第74話 要請
「よし! とりあえずはマルク公爵家と帝国の話はこれで終わりだ。それで俺がコースケの家に来たのには、もう一つ話したい事があってな」
エドガー国王は次の話題へ移るという意味を込めて両の手のひらを一度叩き、注目を集める。
「残りの一割の事ですか?」
「そのことだ。コースケ、十日後に魔武闘会がこの国で開かれるのは知っているよな?」
「……?」
さも知っているのが当たり前かのようにエドガー国王が問いかけてきたが、初耳もいいところで俺には首を傾げることしかできない。
「おいおい……。ここ何十年間、毎年盛大に行われている行事だぞ? ってか、それを知らないで特別講師の依頼を受けていたのかよ」
「全く知りませんでした。それで魔武闘会でしたっけ? それが特別講師と何か関係があるのですか?」
俺が全く知らないと言ったことで、エドガー国王だけではなく、アリシアやダニエル副隊長までが少し驚いた表情を見せている。
「アリシア、コースケに教えてやってくれ。俺は喋りすぎて疲れた」
ナタリーさんがエドガー国王のティーカップに紅茶を入れ直すとそれを一気に飲み干し、さらにおかわりをもらっていた。
「わかりました。父に代わり、私が説明させていただきます」
そう言ってアリシアは椅子を軽く座り直し、説明を行う。
「魔武闘会とはラバール王国の南にあるブルチャーレ公国と親交を深めるために毎年行われている行事です。その内容は魔法や武術を使い、相手国の選手と一対一の決闘で強さを競うものとなっております。この魔武闘会はラバール王国とブルチャーレ公国で毎年交互に開かれており、今年はラバール王国で開かれるのです」
ブルチャーレ公国なんて初めて聞いた名前の国だ。とは言ってもこの世界の地理は何も知らないんだけど。
「要するに何でも有りの武闘会みたいなもの?」
「正確に言えば殺したり、意図的に大怪我を負わせるような攻撃は禁止されていますが、その通りです」
「大体はわかったよ。去年はブルチャーレ公国で魔武闘会が開かれていたから今年はラバール王国でやるってことか。それでその魔武闘会が特別講師と何か関係があるの?」
「はい。魔武闘会の前座で各国の学生の代表五名が模擬戦を行うのですが、その代表は王立プロスペリテ学院から選ばれています。私自身もその五名の内の一人に選ばれました」
実地訓練が終わってからすぐにそんな模擬戦があるのか。どんだけ大変なスケジュールを組んでいるんだよ……。
「なるほどね。アリシアが選ばれたってことは他の代表もSクラスの生徒?」
「私の他にはディオン卿やリゼット等、全員がSクラスの生徒になります」
「それで俺が引率をすればいいってことか。まぁ少し楽しそうだし、俺が特に何かをするわけじゃなさそうだから、気軽に観戦してるよ。アリシアも実地訓練の後で大変だと思うけど頑張って」
「ありがとうございます。魔武闘会までの放課後に以前のように特訓をして貰えると嬉しいのですが……」
「もちろんいいよ」
その後アリシアは嬉しそうにお礼を言い、全ての話が終わったかと思いきや、エドガー国王が口を開く。
「コースケ、魔武闘会のことはこれでわかったか?」
「大丈夫です。アリシアの説明はわかりやすいですし」
「そうか。実はな、今アリシアが説明したのは魔武闘会の表側の話だ」
「表側? 裏側なんてあるんですか?」
実は裏の魔武闘会では殺しあっているとか、そういう話だったりするのか……?
そんな俺の考えはすぐさま否定される。
「まぁ裏側と言ってもブルチャーレ公国と何かがある訳じゃない。あの国は以前から親交のある友好国だしな。それに今のブルチャーレ公国の大公と俺は個人的にも親交がある。だが、毎年魔武闘会で互いの国の代表を競わせるライバルでもあるけどな」
その後エドガー国王はブルチャーレ公国について詳しく説明をしてくれた。
ブルチャーレ公国とは四つの公爵家が持ち回りで君主を務める国であり、その四つの公爵家は四大公爵家と呼ばれているとのこと。
ラバール王国の先代の王の時代から親交がある国で、シュタルク帝国に対抗するための同盟国でもあるらしい。
「少し話が逸れた。それでだな、裏側と言うのは魔武闘会はただのブルチャーレ公国との親交を深めるだけのお祭りではないということだ」
「それ以外の意味を持っていると?」
「ああ。学生の前座はただの交流の意味合いしかないが、魔武闘会は違う。王が直々に五名の代表を選出し、相手国との代表と戦い、負ければ脱落という形式で進行していく。相手国の代表を五名脱落させた時点で大会は終わる」
「それのどこに裏の側面が?」
一連の話を聞いても、これといった問題は無いように思える。ただ単にどちらの国の代表が強いのかと決める大会だ。
「問題は王である俺が代表を選出するというところにある。ここ三年間はブルチャーレ公国に負け続けていてな。負けるにつれ、面倒なことに反王派は勢いづくんだ。『あんな代表しか用意できない王はラバール王国に相応しくない』とか言ってな」
「そんなのは戯れ言のようなもので、無視してしまえばいいのでは?」
「五年ほど前まではそれで問題はなかった。所詮はただの祭りだ。ほとんどの貴族は特に興味を示すこともなく、一部の魔武闘会に熱狂的な貴族以外は負けたところで文句を言ってくる者はいなかったからな。だが、ここ数年はシュタルク帝国が戦争の兆しを見せ始め、話が変わってきた。俺が選ぶ代表が弱ければ、この国の軍事力に疑問を持つ者が現れるようになってな。いや、少し違うか。疑問を持つように反王派の奴らに扇動されている」
魔武闘会の裏側っていうのはそう言うことか。国王様が選んだ代表が負けてしまえば、反王派に扇動された貴族が反王派に寝返る可能性があり、ますます反王派の勢力が力を増してしまうのか。
エドガー国王は長台詞を終えると、一度紅茶で喉を潤し、一息ついたところで話を続ける。
「だが逆に魔武闘会に勝ちさえすれば、こちらが優位となる。奴ら反王派は『
「……へ?」
いきなりの事で思わず変な声が出てしまう。
「今年は負けるわけにはいかないんだ。なりふり構ってはいられん」
「ちょっと待って下さい! 俺以外にいくらでも人材はいるでしょう? 例えばダニエル副隊長とか」
「ダニエルは既に代表として選出しているんだ。他にもこの国に住んでいる実力者や冒険者等の中で代表に選んだ者もいる」
国の代表に冒険者を使うのは有りなのか、といった疑問が浮かぶが、エドガー国王が既に冒険者を代表として選んでいることから問題はないのだろう。
「それじゃあ近衛騎士団の隊長はどうなんですか? ダニエル副隊長が選ばれたということは隊長ならさらに強いのでは?」
俺は見たこともない人物を候補としてエドガー国王に提案を行う。
「それがだな……、近衛騎士団の隊長である者はマルク公爵家の血筋の者なんだよ」
エドガー国王は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後に大きなため息を吐く。
「だから俺の護衛にはダニエルが就いている。いくら近衛騎士団の隊長だとしても側に控えさせるのは危険だからな」
「隊長が反王派の可能性が高いのに何故そのまま放置してるんですか?」
「王と言っても全ての人事を決められるわけじゃないんだなこれが」
半ば諦めているといった様子で手をひらひらと振りながら苦笑をする。
「王様って何でもできるのかと思ってましたよ」
「そんな甘い地位ではないな。ってそんな事はどうでもいい。それよりもコースケ、魔武闘会に出てくれないか? もちろん報酬も払う」
「先生、私からもどうかお願い致します」
アリシアが俺に代表をやって欲しいと頭を下げる姿を見て、心が揺らぐ。
正直に言えば、ディアの為にも目立つような真似は避けるべきなのだ。それに俺自身も目立とうという気概などはなく、むしろひっそりと過ごしていきたいのが本音である。
しかし、アリシアと出会ってから短い時間しか経ってはいないが、大切な教え子なのも確か。
もし魔武闘会にラバール王国が敗れ、反王派が力をつけて反乱などを起こせば、最悪の場合にエドガー国王はもちろん、アリシアの命は刈り取られてしまうだろう。
俺は数十秒ほどの間、悩み続けて結論を出した。
「条件付きなら代表を受けます」
「その条件とは何だ?」
「俺の名前と顔を隠しても良いなら出場します」
「要は目立ちたくないってことか。わかった。その程度の条件なら何の問題もないな」
こうして俺の魔武闘会出場が決まったのだった。
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