第73話 来客
実地訓練を終えた翌朝、今日は特別講師として学院に行く必要もなく、ゆっくりとした朝を過ごしていた。
普段より一時間遅い朝食を食べ、今は食堂で食後のティータイムを屋敷に住んでいる全員で楽しんでいる。
「ナタリーさんとマリーは俺たちがいない間に何か面白い事とか楽しい事とかあった?」
実地訓練で一週間程屋敷を空けていたが、クローゼットの異空間を使った連絡はなかったため、何かしらの緊急事態などは起きてはいないはず。
「最初は皆がいなくてマリーは悲しそうにしていましたよ。ね? マリー?」
ナタリーさんは微笑みながらマリーの事をからかう。そんなナタリーさんの暴露にマリーは少し顔を赤くしている。
「だって……こんな広いお家にお母さんと二人だけは寂しいです!」
そんなマリーの可愛い反応にマリーを除く全員が微笑を浮かべるのだった。
「二人でどこかに出掛けたりはしなかったか? 一週間も屋敷で籠りっきりだったとしたら暇であっただろう」
フラムは二人が一週間何をしてしたのかを聞く。
フラムは他人にあまり興味を持たないが、一度仲間だと思った者には優しく、親しげに接するのだ。しかしその分、ナタリーさんに甘え、世話を焼いて貰ってばかりなのだが……。
「王都で買い物をしたり、外食をしたりと久しぶりに親子二人で出掛けたりはしましたよ」
「楽しかったけど、お母さんの買い物は長いです……。もっと安い所があるとか言って色々と探すのです!」
やっぱり給料が足りないのかな? 王都は物価が高いみたいだし。
「もっと給料を増やそうか? 二人には頑張ってもらっているからさ」
「いえ! お金が足りない訳ではないのです。ただ、お金がなかった頃の感覚が抜けなくてつい……」
今度はナタリーさんが顔を赤くしながら恥ずかしげにうつむいたのだった。
その後もこの一週間、何をやったのか等の雑談に花を咲かせていると屋敷の中にベルの音が響き渡る。
「ん? 誰か来たみたいだけど誰だろう?」
俺たちが住んでいる屋敷にはインターホンの様なものが備わっている。もちろんモニター等はないが、門の横に屋敷の者を呼び出すための魔道具が設置されており、その魔道具に触れることで屋敷の中にベルが鳴るといった仕組みになっている。
「私が見てきますね」
そう言ってナタリーさんが立ち上がると、マリーもそれに続こうとする。
「私も行くのです!」
俺が貴族なら子供のマリーに行かせる様な真似はさせないのだろうが、ただの冒険者である俺たちの屋敷にやってくる者は商人くらいだと判断し、マリーがついていく事を許可する。
「それじゃあ二人にお願いするよ。押し売りの商人だったら断ってくれていいから」
「わかりました。それでは行ってきますね」
こうして二人を見送った。
数分と経たずに玄関の扉が開かれ、ナタリーさんとマリー以外の複数の足音が聞こえてくる。
あれ? 押し売りの商人じゃないのかな?
『気配探知』で屋敷にやって来た人数を調べると、三人の来客が訪れたようで、どうやら俺たちがいる食堂に来る様子。
そして食堂の扉が開かれるとマリーが一足先に俺たちに報告へ来た。
「綺麗なお姉ちゃんと二人のおじさんが来たです!」
「綺麗なお姉ちゃんと二人のおじさん?」
一体誰だろう? 心当たりがないな。
「そうです! そのおじさ――」
マリーがそう告げるのを遮るかのように来客がマリーの言葉を訂正してきた。
「お兄さん、な?」
自らをおじさんではなくお兄さんだと訂正した人物の正体はエドガー国王であった。
「――え?」
「よう。久しぶり」
エドガー国王が片手を挙げて気軽に挨拶を行うと、その後ろからナタリーさんとアリシア、近衛騎士団のダニエル副隊長がやってくる。
「お久しぶりです。ってそんなことより、どうしてここに?」
「いや、コースケたちが食堂にいると聞いてな。応接室に移動するのも面倒だろうから俺たちも食堂に来たんだ」
俺が聞きたいのは食堂に来た理由じゃなくて、屋敷に来た理由なんだけど……。それにディアとフラムは国王様が来たというのにのんびりと紅茶を飲んでるし。
「先生方、申し訳ございません……。お邪魔致します」
アリシアは開口一番に謝罪をし、頭を下げていた。おそらくその謝罪はエドガー国王のわがままでこの様な事態になったことに対する謝罪だろうか。
「いや、大丈夫だよ。気にしないで欲しい」
ここは学院ではない事から、アリシアに対して敬語を使うべきなのかと迷ったが、アリシアが「先生方」と俺たちの事を呼んだため、先生と生徒といった関係で接することにする。
「コースケ様、こちらの方々はコースケ様のご友人とお聞きしたのでお通ししたのですが、よろしかったでしょうか?」
ナタリーさんが俺を様付けで呼び、尋ねてきた。流石に来客の前で君付けで呼ぶのはまずいと判断したのだろう。
俺としては様付けをする必要はないとは思うが、他人の目がある場合なら仕方がない。
「ナタリーさん、それにマリーもだけど、もしかしてこの方々を知らなかったり?」
「わからないです!」
「すいません。私は元々王都に住んでいなかったのでわかりません。服装からして貴族の方だとは察しているのですが……」
それもそうだった。ナタリーさんもマリーも奴隷として王都に連れてこられたために王都に関する知識は俺と大差がない。
「ナタリーさん、マリー。この方々はこの国の国王様と王女様だよ。もう一人の男の人は近衛騎士団の副隊長をやってる人」
「えっ……?」
「王様とお姫様です!?」
ナタリーさんは驚きのあまり、口元を手で隠しながら目を見開く。マリーに限っては目を輝かせていた。
「申し訳ございません! すぐにお茶の用意をしてまいります!」
数秒間ナタリーさんは硬直していたが、我を取り戻しお茶の準備へと向かう。
そんなナタリーさんの姿を見て、俺も三人を立たせたままだったことを思い出し、座るように勧めたのだった。
全員が席に着き、ようやく落ち着きを取り戻すとエドガー国王たちが屋敷に訪れた理由を尋ねる。
「わざわざ屋敷まで足を運んで下さった理由は一体? 実地訓練で起きた襲撃の件ですか?」
「九割はそうだ。アリシアからある程度の話は聞いているが、結局のところ襲撃者はどうなったんだ?」
残りの一割は何だろうと考えたが、今は襲撃事件についてだ。
「犯人は結局自害しました。襲撃者二人は黒い仮面を被っていたのですが、どうやら仮面の裏側に毒が仕込んであったみたいで……」
「そうか……。それで自害した襲撃者の遺体はどうしたんだ?」
「遺体はダンジョンで埋葬して、仮面だけを持ち帰ることにしたのです。流石に遺体を持ち運ぼうとは思えませんでした。すいません」
「いや、気にするな。どうせその手の者は顔を見たところでわかる情報なんてないだろうしな。だが念のため、仮面は見せてくれ」
俺は後ろ手に異空間から二つの仮面を取り出し、テーブルの上に置く。
「これです。仮面の裏側に毒が付着しているので気を付けて下さい」
エドガー国王は上着のポケットからハンカチを出し、仮面を直接触れないよう気を付けながらざっくりと調べる。
「見たことのない仮面だな。コースケ、この仮面を貰ってもいいか?」
「別に構いません」
「助かる。一応王宮の者たちに調べさせれば何かがわかるかも知れないからな。それでコースケは犯人についての目星などはついていたりしないか?」
「実は――」
俺はエドガー国王に事件の黒幕がマルク公爵家の可能性が高いということを教えた。
その際にフラムが聞いたディオンと怪しい人物との会話の内容を詳細に報告する。
「マルク公爵家の仕業ってことでほぼ確定みたいだな。だが、証拠がなければ裁くことができないし、困ったもんだ」
エドガー国王はやれやれといった表情を見せつつも、同時にその瞳は真剣そのものであった。
「やはり目撃証言だけでは弱いですか。それにしても何故俺たちが狙われたのかがさっぱりわかりません」
するとエドガー国王が推測を語り始める。
「おそらくだが、俺が『紅』に特別講師を依頼したことに気付いたからかもしれない。奴は反王派の中心人物で俺の邪魔ばかりしてくる本当に面倒な存在だ。それにアリシアから聞いた話だが、マルク公爵家の嫡男であるディオンの派閥からアリシアに鞍替えする者が出たらしいな?」
「数人そんな生徒がいましたが、そんな事で襲撃者を送り込んでくるものなのですか?」
「ディオンはアリシアに敵対心を持っていると耳にしたことがある。自分の派閥からアリシアの派閥に移ったことが許せなかったんだろうよ。しかも鞍替えした理由がコースケたちに師事を乞うためときた」
エドガー国王の推測が正しいのかはわからないが、もし正しいのだとしたら俺たちが狙われる理由が見えてくる。
「と言うことは、俺たちが国王様に依頼され、ディオンの派閥を切り崩そうとしているのだと思われているって事ですか?」
「あくまでも俺の予想だけどな。まぁ、その辺を考えても仕方がない。それよりも仮面の襲撃者の正体だな。これも俺の予想になるが、十中八九帝国の者だろう。『
また帝国か……。本当に俺を巻き込まないで欲しい……。
そんな事を思いながらも話はその後も続き、結局は俺たちが後二週間程で特別講師の依頼が終わる事もあり、しばらくは様子を見るしかないという結論に至る。
そしてエドガー国王は襲撃事件の話を終えると、次の話題へと移ったのだった。
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