第110話 第一王子ジュリアン

 俺が捕らえた男がアリシアのことを姉上と呼ぶ事態に思考が追い付かない。


 男の髪色はアリシアと同じ金色。

 確かに以前、エドガー国王から二人の息子がいるとは聞かされていた。

 けれども過去に幾度と王城に入り、社交界や晩餐会などにも参加したが、一度も王子たちの姿を目にしたことがない俺からしてみれば、本当にこの侵入者が王子なのかどうか判断出来ない。

 そのため、侵入者であるこの男を解放するわけにはいかず、腕を固めたままでいた。


「……ジュリアン。それにロザリーまでどうしてここにいるのでしょう?」


 アリシアは驚きの表情を一変させ、鋭い視線でジュリアンと呼んだ男を睨み付ける。

 そこには普段の親しみやすく、優しい姿は一片も存在していない。


「「……」」


 剣幕に押され、ジュリアンとロザリーは黙り込んでしまう。


 そして十秒、二十秒と沈黙が続き、夕陽に照らされた庭が静寂に包み込まれる。


 何とも言えぬ気まずい時間がいつまで経っても終わる気配がなかったため、仕方なしに俺が静寂を打ち破った。


「えっと……アリシア、この二人は一体?」


 俺がアリシアにそう尋ねた途端に、彼女の表情はいつものものへと戻り、説明を始める。


「コースケ先生が拘束している者は私の弟であり、この国の第一王子でもあるジュリアン・ド・ラバール。メイド服を着ている女性は弟の専属メイド兼護衛のロザリーです」


 事実確認が済んだこともあり、第一王子ことジュリアンの拘束を解く。それと同時に俺の背中から嫌な汗が吹き出る。

 侵入者だったとはいえ、王子に対して乱暴を働いてしまったのだ。下手をすれば不敬罪か何かで罰せられる可能性を考えてしまったのだ。


 拘束を解かれたジュリアンは肩を痛めたのか、肩をぐるぐると回し、身体の状態を確かめている。


「そ、そうだったんだ。一つ聞いてもいい?」


「何でしょうか?」


「俺って実はかなりまずいことをした? 知らなかったとはいえ、王子を拘束しちゃったんだけど……」


 引っ捕らえて腕を固めたとは言えず、なるべくオブラートに包み込んだ言い方をして罪の軽減を画策する。情けない行為だが、背に腹は変えられない。


「安心して下さい。コースケ先生は被害者ですから。むしろ罪を犯したのは弟とロザリーです」


 再び鋭い視線を二人に向ける。


 正義感が強いアリシアのことだ。例え弟であっても犯罪行為を許すことが出来ないのだろう。いや、弟だからこそ余計にかもしれない。


「――姉上! 申し訳ありません!」


 視線に耐えられなくなったのか、ジュリアンは勢いよく頭を下げる。声音からも誠実さが伝わるほどの謝罪だった。


 しかし――


「ジュリアン。謝る相手を間違っています。それにロザリーも」


 ジュリアンの隣で頭を下げていたロザリーに対しても厳しい態度で俺へと謝罪をするように促す。

 叱られているのは俺ではないが、自然と背筋が伸びてしまうほどに今のアリシアは怖い。


 アリシアの言葉でジュリアンとロザリーは俺の正面に移動し、頭を下げる。


「無断で屋敷に入ってしまい申し訳ありませんでした!」


「申し訳ありません」


 あれほどアリシアに叱られた後では許さない訳にはいかない。流石にここで追い討ちを掛けるのは躊躇われてしまう。


「謝罪は確かに受けとりました。次からはキチンと正面から入って下さい」


「……はい。本当にすいませんでした。改めて自己紹介をさせていただきますが、僕の名前はジュリアンと申します。歳はまだ十五になったばかりですが、仲良くしていただけたらと。それと僕に対しても姉上と同様に気軽に接して下さい」


 ジュリアンの顔をしっかりと確認したのは今が初めて。

 捕らえたときは背後から襲撃し、拘束したために顔を確認していなかったが、彼の容姿はアリシアと姉弟なだけあって性別こそ違えど、どことなく似ている。


 十五歳にしては身長こそ高いが、身体はまだ出来上がっていないのか華奢な体格をしていた。

 容姿は爽やかなイケメンであり、仮に王子だと知らなかったとしても王子なのではないかと思ってしまうほど優れている。

 これで白馬にでも乗ろうものなら、世の女性全てを虜にしてしまうだろう。


「お言葉に甘えてアリシアと同じような言葉遣いをさせてもらうよ。俺の名前はコースケ。以前、アリシアがいるクラスの臨時講師みたいなことをやった縁で、今も仲良くさせてもらってるんだ。これからよろしく。ジュリアン」


 ジュリアンと握手し、自己紹介を終えたところでロザリーが口を開く。


「私はジュリアン殿下のメイド兼護衛をさせていただいているロザリーと申します。先程は申し訳ありませんでした」


 短い自己紹介だったが、使用人として前に出過ぎないようにしたのかもしれない。


 ロザリーはショートカットの黒髪ということもあり、どこか親近感を覚える。

 容姿は華やかさこそないが、端整な顔立ちをしていた。

 年齢はおそらく俺と同じか少し下くらいだが、ジュリアンの護衛というだけあってかなりの実力を持っているはず。


「もう謝らないで大丈夫。特に何か被害があったわけでもないしさ」


 実際は刃物を取り出され、戦闘になりかけたが余計と話が拗れるだけなので口にはしない。


「ありがとうございます」


 騒動が一段落したところで、一体何故雑木林にいたのかをアリシアが二人に話を聞く。


「それで二人はどうして先生の家に無断侵入していたのでしょうか?」


「それは――」


 このような事態に発展してしまった理由をジュリアンが説明。

 内容を要約するとこんな感じだった。


 魔武道会が終わり放課後の訓練がなくなったにもかかわらず、先週からたまにアリシアの帰りが遅くなっていたため、何をしているのか気になり、こっそりとロザリーを護衛に後を付けたとのこと。


 爽やかな顔に似合わず、大胆な行動を取るものだと少し感心してしまう。

 加えて、ジュリアンは過剰に姉を心配しているようでシスコンの気があるような気がしてならない。


 十五歳で未だに姉離れ出来ていないのはどうなのだろう? それにしてもこの姉弟は国王様と性格が全く似てないなぁ。


 片や豪胆な性格で口調は粗雑、片や穏やかな性格で口調は丁寧。

 まるっきり正反対と言っても過言ではない。

 このままではエドガー国王の悪口になってしまうのではと思い至り、思考を破棄する。


「来年には僕も学院に入学しますので、姉上に剣を教えていただきたいのです」


 まさかジュリアンまでもこれからここで訓練を始めるのかと思ったが、杞憂に終わった。


「……わかりました。当面は私とリゼットも城で訓練を行うことにしますので、ジュリアンも一緒に訓練しましょう。流石に三人ともなればコースケ先生に迷惑をかけてしまいますから」


「姉上、ありがとうございます!」


 どうやら上手く話が纏まったようだ。

 ここで俺が『迷惑なんて気にしなくてもいいよ』なんて社交辞令を言ってしまえば、前回の二の舞になってしまうため、黙っておく。


 もちろんアリシアとリゼットが俺の家に来ることに嫌悪感はない。だが、二日に一度という頻度を落として欲しいとも思っていた。

 今は休養期間ということもあって冒険者として活動はしていないものの、もうじき依頼を受けるつもりでいる。そうなれば家を空けることも増えていくので、二人に指導するのは時間的に難しいからだ。


「コースケ先生の指導を受ける時間が少なくなってしまうのは惜しいですが……」


 本当に残念に思っているのか、アリシアは複雑な表情を浮かべていた。

 弟の願いを叶えたい気持ちと板挟みになっているのだろうか。


 アリシアは強くなることに貪欲だ。

 俺との訓練は彼女にとっては得難いもののようで、だからこそ複雑な表情をしているのだろう。

 だからこそ、彼女の『強くなりたい』という想いを刺激する。


「アリシア。勉強と同じで、教えることによって自分自身もまた強くなれると思うよ。だからジュリアンに指導して成長した姿を見せて欲しい」


 打算的な言葉だが、本心でもあった。


 俺の指導だけでは限界がある。

 何せ、俺の強さは鍛えたことで磨き上げた強さではない。あくまでもスキルによってもたらされたものでしかないのだ。

 そのため、アリシアに教えられることと言えばダンジョンで戦ったことによる自身の経験だけ。

 このままではいつか教えることがなくなってしまうことは明白であり、アリシアには俺からの指導以外の方法で強さを磨いて欲しいと思っていた。


「わかりました。それでは今日はこの辺りで失礼致しますが、その前にお父様からコースケ先生へ言伝を預かっています」


「言伝?」


 当分は依頼を受けないと告げていたこともあり、用件がわからない。面倒事ではないことを祈るばかりだが。


「はい。内容は私には理解出来ないのですが、コースケ先生に渡した報酬で何を手に入れたのかを今度会ったときに教えてほしいとのことです」


 報酬って『叡智の書スキルブック』のことか……。やっぱり使えってことだよなぁ……。さて、どうしよう。


「わかりましたと伝えてほしい」


「承知しました。では失礼致します」



 こうしてアリシアとリゼットは屋敷を訪れる頻度が減っていった。


 そして俺たち『紅』も休養期間を終えて再始動するのだが、『叡智の書』の件をどうするのか頭を悩ませることになったのだった。


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