第48話 本当にありふれた、けれど隠された話
よくある話だ。
本当に、ありふれた話でしかない。
そう前置きをしたゼーレは、ポケットから取り出したケースの中、薄い青色のタブレットを一つ口に入れ、飲み込んだ。
「産まれはどこか知らないが、物心ついた頃には孤児院にいた。何歳までそこにいたかも、よく覚えてねえな。……そういえば、日本にもあるのか?」
「あると思うけど、身近じゃないかな」
「なら想像でいい。孤児なんてのはよくいるんだが、孤児院ってのはどうやって金を得ている?」
「……国とかじゃなくて」
「補助金くらいは出てるんだろうが、俺の知ってる孤児院は孤児を売って稼いでいた。身元不明の孤児ってのは、たぶん、そういうのが向いてるんだろう」
「ゼーレはその一人だった」
「まあな。で、買い取りをするのはうち――俺がいた施設みたいに、子供を育成して売るような商売をしてる連中だ。あくまでも俺の場合で、ほかは知らん。簡単に言えば、子供一人につき、百万で買う。それに一千万かけて育成し、一億で売る」
「――そんなにお金がかかるの?」
「俺が知る限りだと、そのくらいだったな」
「室長は詳しいの?」
「仕方ない、あまりにも知識不足だから
「むう……」
「ではこう考えろ。一人を売れば六人を孤児院で育てられる」
「
「はは、最初の一人だけは、そうだろうな。どうせ二人目からは良心なんかなくなる。三人目からは恒例だ、当たり前になっちまう――それが、孤児院の常識になるわけだ」
「だろうな。だが美里、全てがそうではない。特に日本ではな」
「まあうん、調べとく……」
「物好きだな、あんた」
「しかし――お主の言うよう、よくある話だ。ベルが動いた理由に心当たりは?」
「それは仕事の話だろう? 俺にはよくわからねえよ」
「育成内容は?」
「洗脳が最初だ。それから最低限の戦闘技術、知識、それが終わったら身体の
「それ、ゼーレも?」
「途中まで、だがな。俺はそもそも、洗脳のかかりが甘くて、一通りは受けたが、ほかの商品とは違っていた。逆に言えば中途半端だったから、助かったんだろうな」
定期的に飲んでいるタブレットも、医師の説明によれば、薬による身体増幅を段階的に落ち着かせるものらしい。依存度も高いのでその治療と、増幅によって壊れかけの躰を復元する作用もあるそうだ。
「ふうむ……未認可の子供兵器育成所など、いくらでもあるし、買い手もつく。いちいち潰していてもきりがない。特定の育成所を潰せ、という話ならば、ほかの組織が抱え込んでいる育成所は放置、となるとベルが引き受けるとは思えん」
「あー、やっぱり抱え込むとかあるんだ」
「当然だろう? 敵対組織の弱体化が依頼の目的にもなりうる。ただしその場合、
「ちなみに、俺以外の商品は〝保護〟されたらしい」
「安易に殺すこともできん――か、あるいはベルがやる必要はなかった。依頼ではないのかもしれんな。お主は商品を見たか?」
「何人か」
「使い捨てだろう?」
「そうだ」
「では」
本を閉じて、そこでようやく室長はこちらを見た。
「商品にばらつきはあったか?」
「そうだな、あったんだろう。男女関係なく、あるいは、あんたみたいな尻尾持ちもいた」
「……」
ほとんど表情を変えなかった室長も、さすがにその言葉で嫌そうな顔を見せた。
竜族は、人型になっても尻尾を持つ。普段は術式で隠しているが、子供のうちは隠し通せるものでもない。それは猫族の尻尾や頭の上の耳と同様だろう。
そして、種族が違えば、特徴も変わってくる。
竜族は身体能力は人間よりやや上で、再生力が高く、そして魔力容量が大きい。
「随分と高価な商品だろうな……」
「そうでもねえよ。どうであれ、十分から十五分で終わりだ」
「――それだ」
大きく、吐息が落ちた。
「
「う、うん……やめとく」
「子供兵器にも、運用方法がいろいろあるように、性質もさまざまだ。ああ勘違いするな、この場合は――たとえば中東などにおける洗脳教育とは、違う。あれは宗教観念を前提にして、敵と味方を区切り、戦闘そのものを美化した上で、殺しなど、後戻りができない現実を突きつけることで、常識を埋め込むことにあるからな」
「へえ……随分と甘い、と感じるが、正攻法ではあるのか」
「LD、つまり
「ああうん、兵器って言ってるし。ただ嫌な予感はしてる」
「現実の話だ」
「わかってる」
「洗脳、身体増幅の薬投与、最低限の知識と戦闘能力。最長戦闘時間、十五分。購入者の一言で戦闘を開始し、LDは十五分で――死ぬ」
「……え?」
「使い捨ての商品だ、役目を終えたら捨てられる。俺としても、それが常識だったんだがな……」
「それ自殺?」
「いや、違う。戦闘に躰が耐え切れないからだ」
「技術を売ってる部分もあるだろうな。やりすぎれば壊れる、中途半端では商品にならない――まったく、面倒な話だ。お主はどこで見切られた?」
「洗脳の段階だな。厳密には、洗脳がどの程度かかったか見る、殺しの仕事で、俺だけ表情が嫌そうだったらしい。まあ事実、嫌だったからな。ベルに言わせれば、嫌でも仕方がないと、殺しができたからこそ、洗脳にはかかりにくかったらしい」
「――殺したの、ゼーレ」
「俺にはそれしかできねえよ。やりたくなくてもな……だから、まあ、今の生活は悪くない。二度とやりたくねえからな」
「それでいい」
「うん、そうして」
「まあ、そんなところだ。詰まらん話で悪かったな」
「どっちかっていうと、ゼーレが常識を知らない理由がよくわかったかな」
それについては否定できないなと、ゼーレは壁に背中を預けながら苦笑する。
「あんたは、電子戦の専門学科じゃないんだな?」
「私? うんそう、一応は隠してる。室長は知ってるけどね」
「隠す必要があるのか」
「頼られても困るからね」
「なるほど、確かに殺しの依頼をされても俺は困るか……」
「比較が違ってるけど、まあ、外れじゃないから否定できないかなあ」
「そもそも美里の場合、今まですべてを独学でやってきた。今更、誰かに教わっても手間が増えるだけだ」
「うるさいなあ、もう本読んでなよ室長。どうせひねくれてますよーだ」
「――お主は、殺しの技術を役立てようと思わんのか?」
「それが何の役に立つのかさえ知らないのが、今の俺だ。警戒も癖になってるし、状況には馴染めていない」
「そうか」
「あー、一応、馴染もうとはしてるんだ?」
「最低限、生活ができるくらいにはな。この国が良いところなのはわかってる」
「そう」
「だが、わかねえことの方が多い。だいたいなんだ、あの家にある部屋の数は。何に必要なんだ?」
「家って」
「一人暮らしだ。金は親父が払ってるらしい。よくわからんが、四つも五つも部屋がある。生活には、そんなに必要か?」
「あー……うん、ちょっと怖くなってきたけどゼーレ、使ってる部屋はないの?」
「そこまで常識知らずじゃないぜ? 台所が料理をする場所なのも知ってるし、便所の掃除だってできる。風呂も使う」
「家に帰ってから、何をしてるの?」
「食事がある日か?」
「ちょっと、待って」
さすがの
「……食事の頻度は?」
「朝と昼と夜の三回だろう?」
「そう」
「朝は学園へ来る際に、適当に食べる。昼は場合によりけりだが、夜は二日に一度だな。水分は取っているし、薬は食事も関係ない」
「一日三食は基本なのよ!?」
「そんなことは教わってない」
「だから痩せてんのよ……で、食べ終えてからは?」
「最近は本を読む時間だ」
「どこで?」
「どこ? ……空いてる場所で?」
「ソファとかテーブルとか」
「欲しいと思ったことがない」
「嫌な予感がもっとしてきた。ベッドもないでしょ」
「ベッド?」
「布団とか」
「……? 何に使うものだ?」
「寝る時に使うんだよ!?」
「はは、冗談だ、知ってる。――うちにはないが」
「ないじゃん!」
「必要だと思ったことないからな。バスタブの中で充分だ」
「頭が痛くなってきた……それ、最低限の生活じゃないからね」
「ああ、そう。面倒なもんだな」
「――わかった。私がなんとかする」
「そりゃ助かる。なんなら今からくるか?」
「あー」
問われ、真面目な表情だったし、性格的に下心もなさそうだが、しかし。
しかしだ。
忘れてはいけない、美里はテニスを終えたばかりで、シャワーこそ浴びたが、その、なんだ、ええと、つまり。
「それはまた今度にしとく」
「そうか。ならそうしてくれ……本当によくわからん」
こうした流れで、何故か美里が世話係になる。
苦労の時間のハジマリだ。
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