第13話 世界の歴史
フィリアが自分の武勇伝を話し始めてから数十分が経過していた。
最初はフィリアの話に聞き入っていた紫音であったが、十分ほど経った頃にだんだんと飽きてしまっていた。
途中で食事が終わったので、そこでようやく終わりかと思いきやフィリアがキッチンらしき場所へと歩いていく。そして戻ってくると、何故かその手には煌びやかティーセットを持って再び席に座ると、そのまま優雅に食後のティータイムを始めてしまった。
念のため、その行動の意味を問いただしたところフィリアは「食事が済んだら普通、一息入れるために紅茶を飲むでしょ? 私、祖国にいた頃からそうしていたから習慣でね。…もちろん、紫音にも入れてあげるわ」と、無用な気遣いをされながら答えられた。
しかし、このティータイムで話題が変わるのかと思ったが、大きく予想は外れ、再び武勇伝が始まり、紫音は静かにため息を付いた。
それもそのはず、フィリアの話を聞くたびに内容が
(……この話、早く終わらないかな……。同じような展開の話ばかり聞き続けているからもう飽きてきてしまったな)
紫音自身、いい加減フィリアの武勇伝を聞くのにも苦痛を感じてきたため話題を変えようと試みる。
ただ話題を変えるのではなく、なるべく長続きしそうでかつ、紫音が知りたいことでないと、同じ
そのような意図を踏まえつつ、紫音はなにがいいかと頭の中で悩み抜いた末、一つのことを思いついた。さっそく話題を変えるべく、紫音は意を決して話に割り込んだ。
「な、なあ、フィリア。いったんその話は置いといて別のことをフィリアに聞きたいんだけど…」
「……えっ!? なによ? 人がせっかく気分よく話していたのに……まあいいわ。話してみなさい」
「……実は俺、フィリアの言っていた異種族狩りについてもっと詳しく教えてほしいんだ」
「異種族狩り……? まあ、いいわ。異種族狩りは私ためにとって無視できない問題だから教えてあげるわ。……ひとまず、それについて知りたいならにこの世界の歴史を知る必要があるわ」
異種族狩り――紫音がこの話題を切り出したのは単にそれについて知りたいだけでなく、共感を覚えたからである。
人々に虐げられ、自由を奪われる。そのさまが紫音に重なるところがあったため他人事ではないと感じたためである。
「大昔には多少のいざこざはあったけれど異種族狩りは行われていなかったそうよ。……でもね、そうした小さな争いを重ねていくうちに人間たちは気づいたのよ……自分たちが亜人種に劣っていることにね」
フィリアの言葉に紫音はまるで辛い真実を突きつけられているような気分になり、静かに息を呑んだ。
確かに、フィリアのような種族を見てしまうと、人間が勝てるような亜人種はおそらくいないと考えてしまう。他の種族は知らないが、少なくとも目の前にいるドラゴンに変身することができるフィリアに人間が勝てるはずもない。
「その時の人間は、このままでは自分たちが亜人種たちに滅ぼされるのではないかと考えるようになったわ」
「……なんだよそれ。随分と飛躍した考え方だな」
「私も紫音と同意見だわ。……おそらくだけど、その時はそれだけ切羽詰まっていた状況だったのでしょうね。その未来を防ぐために人間たちは亜人種たちへの対抗手段を模索したわ」
そこで話を一旦止めて紅茶を飲み、一息入れてから話を続けた。
「新たな装備の開発や魔法の研究に戦術など様々なことをしてきたわ。そうした年月が過ぎていくうちに今から三百年ほど前に人間と亜人種との世界中を巻き込んだ戦争が勃発したわ」
「戦争が……」
元の世界でも戦争はあったが、この世界では魔法や亜人種という存在がいるため紫音には想像もつかないような戦いが繰り広げられていたのだろう。
「その戦争は数十年に渡って続いたけど、人間たちが勝利したわ」
「に、人間がっ!? なんで? どう考えてもお前たちが勝つ戦いだろ」
「普通ならそうね。でもそんなに現実は甘くないのよ」
「……い、いったい人間たちはどうやって戦争に勝ったんだ?」
傍から見ると、亜人種側が勝てるはずなのに人間側が勝った。その事実に紫音は納得行かず、その勝利した理由について詳しく聞くためにフィリアの話に聞き入っていた。
「大きく分けると、二つかしら。まず一つめは数の多さよ。当時の世界人口は人族が半数以上を占めていたそうよ。だから複数人でパーティを組んで確実に亜人たちを撃破していたそうよ」
確かにそれなら亜人種に勝てる可能性はあるが、それだけではフィリアのような竜人族がいた場合、大人数でかかっても倒すことは難しいのではないかと紫音は考えた。
「二つ目はアーティファクトの存在よ」
「アーティファクト?」
紫音は聞き慣れない単語に怪訝そうに小首をかしげた。
「それは、大昔に魔法の研究の際に偶然できた魔道具のことよ。それ一つで一国を滅ぼせるほど強大な力が宿っていたわ。その魔道具のせいで一気に戦況は変わっていったわ」
「たしかにそれなら不利な戦況も覆すことができるかもしれないな。……亜人種側にはそのアーティファクトっていうのは持っていなかったのか?」
「残念ながら持っていなかったわ。そもそも亜人種側はアーティファクトなんて持っていなくても人族との力の差が歴然だったから余裕で勝てると、過信していたのよ。……でも結果は、アーティファクトの存在により私たち亜人種は戦争に負けたわ…………まあ原因はもう一つあるんだけどね」
(……ん? 最後なに言ったんだ? よく聞き取れなかったがまあいいか、それよりも、)
「それからお前ら亜人種はどうなったんだ…?」
本当は敗北した者とたちの末路など聞くだけ野暮かと思ったが、好奇心からか、おそるおそる聞いてしまった。
「戦争に勝ってから人族は他の種族を見下すようになったわ。亜人種を捕らえては奴隷にする、そんな日々が終戦を機に各地を勃発し、これが異種族狩りの始まりと教えられたわ」
魔法の技術や数は人族が上であったためその気になれば亜人種を捕らえることなんて造作もないことだろう。
結果的には戦争が異種族狩りを生み出すきっかけとなっている。なんとも皮肉なことだ。
「異種族狩りによって世界は変わっていったわ。亜人種は奴隷として売買され、虐げられ、人体実験の道具とされたり、種族によっては体の一部が魔法薬や武器などの素材として使われることがあるからそういった目的で捕らえられる種族もいるわ」
「なんだよそれ……人間っていうのはどこの世界でもクソだな……」
紫音はふと、前の世界で受けた人間たちによる仕打ちを思い出し、吐き気を催す。
「へえ、あなたはこっちの味方をしてくれるのね」
「味方……か。俺も向こうでは、お前らみたいに他の奴らに虐げられ、暴力を振るわれたりしたから他人事ではないと感じたのかな」
「紫音もそんな目にあったのね……だったら紫音なら……」
「ん、なんだ?」
「いいえ、なんでもないわ。また今度にするわ」
フィリアはなにかを言いかけたように見えたが、目をそらし、強引に誤魔化された。
「さて、そろそろこの話も終わりにしてもう寝ましょう」
「……ああ。」
外を見ると、すっかり夜になっていた。
言いかけた内容について気になっていたが、『また今度』というフィリアの言葉を信じて今は聞かないでおくとする。
その後、フィリアに案内されるまま二階にある空き部屋を提供される。
「ここを自由に使っていいわ。あるのはベッドと机に椅子だけで簡素だけど問題ないわよね」
「充分だ。いつも床で寝ていたからベッドがあるだけで最高だよ」
「……あんた今までどんな生活送っていたのよ」
フィリアは呆れたように苦笑いを浮かべていた。
「そうだわ、紫音」
「ん? なんだ?」
「紫音に適性があるかどうかわからないけど明日はあなたに魔法を教えてあげるわ。……ああ、心配いらないわよ。この私が教えるんですもの。適性さえあればあっという間に魔法が使えるようになるから楽しみにしておきなさい?」
そう言い、フィリアはポンとない胸に手を当ててなんの根拠もない自信を持ちながら紫音に宣言した。
「そ、そうか。……楽しみにしているよ」
もちろん紫音自身、自分がいきなり魔法を使えるわけがないと思ったが、ここはフィリアの顔を立てるように返事をした。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう言いながらフィリアは自室へと去っていった。紫音はすぐさまふかふかのベッドに横たわり、今日一日のことを思い出していた。
本当なら今日で人生の終わるはずだったのになんの因果か異世界に辿り着き、ドラゴンに遭遇して戦闘になり、不思議な能力に目覚め、この世界で第二の人生を送ることとなった。
これだけでもなんとも濃い一日だったと振り返ってみて感慨深いものである。
(それにしてもこの部屋…)
ふと紫音は、この部屋を見渡して疑問に思ったことがある。
このふかふかのベッドに枕や窓ガラス、さっきの食事のときに出ていた食器にしていてもそうだが、これは明らかにこの森では手に入らないようなものばかりである。
この家自体は、ディアナという森妖精が建てたと言っていたが、これらもその人が作ったのだろうか。
そういった疑問を抱えながらも明日、フィリアに聞けばいいかと自分に言い聞かせ、目を瞑る。
今日一日、いろいろな目にあったため興奮で眠れないと思ったが、目を瞑った瞬間、巨大な睡魔に襲われ、紫音はいつのまにか泥のように眠っていた。
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