第145話 翻弄
英雄級スキル 『暗黒世界』Lv5
英雄級スキル 『超克鬼』Lv―
英雄級スキル 『狂鬼』Lv5
……etc.
俺の視界に表示された執行鬼の能力は
英雄級スキルは勿論のこと、伝説級スキルさえ所持している。そんな吸血鬼が二体もいるとなれば、ブレイズたち『新緑の蕾』が敗れたことにも納得がいく。
この二体の吸血鬼は魔物という括りでは収まらない強さ。もはや怪物と呼んでも過言ではない。
特に執行鬼のスキル構成には目を見張るものがある。
吸血王女よりも戦闘に特化しており、十二分に警戒をしなければ、こちらもただでは済まないだろう。
特筆すべきスキルは『致命の一撃』という伝説級スキルだ。
このスキルの能力は自身が放つ物理攻撃の完全防御無視。物理攻撃に限り、相手の耐性や耐久を無視出来るといったもの。
俺のように各種耐性を持っていたとしても、まるで耐性を持たない一般人の如く、防御を打ち破ることが出来る恐ろしいスキルである。
執行鬼とやり合う際には防御よりも回避を優先しなければならなくなるため、苦戦を強いられることになりそうだ。
そして案の定と言うべきか、執行鬼は精神を操ることが出来るスキルを所持していた。
スキルの名は『糸人形』。
このスキルは対象の思考能力を奪い、自由自在に操る能力を持つ。
字面だけ見るとかなり強力なスキルのように思えるが、実際はそこまでではない。
『糸人形』はある程度の強さを持つ者であれば、簡単にレジストが可能であり、ブレイズたちを含む俺たち六人に効くことはまずないと言えるため、戦闘に支障をきたすことはない。
執行鬼の持つスキルで警戒が必要なものは後二つ。
それは『暗黒世界』と『狂鬼』だ。
『暗黒世界』の主たる能力は自身の周囲を夜に変化させるといったもの。まさに吸血鬼のために存在しているかのようなスキルである。
このスキルには副次効果として、暗闇によって相手の視界を奪うことが可能。夜目が効かない俺にとっては厄介なスキルだと言えよう。
そして最後に英雄級スキル『狂鬼』。
理性を犠牲に身体能力を爆発的に上昇させる効果を持つ。
デメリットがあるスキルではあるが、人間の法に縛られられない魔物である吸血鬼にとっては特段問題にはならないデメリットである。
例え自由気ままに暴れたとしても、魔物であるが故に人間の法で裁かれることはないのだ。理性無きまま、周囲を破壊しつくしたとしても、執行鬼は気にも留めることはないだろう。
さらに、これらのスキルに加えて吸血王女が持つ英雄級スキル『百鬼夜行』により、
これ程までの強敵ともなると、もはやSランク冒険者がどうこう出来る問題ではなく、国家が総力を挙げて対処すべき事柄だと言えよう。
「フラム、相手をどう視る?」
俺が言った『視る』とは、勿論吸血鬼の能力についてだ。
「……ふむ。そこそこ出来るようだが、相手ではないな。ところで主よ。私が男の吸血鬼の相手をすればいいのか? 両方を相手にしても別に問題はないが、どうするのだ?」
フラムの見立てでは、二体の吸血鬼を相手取っても勝てる見込みがあるようだ。
無論、慢心しているわけではないのだろう。ただ単に事実を述べているだけといった様子である。
そしてフラムの問いに対し、俺は既に決めていた答えを告げる。
「吸血王女は俺に任せてほしい」
俺は初めて吸血王女と戦ったあの日から、自らの手で吸血王女を倒すと決心していたのだ。この気持ちだけは曲げるつもりはない。
「それなら私が男の方だな。――私を怒らせた罪をその身で償わせてくれよう」
フラムの声音が冷たいものに変化する。
仲間である俺でさえ、背筋が凍るほどの声音。
普段の陽気なフラムの姿は既にそこにはなく、あるのは得も言われぬ何か。
そしてフラムの急激な変化をその眼で見た吸血王女は僅かにたじろぐ。
「――エ、エンフォーガ!」
焦りを隠しきれず言葉を詰まらせながらも、吸血王女は執行鬼へ呼び掛ける。
「かしこまりました。
焦りを見せる吸血王女とは対照的に、執行鬼は冷静さを保ったまま恭しく頭を下げた後、パチンと指を鳴らす。
すると、執行鬼を中心に黒い影が地面に広がりを見せ、広場全体にまで影が行く届くと同時に、俺の視界が黒に染まった。
――ッ! 『暗黒世界』か!
瞬時に状況を理解した俺は火炎魔法でいくつかの小さな火球を生み出し、光源の確保を行う。
しかし、光源を確保したことによって自身の手足は見えるようになったものの、何故か数メートル先さえ見通すことが出来ない。
このままでは危険だと判断し、魔力の無駄かもしれないと内心思いながらも、先程よりも大きな火球を生み出す。
嫌な予想は的中する。
巨大な火球によって視界が広がったかと思いきや、一瞬で光が減衰していってしまう。
原因は『暗黒世界』が生み出した影に光が飲み込まれてしまうことにあった。
光を放つ火球と光を飲み込む影が拮抗した結果が今の状況をつくり出していたのだ。
火球を維持するためには魔力を消費し続けなければならないが、必要経費だと割り切るしかない。
全く見えないよりは少しでも見えていた方がまだマシだと言える。
どうせ吸血王女は夜目が効くのだ。こちらの居場所など光源があろうと無かろうと特定されていることに違いない。
それに、こちらも『気配探知』で吸血王女の位置は把握出来ている。吸血王女の現在位置は俺よりも、むしろフラムの方が近いくらいだ。
そのため、何かしらの動きを見せれば、ある程度の対処は可能。
だからといって、手元しか見えない中での近接戦闘はなるべく避けたいところではあるのだが。
さて、どうするかと考えていた俺は一つの違和感を覚える。
――何故、吸血王女が攻撃を仕掛けて来ないのか、と。
暗闇に閉ざされた世界は圧倒的に吸血王女が有利な状況だと言えるだろう。だが、それにもかかわらず、俺へと仕掛けてくる気配や動きがないのは些かおかしい。
ましてや、フラムが執行鬼を倒した瞬間に『暗黒世界』は消えてなくなってしまうのだ。俺が吸血王女の立場なら悠長に事を構えたりはしない。
では何故、吸血王女は動かないのか。残された答えは一つしかない。
それは――フラムを先に仕留めるつもりだということ。
夜目が効かない俺を後回しにし、二体の吸血鬼が協力しあってフラムを叩く。
一対一で戦うつもりだったのは俺たちだけであり、吸血鬼どもは一対一で戦うつもりなど、毛頭なかったのだろう。
その証拠に吸血王女の位置は俺から更に離れていき、フラムと執行鬼のいる場所へと近づいていた。
完全に吸血鬼に出し抜かれた形である。
自分の愚かさを呪いながら、俺は『気配探知』を頼りにフラムのいる位置へと向かう。
幸いなことに距離は近い。何よりフラムは強い。二体の吸血鬼が相手だろうと負けるとは到底思えない。
移動を開始してほんの数秒でフラムがいる場所へと到着する。
視界が真っ黒に染められているため、状況の把握が困難。
しかし、戦闘音が聞こえてくることから、フラムの怪我の有無まではわからないが、生きていることだけは間違いない。
俺の『気配探知』ではどの反応が誰なのかまでは把握が出来ない。
今俺にわかることは三つの反応が激しく動き回り、戦闘を行っているということだけ。
状況が把握出来ていない中、俺が戦闘に加わるのはフラムの足を引っ張るだけになる可能性が高い。
そのことをもどかしく思った俺は一度フラムに呼び掛けることにした。
「フラム!」
俺の声が闇の中に響き渡ると共に、戦闘音がピタリと止まる。
そして一つの反応が俺の下に近寄ってきた。
「フラム、大丈夫だっ――」
――グチャッ
長く鋭い爪が、俺の腹部を貫通した。
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