第122話 反王派会議
時は魔武道大会がラバール王国側の勝利で幕を閉じ、二週間が経った頃に遡る。
王都の北に広大な領地を持つマルク公爵家当主であるジェレミーは反王派貴族を晩餐会という名目で本宅がある自身の領地であり、王都に次ぐ大都市『リシェス』に召集し、数多くの貴族がジェレミーの屋敷を訪れていた。
その数――二十四家。
ラバール王国で爵位を持つ家は百を優に超えているが、その大半は名ばかりの貴族であり、権力とはほぼ無縁の者ばかりである。
しかしこの晩餐会に集まっている者たちは違う。
それぞれが大なり小なり権力や富を持っていながらも、さらに我欲を満たさんとばかりに打倒エドガー国王を掲げている者たちが集まっていた。
そしてジェレミー主催の晩餐会が始まり、各々がグラスに入った赤ワインで口を濡らす。
ちなみにこの晩餐会は立食形式ではなく、一つの大テーブルに全員が着席するものとなっている。
何故ならば晩餐会というのはあくまでも建前。実際は反王派の今後の方針を決める会議であるからに他ならない。
だからこそ、会場内の雰囲気は明るいものではなく、むしろ重苦しい空気が流れていた。
そんな空気の中、最初に口を開いたのは主催者であり、反王派の旗頭でもあるジェレミー・マルク公爵。
「皆、よく集まってくれた」
この短い一言で会場内の空気は一段と重くなる。
空気が重くなった理由――それはここに集まった貴族の数。
今回ジェレミーは四十を超える貴族に招待状を送っていた。もちろん送った相手は全て反王派に属していた家のみ。
本来であれば、余程の事情がない限りジェレミーの招待を断る反王派貴族などいないはずだった。
しかし、現在この場にいる貴族は四十どころか三十にも満たない。
その主な原因はラバール王国側が魔武道会を勝利したことにあった。
本来であれば、ラバール王国の貴族であるのだから勝利に喜ぶべきだろう。
だが、魔武道会の代表選考をエドガー国王が実質行っていることはラバール王国のほぼ全ての貴族は理解している。さらにその代表者たちはエドガー国王の持つ武力の象徴だとも考えられていた。
だからこそ反王派貴族の者たちにとってラバール王国の勝利という結果は面白くない――いや、面白くないだけでは済まない。
今回の魔武道会の勝利によってエドガー国王への求心力が増し、その結果が十を超える反王派貴族だった者たちの離反。これにより、王派と反王派の天秤は大きく王派に傾いた。
魔武道会前は中立派を除き、各勢力のバランスは五分と五分。
だが、今となっては中立派と反王派の貴族が新たに王派に加わり、勢力バランスは七:三で王派に軍配があがっている。
このようなことがあっため、この場の空気が重くなってしまうのも無理はなかった。
「……チッ。このままでは終わりだ」
舌打ちと共に誰からかわからないが小さな声でそう呟かれる。
そしてその呟きを皮切りに様々な声が上がっていく。
「今年のブルチャーレ公国の代表はここ近年最強という話ではなかったのか!」
「それよりも愚王が選出したトムとラムという者は何者なのだ! 誰か情報を持っていないのか!」
「持っていればとっくに情報を共有しとるわ!」
「このまま時が経てば、ますます王派の勢力が増してしまいます! 何か手を打たねばなりません!」
「何か手を打つ必要はあるが、そう簡単な話ではない!」
「金や利権で買収するのはどうだろうか?」
「大金ならまだしも、僅かばかりの金でなびくような家など何の価値もない! そのような家にクーデターを起こすための兵力を集められるとも思えん!」
「なら大金を渡せばいいのでは?」
「たわけ! 誰がその大金を払うというのだ! そもそもそんな大金があれば己の兵力の増強に使っておるわ!」
罵声が飛び交い、最早議論として呼べないものになりかけてしまう。
そんな中、議論に参加せずに口を閉ざしていた者が二人いた。
一人は反王派の旗頭であるジェレミー・マルク公爵。
反王派を纏めているからこそ、その発言力は強く、不用意に口を開いてしまえば議論が止まってしまうこともあり、あえて口を閉ざしていた。
そしてもう一人の人物――それはジェレミーの右腕であり、反王派で第二位の発言力を持つパスカル・バランド辺境伯。
バランド家は代々王国の東――シュタルク帝国との国境に面している土地に領地を与えられている名家中の名家。
辺境伯ということもあり、バランド家が持つ兵力は王国内の貴族でも一、二を争うほどのもの。
では何故そんな彼が口を閉ざしていたのかといえば、自身の発言力が強すぎるからというわけではない。
その理由はただ一つ。
既に今後の方針をジェレミーから伝えられていたからであった。だからこそ無意味な議論に参加する気にならなかったのだ。
その後、議論と呼べぬ議論が三十分以上続き、徐々に貴族たちの熱が下がったことを見計らい、ジェレミーが手を一度叩く。
高く鳴り響いた手を叩く音で議論に参加していた者は口を閉じ、この場にいる全員がジェレミーに視線を向ける。
そのジェレミーに向けられた視線には様々なものが含まれていた。
――期待や不安、または諦め。
旗頭であるジェレミーならば何か良案があるのではないかという期待。
このままでは反王派は敗れ、粛清されてしまうのではないかという不安。
状況は既に詰み、最早打つ手はないのではないかという諦め。
それぞれが様々な思惑を持ちながら、ジェレミーに視線を向けていた。
「皆の意見、大いに参考になった。礼を言う」
この言葉に対し、全員が座りながらも頭を下げ、その様子を見渡したジェレミーは言葉を続けた。
「では今後の方針を発表する。皆の者――準備を整えよ」
ジェレミーの『準備を整えよ』という言葉の意味はこの場にいる全ての者が理解していた。
その意味とは――クーデターの準備。
「「――ハッ!!」」
返事が綺麗に揃い、そしてジェレミーとバランド辺境伯以外の者全てが席を立ち、この場を後にしたのであった。
ある者は高鳴る鼓動を抑えながら。
またある者は不安に押し潰されそうになりながら。
会場から二人を除く全ての者が消えたのを確認したバランド辺境伯はおもむろに口を開く。
「マルク公爵……本当にこのタイミングでよろしいのでしょうか?」
彼の言葉の意味するところは『今クーデターを起こすにはタイミングが悪すぎるのではないか』である。
事実、現状はここ数年で最も反王派の力が失われているのだ。
クーデターを起こすタイミングとして最悪といってもいいだろう。
バランド辺境伯からしてみれば、今は我慢する時。
時間は掛かってしまうが、今は失ってしまった力を整え、再度王派と反王派の勢力図を五分にした方が良いと考えていた。
しかし――
「逆なのだ。バランド辺境伯。今しか機はない」
ジェレミーは先の未来を見透していた。
二度と魔武道会前の勢力に戻ることはない――と。
「……理由を伺っても?」
「まだ公表されてはいないが、ラバール王国とブルチャーレ公国がシュタルク帝国に対する軍事同盟を結んだようだ」
思いもよらない情報にバランド辺境伯は目を見開き、驚きを隠せずにいた。
「まさか……いつの間に」
「流石に驚いた様子だな。だが、これで理解したであろう? 今しかないと」
これまで反王派はシュタルク帝国とある程度協調して勢力の拡大を行ってきていた。
けれども決して仲間と呼べるような関係ではない。あくまでも利害の一致から手を結んでいたに過ぎないのだから。
毒食わば皿までの精神で手を結んでいたが、それと同時にクーデターが成功した後に帝国がどう動いてくるのかと反王派貴族は恐怖していた。
だからこそ、ブルチャーレ公国との軍事同盟が公表される前に動かなければならない。
ジェレミーの見立てでは後一月もせずに軍事同盟締結を公表すると考えている。
そして軍事同盟が公表されてしまえば、シュタルク帝国に対する強力な切り札となり、シュタルク帝国を恐れている反王派貴族たちもエドガー国王の手腕を認め、王派に鞍替えしてしまうだろうことは想像に難くない。
「その通り……ですな。では私も準備を急がねば。これにて失礼させていただきます」
焦燥に駆られたのか、バランド辺境伯は早足でジェレミーの屋敷を出ていった。
そしてその場に一人残ったジェレミーは誰に聞かせるわけでもなく、こう呟いた。
「成功するか否かはルッツの動き次第か……」
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