第40話 ランクSと狩人未満

 その日、馴染みの酒場に顔を見せれば、足の踏み場もないような状態だった。

 特に驚きはない。

 床に転がった軍人や狩人ハンターの数を指折るほどでもなく、カウンターに座ってノート型端末を開いていた少年が、こちらを見て、おうと片手を上げる。

「来たか、ジニー。軽く挑発したら乗ってきたんで、ちょっと遊んでたぜ。骨折もないだろ、笑い話だ」

「そりゃいい」

 喧嘩なんてよくあることだ。そして、喧嘩とはルールに基づいて行うもので、血が出ることはあっても、顔の形が変わるくらいなものだ、死にはしない。

 ひょいひょいと避けてカウンターに向かったジニーは、酒を頼む。

「で、お前は同業者か?」

「まだ認定証ライセンスはねえけどな。本当なら仕事を終えてからのんびりと――なんて思ってたんだが、足取りが簡単に掴めたから待ってたわけ」

「へえ」

「エイジェイでいいぜ。仲間内じゃ、不本意な呼ばれ方をするから、せめて外にいる時くらい、その呼称で通したいもんだ」

「仲間ねえ。――日本の育成施設か、錠戒じょうかいを隠れ蓑にしてた」

「……知ってるとなると、あんたも、東京事変に関してはか?」

「連中と一緒にするな。ただ、現場を見たのは確かだし、何をしたかも知ってる」

「なら言わねえでくれ、種明かしをされると理解に欠損が出る」

 面白い考え方だなと、開いているディスプレイを一瞥して、酒を受け取った。

「ん? 米軍情報網、衛星監視システムの俯瞰図か?」

「よくわかるな」

「そりゃな。戦闘だけじゃなく、やっぱそっちもできるわけか。俺の仕事なんか、すぐになくなりそうだなこりゃ」

「喜べよジニー。ただ俺らは、ほかの狩人の底上げなんてクソッタレなことを、いちいち考えたりはしねえから」

「それでいいさ」

「――っと、始まったか」

「ん……」

 ディスプレイの一部が点滅し、いくつかのコマンドを打ち込めば、一気にプログラム群が列をなして表示された。

黒い円柱ブラックコラムを使ってるな?」

「運び屋の真似事だと、ぼやいてたぜ。探りを入れる前に俺から教えておく――あ、ちょい待て」

 画面に赤色が混じり始める。文字列のスクロール速度も上がった。

「見逃すなよ? あいつの常套手段だ」

「罠か」

「つーよりも、言い訳だな。まずは当たり前の対応をしておいて、そいつを突破すると、そいつは警告だと言わんばかりの猛攻が始まる――来た」

 一気に赤色化して、視覚効果を和らげるために黒文字へ変わるが、全ての内容を目で追えはしない。だが、ところどころにある必要な文字列だけを拾い上げれば、どんなプログラムかは理解できる。

遠隔熱暴走型爆破ライトニングボムが混ざってるあたり、やる気あるじゃねえか、あいつ」

「攻撃一辺倒だな、情報の抜き出しがない」

「あいつに言わせれば、これもまた、警告のつもりなんだろ。米軍情報部もクソッタレな対応だな、錬度が低すぎる。椅子の座り心地は良いんだろうな。――ああ、こりゃサーバを捨てたぜ」

「お、こりゃ米軍情報部のやり方を知ってるな? 情報を抜く必要もねえってか」

「単純なんだよ、あいつら。進歩するにも、経費がいる連中なんか、ザルだろ」

 追加のビールを要求して、彼は煙草に火を点けた。

「ジィズ・クラインの輸送だ。到着は日本の鈴ノ宮すずのみや

「新しい方の鈴ノ宮か。――ああ? 馬鹿じゃねえの? なんで中継の空港に戦闘機を用意してるんだよ」

「ハッピーなアトラクションだなあ。あんたは、日本の事情にも詳しいのか」

「多少はな。特に野雨のざめは、どうしたって無視できねえ。昔から、いろいろとな」

 ぱたんとノート型端末が閉じられ、ジニーも煙草に手を伸ばす。

「電子戦の爵位は?」

「俺らはまだ、表立って動けるような身分証明を持ってねえよ。お陰で仕事も、横流しを引き受けはするが、施設に戻る時間は充分にある。その間に何をするかが問題だ」

「エイジェイ、ね」

「おう。本人は覚えているかどうか知らないが、エミリオンと遭遇して、それから別のヤツに、施設へ誘われた。ジィズを輸送してんのは、ベルだ」

「マーデから、それなりには聞いてる」

「そうか、あいつはもう狩人認定証ライセンスを取ったっけな」

「それ以前からも、ちょいちょいな。どういうわけか、俺なんかと縁を合わせたがる」

「あんたが作ったんだろ、ハンターズシステムを」

「まあ、そう言われちゃいるが……」

「いずれ、どういう理由で俺たちがいるのか、そこらは探るつもりだ。んなことより、本題があってさ」

「本題? ――おう」

 ちらほらと、意識を取り戻して立ち上がる連中もいたので、軽く手を振っておく。ジニーの客だとわかれば、納得も落ちるだろう。

「さすがに横流しの仕事ともなると、ランクCがせいぜいだ。そこでジニー、他の連中はともかく、俺には一度、ランクAくらいの仕事を流してくれ」

「俺が? お前に?」

「できるだろ、ランクS」

「そろそろ、ランクSSへの話も、抑えつけが難しくなるんだけどな……」

 最上級ランクとなるSSになれば、もはや単独での行動は不可能に限りなく近い。仕事をするのにも、最低三国家の首相承認が必要になる。


 ――強すぎるから。

 危険すぎるから。

 そういう指定になるのだ。


「封じ込めとしちゃ、それが一番だろうけど、あんたはきっと過大評価だと思ってんじゃねえのか」

「目の前のできることを、ただやった結果だからな」

「凡人はそのくらいがせいぜいだ。少なくとも俺やベルは、それをよくわかってる」

「――なんだ、ほかの連中は魔法師か」

「まあな」

「魔法師は増え続ける、か。クソッタレな話だ」

「あ?」

「気にするな、いずれわかる。しかしランクAの仕事がお前にできるのか?」

「できねえなら、受ける前に、ごめんなさいと言うけどな」

「へえ?」

「まだ横の繋がりが薄くてなあ、誰かに任せることも難しいわけだ。そこらへんも課題にしてる。――同業者以外もな」

 よくよく、育成されているものだと、ジニーは感心した。

 かつて失敗し、経験し、必要と不必要をふるいで落として別けたら、どちらも必要になる現実を知って――そうやって積み重ねたものを、エイジェイは既に知っている。

 先行者利益があるように。

 後発にも、利点はあわけだ。

「あ? なんだよ?」

「いや……確か四人だったか、多少は荒れそうだなと思って。次の認定試験だろ? 暇がありゃ会場に足を運んでやるよ」

「あんたの構想としては、俺らみたいなのが出るのは、予定外か?」

「仕事が減れば引退の言い訳もできそうだろ」

「言ってろ」

「実際、俺は満足してる」

「上手く稼働してるからか?」

「それは副産物だな。俺はただ、退屈な生き方をしたくなかっただけだ」

「原動力になりうる理由だな?」

「俺もまだガキだったんだよ。だったら、お前らはどうなんだ?」

「理由はそれぞれあるんだろうが、俺は――ま、成り行きなんだろうな。最初の頃は、エミリオンの刃物ってやつに、どうしようもねえ興味があった」

「見たのか」

「番号もない、適当に作った刃物を渡されて、使った。相手が誰かもわかんねえし、動じてなかったから攻撃を仕掛けりゃ、ナイフが勝手に壊れやがる。安全装置が入っているのかと思えば、――作り手に逆らう刃物はない、と言われた」

「野郎が言いそうなことだ。俺はあいつがガキの頃から知ってるから、今の落ち着きようはちょっと異常とも思えるが……作り手として、魔術師として、腕は確かだ。最近、顔を見せるようになってきた音頤おとがい機関は知ってるか?」

「面倒な商品も扱ってる店舗だろ? 作り手の専門が横の繋がりを作ったみてえな、組織か。まだ店舗探しはしてないが、あるのは知ってる。まだ本当に最近だろ、あれは」

「エミリオンが作ったようなもんだぞ、あれ。本人は構想だけして、あとは狩人ハンターが勝手に使えってな。あとは武術家もか」

「……よくわかんねえ人だな」

「今は、どうなんだ?」

「今? んー、どうだろ。逢ってみたいとは思うが、思うだけで終わりそうな気もするな。それに気付けば、もう生活になっちまってる。俺は狩人だ、それでいい」

「なるほどね。まあ、まだこれからってところだろ」

「おう。ちなみに、今の俺とあんたがやり合ったら、どっちが生き残る?」

「俺だな」

「即答かよ……」

「そりゃそうだろ。まあストレートにランクAくらいまでは行くんだろうが、そこからは選択だな」

「選択?」

「正直に言って、BからAになるかどうかも、まあ仕方ねえかって感じだ。実力の証明と同時に、そいつは仕事の制限にもなる。年齢次第――まあいっかと思えば、Aになって、そっから先はどうかな」

「あんたはランクSで、SSになるんだろ」

「否応なくな。実際に生活するだけなら、ランクBでも充分過ぎる。できることが増えるようで、も増えるんだよなあ……」

「――ああ、やっちゃいけないこと、か」

「どんな理由であれ、低ランクの仕事とかな」

「現場で土木作業してたやつが、現場の改善をしてたらいつの間にか、偉そうな椅子に座って尻を磨くようになっちまった――ってのと、似たようなもんか」

「まさにそれだな」

「やれやれだ、先のことはまた後で考えるか。施設に客人として来て居候してるクソ爺にも、こっちに来る前にやられたところだし」

「言う割に、悔しがってねえな?」

「特殊な手合いでな。言い訳じゃないが、ありゃ戦闘じゃねえ」

「――」

 戦闘じゃないのに、やられたと思う。

 その上で、相手が老人で、悔しがる気も起きないのなら、それは。

「まさか、キツネさんがいるのか……?」

「なんだ、その通りだけど、驚くようなことか?」

「馬鹿、お前、見つけようとしても捕まらないくせに、どうでもいい時に顔を見せては遊んでくれた相手だぜ。俺やあきらは、よく遊んでもらった……」

「学ぶべきことは多いと思ってはいるが、あのご老体、そんな昔からかよ。だったら、攻略法はいらねえけど、分析は聞かせてくれ。よくわかんねえうちに打撃貰ってるし、こっちの攻撃が当たりもしねえ。こっちは馴染んだ刃物使ってんのに――ありゃ無手でも、同じような結果だろ」

「間合いが近ければ近いほど、楽なのは確かだ。そもそもキツネさんのあれは、戦闘じゃねえ」

「戦闘じゃない?」

「目の前で両手を叩いて、相手が驚いたら、ばーかばーかと言いながら笑うのを、戦闘とは呼ばないだろ。キツネさんがやってんのは、程度が違うとはいえ、そういうことだ」

「……相手を驚かして、騙して?」

「面倒になったらそのまま逃げる」

「あー……方法を考えておく。厄介だなそりゃ」

「しばらくいるなら、遊んでもらえよ。あの人は年齢を重ねるごとに、どういうわけか厄介になってくんだよなあ」

「おう、仕事中にいろいろ考えて、帰ったらやっていみるさ。つーわけで、依頼の話をお前も考えておいてくれ」

「しばらく日本そっちには近づきたくねえから、そのうちな」

「なんかあるのか?」

「お前らがいるってだけで、理由になるんだよ」

 ただ、予感はある。

 言葉にはできないその感覚は、トラブルというよりむしろ、手が届かない何かを目の前で見せられたような虚脱感にも近くて。

 また野雨のざめかと、ジニーは吐息を落とすだろう。

 彼らは。

 こいつらは。

 果たして、に、どう対応するのだろうか。



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