第28話 夢見た君と
フラムがいなくなってから数度戦闘を行ったが、二十九階層の魔物を相手に苦戦することはなかった。
しかしやはりフラムと連携しながらの戦闘と比べてしまうと魔物の殲滅速度はかなり低下する。
一対一ならまだしも、複数体の魔物相手にはやっぱり時間がかかるなぁ。仕方ない、ダンジョンに費やせる日数も少なくなってきたし、なるべく戦闘を回避することにするかな。
そこからは最低限の戦闘だけを行うことにしたのだったが、この二十九階層は他の階層に比べると非常に広い階層の様で一日では攻略できず、その日は途中で見つけた白い水晶が設置されている安全地帯で睡眠を取ることにしたのだった。
目が覚めてから暫くし、今後のダンジョン攻略についてを考えることにする。
たぶんもうそろそろダンジョン攻略は切り上げないといけないかな。ここに来てから日付け感覚もかなり曖昧になってきてるし、アーデルさんと会う約束の日までおそらく後一週間もない。次の三十階層を最後にして帰ろう。
そう決断し、二十九階層の攻略を再開する。ちなみにフラムはまだ用事が済んでいないのか、帰って来てはいない。
攻略を再開してから約三時間経った頃だろうか。ようやく三十階層へと続く階段を見つけることができた。ここで突っ立っていても魔物を呼び寄せるだけだと判断し、そそくさと階段を駆け足で下っていく。
そして階段を下り終わると、いつもの様に大きな扉が視線の先に設けられていた。
この扉の先にいる魔物を倒せばダンジョン攻略も終わりだと思うと、少しだけど感慨深いものがあるなぁ。もっと先に進みたい気持ちもあるけど、いい加減保存食にも飽きてきたし、帰りたい気持ちと半分半分だ。さて、俺のダンジョン攻略最後の魔物は一体どんな魔物なんだろう?
そんなことを考えながら、その場で軽く深呼吸を何度か繰り返し、扉を開くのだった――
「まさかこの場所に人が訪れる日が来ようとは」
俺は耳を疑った。扉が開ききる前にそんな言葉が耳に飛び込んできたからだ。
そして扉が開ききると、目の前には五十歳前後だと思われる白髪混じりの執事の様な格好をした男性が優雅に椅子に座りながら、こちらを鋭い視線で見つめていた。
俺は返答をする前に扉の先に広がった光景に目を奪われる。
今までは多少の大小はあったが、基本的に岩場をくり貫いた様な広大な空間がボスがいる部屋の特徴だった。
だがしかし、ここだけは違う。明らかに人の手により作られた部屋なのだ。床には大理石が綺麗に張り巡らされ、天井にはシャンデリアの灯りが、そして壁には絵画が幾つか飾られている。まるで何処かの王城にあるダンスホールの様な光景が広がっているのだ。
俺はあまりの光景に唖然としていたが、話しかけられていることを思い出し、言葉を何とか捻り出す。
「何でここに魔物じゃなく人が……」
すると男性が椅子から立ち上がりながら、低いが良く通る声で質問に答える。
「ここまでたどり着いた初めての来客です。その質問に答えて差し上げましょう。私はこのダンジョン、いや封印の神殿の最奥であるこの場所の守護を任されている者。そして私は人であり、人ではない、その様な存在です。ですので心配なさらず全力を出して戦うことをお勧め致します」
「ダンジョンではなく、封印の神殿……?」
俺は他にも様々な疑問が浮かんでいたが、封印の神殿という言葉に最も疑問を感じ、声に出していた。
「その質問にはお答えすることはできません。そして聞いたところで意味はないでしょう。ここで貴方は私に敗れ、死に行くのですから」
その言葉と共に男性から殺気のようなものが迸るのを感じる。明らかな殺意が俺に対して向けられているのだ。そしてその男性は腰に差していた剣を抜き、こちらにそれを向ける。
「おっと失礼。この場で戦うには椅子などは邪魔でした」
そう一言言うと男性は指をパチンッと鳴らす。するとその音と共に椅子やテーブルが一瞬でその場から消え失せた。
俺はその間に『心眼』を発動し、相手の情報を確認する。
ジュール
『―――――』『
なっ! 見ることができないスキルを持っているなんて……。と言うことは
そして俺も剣を構える。俺が剣を構えたことを確認した瞬間、ジュールという名の男性は動き出した。
やはり『剣鬼』のスキル持ちだけあって近接戦闘主体か。
余りにも速い移動からの剣撃が俺に襲いかかる。その剣速は今までに見たこともないような速さだった。
即座に回避は間に合わないと判断し、『金剛化』を付与した剣で相手の一撃を受け止める。
くっ……! なんて重い攻撃なんだ。『金剛化』を付与していなかったら剣ごと真っ二つにされていたところだった。
その後も相手の剣撃は止むことがなかった。高速で振られる剣に対して俺はガードをするので手一杯の状態になっている。俺の剣の腕では到底相手の剣技を上回ることができないからだ。
俺はこの状況を打破するため、あえて重傷を負わない程度の攻撃を貰う覚悟で大きく後ろに下がり、間合いを取ることにした。
そして相手が致命傷になり得ない箇所を狙った攻撃を貰い、その僅かな隙を突き、間合いを取ることに成功する。
左腕に深い傷を負わされたが『自己再生』のスキルを使い、瞬時に回復する。ちなみに全身にも『金剛化』を使っているのだが、傷を負ってしまっていた。
「ほう。今のはわざと攻撃を受けたのですか。流石、ここまでたどり着いただけの事はあります。そしてその回復能力は称賛に値するものですね」
「それはどうも」
「ですが、貴方の剣の腕は私にとっては取るに足りません。このままでは勝ち目はありませんよ」
確かにこのまま剣で切り合っても勝ち目はなさそうだ。『自己再生』を全面に押して無理な攻撃を仕掛けても無駄だろう。何より深いダメージを負ってから即座に攻撃に移れるほど、俺の痛みに対する耐性は高くない。だったら遠距離から攻撃してみるしかないな。
俺はまず試しに風魔法で風の刃を作り出し、相手に向けて放つ。しかし、ジュールに当たると思った瞬間に風の刃は一瞬で消え去ってしまうのだった。
今、何が起こったんだ? 回避されるだろうとは思っていたが、まさかそこから一歩も動かずに魔法をかき消すなんて……。
「この程度の魔法で私が倒せるとでもお考えでしたか? そうだとしたら残念だと思う他ありません」
それなら別の攻撃を試してみるだけだ。
俺は腰からナイフを一本取り出し、瞬時に相手の眉間を目掛け投擲を行った。しかし――
「甘いです」
ジュールがそう言葉を発すると共に投擲したナイフが消え失せる。そしてそれだけでは終わらなかった。
「――っ!」
突然、背中から激痛が全身に走ったのだ。そして後ろ手に背中を確認するとそこには何かが突き刺さっている。このままでは『自己再生』を発動できないため痛みを堪え、その何かを引き抜く。
確認すると、背中に刺さっていた物の正体は俺が投擲したはずのナイフであった。
なるほど、そういうことか。相手の攻撃を消していたんじゃなく、転移させていたのか。ということは、相手の正体不明のスキルは物体を転移させることができる能力のようだ。それだったら遠距離攻撃は悪手でしかないな。それならどうする――
俺の思考を邪魔するタイミングで今度はジュールが攻撃に移る。
「次は私から行かせていただきます」
その言葉と共に再度間合いを詰められる羽目になってしまった。
斬撃を放つジュールにそれを防ぐ俺という攻防がまた始まる。
どうすればいい? このままだとじり貧だ。体力的にはまだまだ余裕はある。だがそれは相手も同じみたいだ。
相手の表情を伺うとその顔には汗一つ浮かんではいない。
フラムを呼ぶしかないのか……? いや、やれることはまだある筈だ。
俺はダメージを覚悟で相手の剣を持った右腕に向かって無謀な攻撃を仕掛ける。ジュールは俺の攻撃に対して、回避ではなく剣で迎撃することを選択した。
俺はジュールが回避をしないで迎撃を選択するであろうことを予測していた。何故なら攻防をしている際に、俺が攻撃を稀に仕掛けた時には必ず剣での迎撃を選択していたからだ。
ジュールの行動を推測するに、己の剣技に誇りを持っているため、あくまでも剣技で俺を圧倒するつもりなのだろう。
俺はその行動を逆手に取ることにしたのだ。ジュールの右腕に攻撃すると共に、ジュールの迎撃を左腕を犠牲にして受け止め、相手の腕を切断する。互いに一本ずつ腕がなくなれば『自己再生』が使える俺が優位に立てると考えた。
相手の攻撃を受けてからこちらが攻撃をするのは、痛みへの耐性の低さから不可能だと判断し、攻撃を繰り出してから防御に回るという行動を取ったのだ。
だが、俺のイメージ通りに事が運ぶ程、ジュールは甘くなかった。
俺の攻撃は確かに相手の右腕にダメージを与えることができたのだが、切断にまでは至らなかったのだ。それに対してジュールの攻撃は俺の左腕を見事に切断してみせる。
その結果、互いに間合いを一旦開けることになったのだった。
俺は『自己再生』を使い、腕の再生を行うがやはり大量の魔力を消費してしまうことになる。
そしてジュールの方はというと、切断にまでは至らなかったがそれなりに深い傷を負っている様子だ。右腕から多量の出血が見てとれた。
「私に傷を負わせるとは思いもしませんでした。まさか自らの腕を犠牲にすることを前提とした攻撃を仕掛けるとは……」
「本当はそちらの腕を切断するつもりだったんだけどね。流石にそこまでは無理だったみたいだ」
俺は先程腕を切断された痛みのせいで汗が吹き出てきていた。
やはり、文字通り身を削る攻撃をすることは辛いものがある。
受け身になって戦うことは危険だ。それならこちらから一方的に攻めるしかない。剣技では到底及ばないが速さだけなら負けてはいない。
そう考え、ジュールとの間合いを一気に詰め、速度重視で剣を繰り出し相手に攻撃をさせる隙を与えない。
だが、相手に攻撃をさせることは止められたが、それでも俺の攻撃が当たることもなかった。
やっぱこれじゃ無理か!
俺はこのまま攻撃を続けても意味はないことを悟り、再度間合いを開ける。
「その速度には驚かされました。しかし、所詮は速いだけ。その様な攻撃では私を倒すことはおろか、傷一つ与えることはできないでしょう。そして、そろそろ終わりにしようかと思います。本気で行かせていただきますよ」
まだ余力を残しているのか。こっちは結構一杯一杯なんだけどな。
ジュールはそう告げると、剣の構えを解いた。そして俺が瞬きをしたその瞬間、目の前から姿が消える。
危機感を覚えた俺はすぐさま『気配察知』を発動し、ジュールの位置を探るが、反応はない――
「後ろです」
突如背後から声が聞こえ、ジュールの反応を後方から感じ取り、身体を
「かはっ!」
俺は斬られた衝撃そのままに前へと転がり、追撃を防ぐことで精一杯だった。そして『自己再生』で傷を治す。
こいつ、自分まで転移させることができたのか……。もう『自己再生』を行うための魔力も底を尽きそうだ。後二回使用できるかどうかってところか。それにしても相手は腕に怪我を負っているはずなのに、まだあそこまでの攻撃を繰り出せるなんて。
「まだ回復することができるとは。ですが、それも無限に回復することができる訳ではないでしょう。このまま終わらせて差し上げます」
このままでは負けることが目に見えているな……。それなら一か八かの賭けに出るしかないか。それでも勝てなかったらフラムを召喚することにしよう。
俺は覚悟を決め、剣を構える。
そして最後の賭けに出ることにする。この賭けに勝つことができれば、次の攻撃で勝負が決するだろう。そして俺が何に賭けるかは既に決まっているのだ――
攻撃を仕掛けたのは俺からだった。速度にものを言わせた攻撃をするために間合いを詰める。するとジュールは俺が間合いを詰めきる前に目の前から消えた。
消えたのを確認した直後に『気配察知』を発動。すると、俺の真横から反応を察知する。
俺はジュールの反応を察知した瞬間、回避を選択せずにあえて身体の正面をさらけ出したのだった――
グサッという音と共に腹部から痛みと熱を感じる。
俺の腹部にはジュールの剣が突き刺さっていたのだ。
「これで終わりです」
その言葉を聞いた俺は痛みを堪えながらも、ニヤリとした表情を返事の代わりに見せる。
俺は賭けていたのだ。ジュールが転移をし、俺に深傷を与えてくれるということに。
そしてジュールの右腕を俺は弱々しい力で握りしめる。
「……いや、……俺の、……勝ちだ」
ジュールの負傷している右腕を握りしめた俺は『
直後にジュールの右腕から大量の血液が辺り一面に飛び散る。例え頸動脈を切ったとしても、ここまでの出血をすることなどありえないだろう。
そしてジュールの血液に触れたことにより『
それは『
大量の血液を失ったジュールは手から剣を放し、膝から崩れ落ちていく。俺自身も余りの痛みに倒れそうになるがなんとか踏み留まり、突き刺さっていた剣を腹部から抜き出し『自己再生』を行い、傷を治したのだった。
「ま……さか、わた……しが、負け……るな……ど」
今にも死に絶えそうになりながらもジュールは言葉を続ける。
「
その言葉を最後に残し、ジュールは霧となって消えていったのだった。
人であり、人ではないと言っていたが、まさか魔物同様に霧となって消えるとは思わなかった。ということは人の姿をした別の物のだったということか? それにしても今回は本気で負けるかと思った。あんな化物がこの世界にいたなんて……
ジュールが消えた場所を見ると、そこには魔石ではない謎の物体が転がっていた。それは拳ほどの大きさで、紫色に輝く水晶の様な物であった。
なんだこれ? 魔石じゃなさそうだけど、一応売れるかもしれないし、持って帰るか。
俺がその紫色に輝く水晶に触れようとした瞬間、水晶の輝きが徐々に失われていき、十秒も経つ頃にはただの透明な水晶となってしまった。
これじゃあただの少し大きなビー玉みたいなものじゃないか。それでもあれだけの強敵が落としたアイテムだ。物凄い価値があるかもしれない。
その水晶をアイテムボックスに入れ、部屋のどこかにあるであろう扉を探す。しかし、辺り一面を見渡してもそれらしきものはここへ入るために通った扉以外見つからなかった。
これどこから出ればいいんだ? 入口にある扉は開きそうにないし、壊して通るのもなぁ……。
俺はこのダンスホールの様な空間を何の宛もなく散策することにし、その途中に見つけた一枚の壁に飾られていた絵画に何故か目を奪われた。
その絵には夜の森にたった一人の少女が佇んでいて、月を見上げている様子が描かれている。
その絵画を一体どれ程の時間、眺めていたのだろうか。時間を忘れて見続けていると、突然胸から赤い光が輝き出した。
これはもしかしてラフィーラから渡されていたペンダントが光っているのか?
そのペンダントを服の内側から取り出すと、輝きが更に増して行き、目を閉じなければならないほどの輝きを放った―――
輝きが収まるのを感じて目を開くとそこは暗く、月明かりしか光源が存在しない深い森の中に俺はいつの間にか立っていた。
そして俺の視界には少女が一人、月を見上げている後ろ姿が映る。
その少女を見た瞬間、俺の心臓が高鳴っていく。心臓の高鳴りは治まることはなく、むしろ徐々に激しくなっていく。
何故か俺はその少女に声を掛けずにはいられなくなる。
「君は……」
余りの緊張で上手く言葉を続けることができない。しかし、この一言だけで少女は俺の存在に気が付き、こちらを振り向いた。
その少女の姿は銀色の長い髪に、赤い宝石の様に輝く瞳を持っており、儚げな雰囲気がある、この世のものとは思えないほど美しい十代半ばに見える少女だった。
しかし、その少女の体には多数の切り傷があり、着ていた純白のシンプルなドレスは所々血が滲んでいた。
俺は――
この少女を知っている。
見たことがある。
そして何度も夢の中で会っている。
俺は《夢見た君と異世界で》出会うことができたのだった――
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