で戦い続けるか、ある程度の犠牲を覚悟して前線を下げるのかの選択を。


 そんな選択を迫られていた時、一つの朗報が飛び込んでくる。


「――騎士団長! 騎兵隊が馬を替え、只今戻りました! それと、もう一つ報告が」


「何だ?」


「Sランク冒険者パーティーの『比翼連理』と『老練の旅人』の者たちが、後三十分ほどで戦場に戻れるとのことであります!」


 二つの報告を聞いたマティアスは即座に決断を下す。


「騎兵隊は再度前線に出て、戦場を掻き乱せ! その間に他の者を後退させよ! 後退が完了次第、騎兵隊も後退だ! その後は戦線を立て直し、遅滞防御に徹する! 弓兵隊は後退ラインで迎撃準備だ!」


 マティアスの言葉に応じ、伝令兵が行動に移る。

 その後、騎兵隊が乱戦状態にあった前線へ突撃を敢行。それに合わせて後退の鐘が打ち鳴らされる。


「おい! この鐘の音は後退の合図だぞ!」


「後退? なんだ? 逃げるってのか!?」


「ごちゃごちゃ喋っている場合ではない! 早く後退せよ!」


 後退の合図を知らない者たちに騎士団に所属している者が呼び掛けを行い、後退を促していく。

 後退していく人間に襲い掛かろうとする魔物には騎兵隊が牽制を行い、極小の被害で後退に成功。

 その後、騎兵隊はその機動力を活かして魔物を振り切り、合流を果たす。


「――今だ! 弓兵隊、放て!」


 騎兵隊の後を追ってきた魔物に矢の雨を馳走する。


「ブラックワイバーンだけは近づけるな!」


 マティアスの指示で弓兵隊の標的がブラックワイバーンに切り替わり、次々と矢が放たれていく。

 しかし、牽制にはなっているものの、ブラックワイバーンの硬い皮膚を貫くことは出来ない。

 その光景を目にしたマティアスは新たな指示を出す。


「ミスリル製の矢に切り替えよ! 惜しまず射続けるのだ!」


 やじりの部分をミスリルであしらった特別製の矢は、弓兵隊の最後の切り札。一本一本のコストが高く、滅多に使用が許されるものではなかった。

 そんな高価な矢の使用許可が下り、弓兵隊の士気と集中力は一段と増していく。

 そして、通常の矢では貫けなかったブラックワイバーンの皮膚がミスリル製の矢によって貫かれる。

 一本、二本と矢が当たる度に三体のブラックワイバーンは痛み苦しみ、徐々に飛行高度を下げていく。


「――地に叩き落としてやれ! 歩兵隊は突撃準備だ!」


 ミスリル製の矢でも致命傷を与えるには至らない。だが、地上に落とすことには成功し、地に落ちたブラックワイバーンに向けて歩兵隊が突撃。

 これにより、空中から攻撃される心配は不要となった。

 後はSランク冒険者たちが動けるようになる時間まで堪え忍ぶのみ。


 そんな時だった――北の森から数千人にも及ぶ、鎧を纏う兵士が現れたのは。

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