第123話 約束の日

 Aランク昇級試験を引き受けてくれたブレイズたち『新緑の蕾』と交わした約束の日になった。


 この一週間は準備期間として設けられたのだが、俺たち三人は特にこれといった準備を行ってはいない。

 強いて挙げるとするならば、食料の補充と着替えくらいだろうか。

 野営をするための道具などは常に疑似アイテムボックスに入っているため、準備をする必要がなかった。

 加えて、どういった依頼なのか、どこに向かうのかさえ決まっていないこともあり、これ以上準備のしようがなかったという理由もあったが。


 ブレイズたちとは今日の昼頃に冒険者ギルドで落ち合うことになっている。

 本来であれば、依頼の更新が行われる朝が集合時間としては望ましいのだが、『新緑の蕾』が有名人という点を考慮し、比較的冒険者ギルドが空いている時間帯の昼頃に集まることしたのだった。




 現在の時刻は午前十一時。

 俺は屋敷に住む全員を食堂に呼び、会議を行っていた。議題は俺たち『紅』が依頼で屋敷を空けることについてだ。


「前から言ってた通り、今日から俺とディアとフラムの三人は依頼に行くんだけど、正直いつ帰って来られるかわからない。それでなんだけど、イグニスには俺たちが屋敷を留守にしている間、ナタリーさんとマリーに何かあったら助けてあげてほしいんだ」


 依頼次第では帰ってくるのに数週間、下手をすれば一ヶ月近く屋敷を空けることになってしまうだろう。

 もちろん帰って来ようと思えばゲートを使っていつでも帰ることは出来る。しかし、他人の目がなければ――の話だ。

 今回は『新緑の蕾』と依頼を共にするため、余程の理由がなければゲートを使うつもりはない。

 そのため、フラムが連れてきたこの屋敷の新たな住人かつ仲間であるイグニスに留守中の警備を頼むことにしたのだ。

 竜族であり、そして何より優秀なイグニスならば、万が一屋敷に強盗などが入ってきたとしても対処することは容易いはず、と俺は考えたのだった。


「かしこまりました。私めにお任せください」


 ティーポットを片手に席を立っていたイグニスはその場で優雅に一礼し、笑みを見せた。その表情からは確かな自信と余裕が見てとれる。


「イグニスさん。私とマリーが負担を掛けてしまってごめんなさいね」


「どうかお気になさらず。それが私めの務めですので」


 イグニスは普段からナタリーさんとマリーとも上手くやっている。特にマリーはまるで本当の兄に接するかのようにイグニスを慕っていた。


「イグニスお兄ちゃんはいつも頼もしいです!」


 和やかな雰囲気に包まれる中、俺はイグニスに注文を加える。


「もし何かあったら、最優先でナタリーさんとマリーを頼むよ。屋敷はどうなってもいいからさ」


 二人の命と屋敷では比べ物にもならない。

 血が繋がった本当の家族ではないけれど、俺は屋敷に住む全員のことを本当の家族のように思っている。だからこそイグニスには二人を最優先で守るように頼んだのだった。

 しかし、そんな俺の頼みはフラムに却下される。


「イグニスよ。主はそう言ったが、二人も屋敷も全て守るのだぞ? これは厳命だ」


「もちろんでございます。全てお任せください」


 フラムはイグニスに対して普段から結構厳しいところがある。

 無論、嫌っているということではなく、王としての立場から言っているのだろう。

 そしてイグニスもフラムの命令に嫌な顔一つ見せず、むしろ当たり前だといった様子である。


「――うむ。任せたぞ」


 偉そうにふんぞり返るフラム。その顔は満足げだった。




 その後、俺たち三人は屋敷を出発し、冒険者ギルドに約束の時間の十分前に到着した。


「まだ来ていないみたい」


 周囲を見渡して見るとディアの言葉通り、どうやら俺たちが先に着いたようだ。

 試験を手伝ってもらうこちらからしてみれば、先に到着したことに少しホッとする。


「空いてるみたいだし、そこのテーブルに座って待ってようか」


 冒険者ギルドにはBarのように飲み物(酒も)を提供する店が併設されており、その店の空いているテーブルに座る。

 そして各自飲み物を飲みながら『新緑の蕾』を待つことに。


 酸味の効いたよくわからない果実のジュースをちびちびと飲みながら待つこと数分。突如として冒険者ギルド内にいた冒険者たちがざわめきだす。

 何事かと思い、冒険者たちの視線を辿ると、そこには『新緑の蕾』の三人が中に入ってきた姿があった。

 流石はSランク冒険者といったところで彼らに向けられる視線には憧れや羨望、はたまた嫉妬の感情が向けられているようだ。

 そして俺たちの姿を見つけるや否や、周囲の視線を気にせずに俺たちのもとへ歩みを進めていた。


「よう。その様子じゃ少し待たせちまったようだな」


 ディアとフラムの空いたグラスを見て、待たせてしまったと判断したのだろうが、それは単に二人の飲むペースが早かったに過ぎないので、否定する。


「いや、ほんの少し前に到着したばっかだし、気にしないでほしい」


「ならよかったぜ。――そんじゃあ早速だが、依頼を見繕いにいくか」


「……見繕いに? もしかして昇級試験って依頼の指定とかはないってこと?」


「依頼の指定はないぜ。条件はSランクの依頼を俺たちと達成するだけだからな。ぶっちゃけるとAランク試験は穴だらけの試験なんだよ。Sランク冒険者の補助をするっつっても明確な基準もねぇし、最悪俺たち『新緑の蕾』だけで依頼を達成したとしてもバレやしねぇんだ」


 確かにそう言われてみると抜け道がある試験だ。本当にこんな試験でいいのだろうかと思ってしまう。

 だが、ブレイズの言葉はこれで終わりではなかった。


「――まぁそんな方法でAランクになった奴は大抵早死にするんだけどな」


「……まさかとは思うけど、不正をしたら秘密裏にギルドに消されるっていう意味?」


「ちげぇちげぇ。冒険者ギルドにはそんな暗部みたいなもんはねぇよ。単純な話だが、実力が伴わずにランクが上がった場合は魔物に殺されちまうってだけだ」


「……?」


 いまいち理解が出来ない。

 実力が無いにもかかわらず、ランクが上がってしまえば、確かに強力な魔物に殺されるかもしれない。

 しかし、魔物に殺される可能性は冒険者であれば誰もが持ち合わせている。

 それにもし実力が伴わずにAランク冒険者になったとしても、下位の依頼を受ければ大したリスクはないはずだ。


 俺がそんな疑問を抱いていると、レベッカがそれを察してくれたのか補足する。


「アンタの説明は雑すぎるから、私が詳しく説明するわ。ブレイズが早死にするって言ったけど、それには二つの理由があるの。一つはBランクとAランクの依頼を比べると難易度に大きな違いがある点。そうね……例えるとしたらゴブリンの数が一匹から三匹になるくらいの差があるわ。もちろん冒険者になったばかりだと仮定したらの話よ?」


「例え話が下手だな! おい!」


 ブレイズがレベッカに鋭い突っ込みを入れる。

 正直俺もブレイズ同様、例え話が下手だと思っていたので、失礼ながらも共感してしまう。

 おそらくレベッカは依頼の難易度が三倍になると説明したかったのかもしれない。


「うっさいわね! 誰もが知ってる魔物といったらゴブリンでしょ! ……コホンッ。それで――」


 烈火の如く怒りをあらわにしていたが、一つ咳払いをしてから何事もなかったかのように話を続け始める。


 凄い切り替えだ……。何よりレベッカは怒ると怖いってことがわかった……。


 レベッカを怒らせてはいけないと心に誓い、話の続きに耳を傾ける。


「二つ目なんだけど、Aランクになると強制依頼を受けさせられることがあるのよ。とは言っても滅多にそんなことはないんだけれどね」


「強制依頼?」


「その名の通り、強制的にギルドから依頼を受けさせられるのよ。もちろん依頼の難易度は高いし、それに強制依頼は基本的に拒否することは出来ないわ。もし拒否すれば多額の罰金とランクの降格といった厳しいペナルティが課せられてしまうのよ。但し、やむを得ない理由があれば受けずに済むわ」


 要するに何らかの異常事態が発生した場合には強制的に依頼を受けなければならないということらしい。

 拒否すれば多額の罰金を支払うことになるため、依頼を受けざるを得ない状況に陥る。そして実力がなければ強制依頼で命を落としてしまうのだろう。


 だから不正をしてAランクになったとしても早死にするってわけか……。そう考えれば不正をしようとは誰も思わなそうだ。


「ありがとう。参考になったよ」


「気にしないでいいわ。それよりもだいぶ話が逸れちゃったし、依頼を探しに行きましょ」




 それから俺たちは依頼が貼られている掲示板へと向かい、とある依頼を受けることに決まった。


 依頼内容は――『吸血鬼の討伐』



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