第79話 国王と大公
アリシアが紅介のところへと伝言に向かっている最中、エドガー国王とヴィドー大公は椅子に腰を掛けて二人だけで会話をしていた。
「エドガーよ。今年のラバール王国の代表はどうだ?」
ヴィドー大公は低く威厳のある声で、エドガー国王にそう尋ねたが、その言葉遣いはまるで友人に話しかけるかの様に砕けたもの。
事実、エドガー国王とヴィドー大公の二人は年齢こそ五歳ほどヴィドー大公が上なのだが、幼い頃から親交がある旧知の仲だった。
「今年はブルチャーレに負けるわけにはいかないからな。可能な範囲で優秀な者を集めたつもりだ」
(まぁフラムが参加することになったのは誤算だったが、勝利を目指すという点では悪くはない……。だがコースケだけでも勝利するには問題がなかったかもしれないがな)
仮にフラムが
しかし、フラムは竜。
竜とは人類が容易く関わることができる様な存在ではない。むしろ関わりを持つことを避けるべき存在なのだ。
もし竜との関わりを他国に知られてしまえば、それだけで戦争の引き金にもなりかねない。
竜という武力を手に入れたと誤解されてしまえば、侵略の意思ありと周辺国家から思われ、ラバール王国は多方面から同時に戦争を仕掛けられてしまうことは火を見るよりも明らかなのだ。
本来であればエドガー国王はその様なリスクを負いたくはなかったが、他に宛がなかったこと、今年は負けるわけにはいかないことなどの要因が重なり、現在の状況に至っていた。
「どうやら今年のラバール王国は本気の様だな。やはりシュタルク帝国の動向が怪しいからか?」
「ダミアーノは知っているだろうが、シュタルク帝国が侵攻の兆しを見せていることで反王派がうるさくてな。今年の魔武闘会で負けるようなことがあれば、我が国の軍事力や人材育成能力を疑うように貴族たちを扇動してくるだろうよ。面倒ったらありゃしない」
エドガー国王は肩をすくめ、ヴィドー大公に軽い愚痴を漏らす。
「ラバール王国は大変な様だな。その点、ブルチャーレはそういったことは今のところないが、だからと言って負けてやる訳にはいかないがな」
ブルチャーレ公国はラバール王国とは違い、毎年魔武闘会に心血を注いでいる。
これには二カ国の国民性の違いがあり、ブルチャーレ公国では実力至上主義的な側面が強く、爵位などを持たずとも実力さえあればそれなりの地位に就くことができるのだ。
そのためにブルチャーレ公国では強い者や賢い者などは国民から尊敬され、実力を大衆に示した者は多くの人々から一目置かれる存在となる。
そういったこともあり、ブルチャーレ公国内では魔武闘会への関心が異常なほど高く、ヴィドー大公も国民の期待を裏切るわけにはいかないのだった。
「八百長の様なことなんて期待しちゃいない。で、今年のブルチャーレ公国の代表はどんなもんなんだ?」
エドガー国王がそう尋ねるとヴィドー大公がニヤリと口角をあげる。
「自信を持って言えることがある。三連覇をした以前の代表者たちよりも今年は強い」
その言葉を聞いたエドガー国王は軽く舌打ちをしたくなった。
何故ならヴィドー大公は見た目こそ体格のいい武人の様な人物で自信家な性格に思われがちだが、実際は何事にも慎重な性格だということをエドガー国王は知っているためだ。
「そこまでか」
「ああ。昨年出場した者も二人いるが、後の三人は今年見つけた逸材よ」
「何者なんだ? 冒険者か?」
「そうだ。その三人は我が国を拠点にしている冒険者パーティーなのだが、瞬く間に頭角を現してな。つい先日も国内にある未踏破のダンジョンを攻略しおった」
その冒険者パーティーの事を魔武闘会が始まる前にも関わらず、ヴィドー大公は自慢するかのようにエドガー国王に語る。
元々は二人組のAランクパーティーだったところに、新たに一人が加わった事でめきめきと頭角を現し、Sランクに至ったのだと言う。
「Sランク冒険者をよく出場させることができたな」
ラバール王国にもSランク冒険者は存在するが、連絡が取れない者や出場を拒否する者ばかりで誰も参加をしてくれる者がいなかった。
それはエドガー国王の人望がないからではなく、二つの理由がある。
一つは基本的に冒険者とは根なし草であり、上位の冒険者ほど多国籍なメンバーで構成されていることが多い。
そのためにラバール王国を拠点に活動していたとしても、ラバール王国の出身では無い者が多く、ラバール王国のために魔武闘会に出場してくれる者がいないのが実情である。
もちろん中にはラバール王国出身の者もいるのだが、パーティーでの活動を優先するためなどの理由で辞退されていた。
二つ目の理由として、上位冒険者は名誉や名声を既に得ていることもあり、魔武闘会に出場する意味を見いだせない点。
魔武闘会は実力を示す格好の場には違いないのだが、上位冒険者は冒険者ランクというもので評価されており、実力を証明する必要がない。
そして何よりも出場し、負けた場合には名声を失墜させてしまうというリスクが伴ってしまうのだ。
例えラバール王国から多額の報酬を約束したとしても、負けた場合のリスクが上回ると判断されるのがオチだろうとエドガー国王は考えている。
これらの理由があり、エドガー国王はSランク冒険者を代表に選出することができないでいたため、ブルチャーレ公国がSランク冒険者を出場させることが出来た事に内心驚いていた。
「それについては私自身も驚いた。駄目元で打診をしたのだが、意外な事にあっさりと承諾してくれたからな。どうやら新たにパーティーに加わった一人が乗り気だったらしい」
(なんだその幸運は……。だが俺の方が幸運か? コースケがいるとはいえ、フラムがいなければブルチャーレのSランク冒険者パーティーに負ける可能性もあったな)
エドガー国王は紅介の実力を測りきれてはいなかった。
紅介の実力は社交界で見た襲撃者との戦闘と、学院での紅介の様子をアリシアから聞いていたことでかなり高いことはわかっているが、その実力がSランク冒険者に届くのかどうかまでは未知であったのだ。
(後はフラムの正体がバレないことを神に祈るだけだ)
フロディアという地上に降りた神が自身の近くにいることをエドガー国王は知るはずもなく、そう祈るのであった。
――――――――――――――――――
晩餐会が始まり、一時間が経った頃だろうか。
会場内は二カ国間の貴族たちが親交を深めたり、料理を楽しんだりと和やかな雰囲気の中、エドガー国王が会場にいる全員に向けて声を上げる。
「そろそろ魔武闘会の代表を紹介したいと思う。各国の代表に選ばれた者は前へ」
エドガー国王の言葉で明らかに貴族ではなく、冒険者等を生業にしているであろう人物等が会場の前へと歩みを進め始めた。
そんな中、俺は緊張で乱れていた呼吸をなんとか深呼吸をしながら整え、ディアに一言告げる。
「俺とフラムは前に出ないといけないみたいだから行ってくるよ。少し待ってて欲しい」
「うん。頑張って」
仮面のせいでディアの表情はわからないが、優しい笑みを浮かべて見送ってくれたような気がしたのだった。
「じゃあ行こうか、フラム。――いや、ラム」
これから自己紹介を行うのだ。自らの思考を切り替える意味も含めてフラムをラムと呼び、気を引き締める。
「了解したぞ。だが主よ、私は主と呼んでもいいのだろうか?」
言われてみればいくら偽名を名乗っても、フラムが俺の事を『主』と呼んでしまえば隠せるものも隠せなくなる可能性があるか。
「人前では『トム』でお願いするよ。ってそろそろいかなくちゃ 」
三人でちょっとした長話をしてしまったこともあり、既にエドガー国王の下へ代表だと思われる者たちが集まり始めていた。
そのためディアに一言残し、俺とフラムはエドガー国王の下へと早歩きで向かい、到着するとエドガー国王とヴィドー大公の近くには代表者だと思われる人物が既に集まっていた。
その代表の面々には騎士や冒険者だと思われる者などがおり、俺たちを含めた十人の代表の中にはフラムを除いて女性が三人選ばれている。
各国の代表がそれぞれの国の王(大公)の前へと一列で並び、各国の代表同士が顔を向かい合わせる形で王を基点とし、ハの字に整列したのだった。
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