第151話 魔力の譲渡
宿場町ロージにいた全ての吸血鬼を討伐し終えた俺たち『紅』は、『新緑の蕾』の三人が意識を取り戻すまでの間、雑談をしながら時間を潰すことにした。
ディア曰く、三人の治療は既に終わっており、そのうち目を覚ますとのこと。ちなみに俺の怪我も治療を終えていた。
「ありがとうディア。おかげで怪我も綺麗さっぱりなくなったよ」
「うん。でも、こうすけの服はボロボロになっちゃったね」
「あ、本当だ……。ちょっとそこの茂みで着替えてくるよ」
替えの服は常備しているため、問題はない。
けれども、今となっては愛着が湧いていたブラックワイバーン製の黒いジャケットを失ったことについてはかなりのショックを受けていた。
それも俺がこの世界に来て、初めて出会った人であるロンベルさんから貰ったもので、冒険者になってからというもの、ずっと身に付けていた上着だからだ。
けれども、多少の破れであれば修復が出来たかもしれないが、大穴が空いたとなれば、残念ながら諦めるしかない。
少し憂鬱な気分になりながらも、着替え終えた俺がディアたちのもとに戻った丁度その時、疑似アイテムボックスこと異空間に何かが混入した反応を察知した。
「……ん? 何だろ?」
「こうすけ、どうかしたの?」
「――あ、うん。俺のアイテムボックスに何かが入れられたみたいでさ。たぶん屋敷にいる誰かからだと思うんだけど……」
確認をするため、異空間に入ってきた『何か』を取り出す。
既に存在する異空間に空間接続をするだけなら、ほんの僅かな魔力だけで済む。
「えーっと……俺宛にイグニスからの手紙みたいだ。無駄に封蝋までしてあるよ。これ」
俺への手紙にわざわざ封蝋するところがイグニスらしいと言えばらしいのだが、無駄な手間だとしか言いようがない。
そもそも
炎を象った刻印がされているところを見ると、イグニスの所有物なのだろうが、今はそんなことよりも内容の確認をするべきだ。
「主よ、イグニスからの手紙か?」
フラムも手紙の内容に興味を持ったのか、会話に加わってきた。
俺は手紙を開き、ディアとフラムに聞かせるよう声に出して読み上げる。
「そうみたいだ。なになに……『アリシア王女をお屋敷で保護することになりましたので、ご報告させていただきました。ご心配には及びません』だって。……は? え? どういうこと!?」
全くもって意味がわからない。
一体何が起きて、どんな経緯でそんなことになったのかが手紙には書かれていないのだ。理解出来るはずもない。
「イグニスが心配はいらないと言っているのだ。問題はないと私は思うぞ」
「いや、確かにイグニスが優秀ってことは知ってるけど、そういう問題じゃないからね!?」
「こうすけ、落ち着いて。まだ何か問題が起きた訳ではないから、そんなに焦る必要はないと思う」
かなり取り乱してしまったが、ディアの言葉で冷静さを取り戻す。
ここは慌てるのではなく、状況の把握に努めるべきだろう。
だが、俺のスキルの特性上、手紙のやり取りは不可能。
向こうからは手紙を送ることが出来るが、こちらからは送ることが出来ないのだ。
状況の把握はなかなかに困難だと言えよう。
「どうにかイグニスと連絡が取れれば良いんだけど……誰か連絡出来る人はいる?」
ディアとフラムは首を左右に振り、出来ないと意思表示をした。
「主のスキルでどこかにゲートを作り、一度屋敷に戻れば良いのではないか?」
「残念だけど、ゲートを作れるまでの魔力が回復してないんだよ。一晩寝れば魔力も回復するだろうし、それまで待つしかないかなぁ」
魔力に関しては、回復する手立てが休むことしかない以上、どうすることも出来ない。
イグニスに直接会って、話を聞きたい気持ちに駆られるが、諦めるしかなさそうだ。
そんなことを考えていた時、ディアから思わぬ提案がなされた。
「こうすけ、わたしの魔力を分けようか?」
「え? そんなことが出来るの?」
魔力を他人に譲渡することが出来るなど聞いたことがない。
ディアがそういったスキルを持っているということなのだろうか。
「うん。でも、誰にでも魔力を渡せるわけではないよ。わたしとこうすけには繋がりのようなものがあるから出来るだけ」
繋がりとはおそらくラフィーラによって作られたもののことを指すのだろう。
俺をこの世界に転移させるためにディアとの繋がりを作ったと、ラフィーラが以前に言っていたような覚えがある。
まさかその繋がりが今更になって役に立つ場面が訪れるとは思いもしなかったが、好都合なことには変わりない。
「それじゃあ、お願い出来るかな?」
「任せて。わたしの魔力量は無限のようなものだから、いくらでも渡せるよ」
「無限?」
「うん。わたしの場合は自分の意思で空気中に漂ってる魔力を集めることが出来るから」
このディアの力はスキルの力ではなく、おそらく神の性質のようなものなのかもしれない。
魔力を取り込み、使用することが出来る。俺が言うのもあれだが、チート過ぎる力だ。
普通の人間であれば、魔力は体内で生み出したものしか使用することが出来ない。
しかし、ディアは空気中に漂う魔力を自身の魔力と同様に扱うことが可能とのこと。
「……凄いね。なら、早速で悪いんだけど、お願いするよ」
「わかった。じゃあ両手を出して」
俺は言われるがままに手の平を上にし、両手をディアに向ける。すると――ディアに両手をぎゅっと握られたのだった。
「……えっ!?」
「こうすけ、じっとしてて」
じっとしろと言われても、恥ずかしさのあまりそれは極めて難しい。
ディアの手は女の子らしい柔らかな感触でありながら温かみを感じさせるもの。
そんなディアの手に両手を包み込まれたともなれば、顔が赤くなってしまうのも無理もない話だ。
「主よー、顔が真っ赤になっているぞー」
意地悪な笑みでフラムがからかってくるが、反論は出来ない。
現に、自覚が出来るほど、顔が熱くなっているのだ。反論をしてしまえば、余計とからかわれてしまうだろうことは想像に難くない。
「終わったよ。九割くらいは補充出来たと思う」
俺が顔を真っ赤にしながら、慌てふためいている間に魔力の補充が終わってしまっていた。
少し――いや、かなり残念に思いながらも、ディアから手を離す。
「……ありがとう。ディア」
「……う、うん。どう……いたしまして」
俺がお礼の言葉を告げると、何故かディアは顔をうつむかせ、僅かに言葉を詰まらせながら、そう答えたのだった。
魔力、気力共に十分。
後はイグニスに会いにいくだけだ。しかし、一つ問題があった。
「ブレイズたちはどうしようか……」
それは、未だに気を失っているブレイズたちをどうするかといった問題である。
流石にこのまま放置しておく訳にはいかない。
宿屋に連れていく手もなくはないが、町民は吸血鬼騒動が既に収まったことを知らないため、宿屋が開いている可能性は低いだろう。
「私とディアがここに残ればいいのではないか?」
「わたしもそれが良いと思う」
言われてみれば確かに、わざわざ三人で屋敷に戻る必要はない。
俺が一人で事情を聞きに行った方が何かと都合が良いだろう。
仮にブレイズたちが意識を取り戻したとしても、ディアとフラムが何とかしてくれるはずだ。
フラムに若干の不安を覚えないでもないが、それについてはディアに任せるしかない。
口数こそ少ないが、ディアにならフラムのフォローを含め、任せられるだろう。
「それなら二人にブレイズたちのことを頼むよ。念のため、俺は町の外でゲートを作ることにするけど、たぶん一時間くらいで戻ると思う」
「うん。いってらっしゃい」
「主よ、イグニスがしっかりと働いているかどうか見てきてくれ」
「じゃあ行ってくるよ」
ディアとフラムに別れを告げ、俺は町の外へと向かい、ゲートで屋敷へと戻ったのだった。
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