第64話 真・ラビットハンター
時刻はおおよそ十六時。
予定よりかなり早くダンジョンに到着したのだが、ダンジョンに潜るには微妙な時間である。
基本的にダンジョンの近くには小さな街があるらしいのだが、残念ながら付近には街の様なものは見当たらない。
おそらく王都から近く、低難易度のダンジョンということもあり、人が集まらないのだろう。
その代わりといっては何だが、近くには綺麗な小川が流れ、緑豊かな草原が辺りに広がっている。バーベキューやキャンプをするには最高のロケーションだ。
現在、生徒たちはダンジョンの入り口付近で輪になり相談をしている。
ちなみにダンジョンの入り口は草原の真ん中にある盛り上がった岩をくり貫いた様な構造になっていた。
「このままではいつまで経っても決まりません」
そう口にしたのはアリシアだ。
生徒たちの会話に聞き耳を立てると、どうやら今からダンジョンに潜るか、今日は疲れを癒して明日から潜るかどうかを決めかねているらしい。
「僕から提案があるのだが、ここは多数決を取らないかい?」
ディオンが手を挙げながら生徒全員に提案を行う。
「そうですね。そういたしましょう。それでは今からダンジョンに潜るべきだとお考えの方は挙手をお願いします」
手を挙げたのは十五人の生徒。その顔ぶれを見ると、実技に自信がある生徒たちが大半であった。
「多数決の結果、ダンジョンに潜るのは明日からにします。それでは日が暮れるまでは自由行動とし、その後は夜営の準備を致しましょう」
アリシアがそう告げると、その場は解散となる。
この辺りは見通しも良く、魔物が現れることはそうないと生徒たちは判断し、鎧や武器などの装備を置いて楽な格好になり、雑談に花を咲かせる者もいれば、小川で水遊びをする者もいた。
そんな中、特別講師である俺たち三人は小腹が空いていた事もあり、生徒たちから少し離れた場所で隠れながらナタリーさんに作ってもらったお弁当を食べることに。
俺が作ったアイテムボックスは内部の時間が停止していることもあり、お弁当は温かいままである。
「ディア、フラム。生徒たちにバレないようにね」
そう二人に注意を促してはいるが、俺は『気配探知』をフル稼働させているため、生徒が近付けば即座に察知できるのだ。
「うん。これはこうすけの仲間であるわたしたちの特権」
「保存の効く食べ物は美味しくないからな。主のアイテムボックスは本当に便利だ」
俺たちは弁当を食べ終わるとダンジョンについて話し合うことになった。
「ここは低難易度のダンジョンってことだけど、それでも
「ラフィーラが前にアーテによってダミーのダンジョンが造られたって言ってたから可能性はあると思う。地上に降りたことによってアーテの力はラフィーラには及ばないけど、それくらいならできるはず?」
最後は何故か疑問系になっていたが、ディアがここまで沢山喋ったのは初めてかもしれない。俺はそんなことに少し感動してしまう。
思考を叡智の書に戻す。
「叡智の書か……。もう一度でいいから手に入れたいな」
「主はもし、手に入れたらどうするつもりなのだ?」
「……言われてみれば、どうするか考えてなかった。前に手に入れた時は叡智の書を売って王都に大きめな家を買うつもりでいたけど、既に立派な屋敷を持ってるんだった」
そう考えるとそこまで欲しいものではないかな。お金はないより、あった方がいいに決まってるけど。しかも今回は生徒たちが攻略する訳だし。
俺たちがそんな雑談をしていると『気配探知』によって、後方から誰かが近付いて来たことに気が付く。
振り返り、その姿を確認すると正体はアリシアだった。
「アリシアどうかした?」
「はい。生徒の一部からある提案をされたのでその許可をいただきに参りました」
「どんな提案がされたの?」
「ホーンラビットの群れを見かけたらしく、それを倒して夕食にしたいといった提案です。生徒の大半が保存食に嫌気をさしていまして……」
アリシアは少し曇った表情をしていた。保存食に飽きたといった提案がなされたことに情けないとでも思っているのだろう。
「ホーンラビットは逃げ足がかなり速いから結構倒すのは大変だし、とてもじゃないけどクラス全員分を賄える量を取れるとは思えないんだけど」
「その事は私も説明をしたのですが、少しでも食べられればそれでも良いと言われてしまいまして……」
「うーん……。もうすぐ日も暮れるしなぁ。それにもうこの辺りは王都から離れてることもあって、危険な魔物が出る可能性もあるんだよね。ちなみにアリシアはその提案に賛成したのかな?」
「いえ、私は反対致しました。先生の仰る通り、じきに日も暮れますので危険だと」
って事はアリシアはクラスの代表として俺に許可を貰いに来たのか。情けないと思っている提案の許可を俺に求めないといけないなんて少し可哀想だ。
「やっぱり許可はできない。Sクラスだからそこらの魔物には負けないと思うけど、まだ魔物と戦うことの経験が足りないからね」
そう話すとアリシアの表情はさらに曇ったものとなる。
「そうですよね……。この様な提案をしてしまい、すみませんで――」
「許可はできないけど、その代わり俺がホーンラビットを倒してくるよ」
アリシアの言葉を遮るように言葉を続けた。
「いいのでしょうか? 生徒のわがままを聞くばかりか、それを先生にやっていただくなど」
「アリシアがそんなに気にする必要はないよ」
「ありがとうございます」
アリシアが深く頭を下げる。
その行動はいくら講師と生徒だという関係だとしても王女が簡単にできるような事ではない。
しかし、そんな事をすることができるアリシアには好感が持てた。
「ディアとフラムは生徒たちを見守っててあげて。それじゃあ俺は行ってくるよ。それでホーンラビットの群れはどっちの方向で見掛けたかわかる?」
「それならダンジョンの入り口を越えた先にある森の中です」
「わかった。なるべく多くのホーンラビットを倒してくるつもりだけど、流石に全員分は無理だと思うからそこは勘弁してね」
そう言い残し、俺は森の中へと向かっていった。
森の中に入ると『気配探知』に魔物の反応がかかる。
結構いるみたいだ。二十匹以上はいるか。さっさと終わらせて帰ろう。
俺はそこらに転がっていた小石を拾い集めてから『
突如、俺が現れたことでホーンラビットは一斉に逃げ出そうとしたが逃がす俺ではない。
『投擲巧者』と『空間操者』のスキルを使い、ホーンラビットを小石で仕留めていく。
障害物がない場合は普通に頭部を目掛け投擲を行い、投擲の妨げになるような木々などがあった場合には標的の近くに空間を繋げ、小石を転移させて仕留めた。
『空間操者』を連発したことで若干魔力を消費したが、気にする程ではない。近距離に転移する分には大した魔力消費はないのだ。
仕留めたホーンラビットをアイテムボックスに回収し、数えたところ二十匹ちょうどだった。これなら不満は出ないだろう。
俺も成長したなぁ。昔は一日かけてこれくらいしか狩れなかったのに。そういえば『漆黒の
恥ずかしい記憶を思い出し、その記憶を頭の中から振り払った後、生徒たちのもとへと戻ったのだった。
「お待たせ」
俺が生徒たちが集まっていた場所に戻り、そう言うとアリシアが近付いてくる。
「もうお戻りになられたのですか? まだ五分程しか経っていませんが……」
「ある程度倒したからもういいかなと思って早めに切り上げてきたんだ」
アイテムボックスから次々とホーンラビットをその場に出す。
一匹、二匹と数が増えていくごとに、生徒たちから感嘆の声があがっていく。そして二十匹全てを取り出し終える。
「これで全部かな」
すると生徒たちは喜びのあまり、騒がしくなる。中にはハイタッチをしている者までいた。
それに対してアリシアは喜びの表情ではなく、驚きの表情を浮かべている。
「先生、どうやってこれ程のホーンラビットをこの早さで仕留めたのでしょうか……? ホーンラビットを見る限り、範囲魔法を使った様には見えないのですが」
アリシアは食料が増えた喜びよりも、俺がどうやって仕留めたのかに興味を示す。
「まあ、小石を投げてちょちょいとね」
『空間操者』についてはなるべく知られないようにしたいため、曖昧に誤魔化すことに。とは言ってもアリシアが他人に言いふらす様な性格ではないことはわかっているのだが。
「どうりで死体に傷がないのですね。しかし森の中で小石を投擲するにしても障害物があって困難だと思うのですが」
「そこは色々と工夫したんだ。そんな事より、皆で調理出来るように解体しないとね。解体するのも勉強になると思うから生徒たちで協力して頑張って」
話を切り上げ、俺はディアとフラムのいる場所へと向かった。
その日は生徒たちが満足な食事が取れたことで精神的な余裕ができたのか、特に喧嘩などと言ったトラブルも起きず就寝した。
翌朝、起床した後に朝食を取り、いよいよダンジョンへと入ることに。
生徒全員が装備を整え、準備が完了したと共にアリシアの号令の下、ダンジョンへと入ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます