第29話 彼女から貰った戦闘技能、……?

 その日の雨天うてんあきらは珍しく、袴装束ではなかった。

「よう、公人きみひと

「おう……なんだ、宗旨しゅうしでも変えたのか」

「いろいろ思うところがあってな。ま、どうせ俺は雨天だ、そいつは変わらねェ。ジジイにも勝ったし、好きにする。息子も預けてある」

「とやかくは言わない、そういう間柄でもないしな」

「お前も良いところに住んでるじゃねェか。エルムとそっちの侍女は観戦か?」

「場を整えさせる」

「ふうん……まァ邪魔にならなきゃそれでいいか。それはそうと、刀をちょっと作ろうと思ってる。知恵を貸せ」

「ああ、そのくらいなら構わない」

「じゃあやるか……と、言いたいところだが公人、お前こそどういうつもりだ?」

に、刃物を使った戦闘技能は貰ったんだが、俺自身に馴染ませるのには時間を要した。その上、じゃあ俺から取り除こうとすると、、その境界線を見極める必要がある。そして都合が良いことに、遊べる相手がいたってわけだ」

「それで俺か。……ま、いいけどなァ」

 頭を掻いた動きから、腰の横に差してあったおうぎを引き抜く。

 それは間違いなく、扇だ。扇子せんすと呼んでもいいくらいのものだが、開けばやや大きく、神事などで扱われるものに近い。

 鉄の芯が入っているわけでもなく、紙と木で作られたものだ。

 お互いの距離は六メートルほどで、公人は軽く右手を前に出そうとして、ふいにそれを止めて。

「なあ彬」

「あ?」

「……お前死なないよな?」

「お、おう? お前が今から何をしようとしてるのか、ちょっと心配にはなったぜ?」

「危なくなったら中断してくれ。俺もそのつもりでいる」

「わかった、わかった……」

「エルム」

「うん、じゃあアクア、巻き込まれるけど」

「はい若様」

 術式が庭を含めた屋敷全域に展開されたのを確認してから、改めて、左右の手に刃物を作った。

 右手には、卒塔婆そとばのような赤色の剣。

 左手には、刀に似た青色の剣。

 ついでに正面の彬は、嫌そうな顔。

 見るからに力を溜め込んでいる赤色に、今も空気を斬り続ける青色を前に、嬉しそうな顔をしろというのが間違いだ。


 踏み込みからの斬戟を、彬の目から見たのならば、二流だ。左右、それぞれ違うタイプの剣なので対応を変えなくてはならないが、縦の青は大地を切断し、横の赤は途中で止まって空気を爆発させたような威力を作るけれど、回避は容易い。

 一撃を喰らう時間で、彬なら三度は殺せるくらいの余裕があった。

 ただ、それは武術家の視点であり、しかも雨天という武術家の筆頭、その継承者の権利さえ得た彬の見解だ。一般の技術レベルで言えば、

 腕力ではなく全身、前進ではなく踏み込み、前進の基点は腰。

 つまり、基礎ができている。

 視線で刀身を追いながら、気配ではなく実際の動きを目にしながら、それでも回避を続けて二分、公人きみひとが改めて距離を取った。

「準備運動は終わりか?」

「ああ。まったく、お前らみたいに躰を温めなくても戦闘ができる連中はいいな?」

「言ってろ」

 両手の剣が消え、吐息。

「――エルム、大丈夫そうか?」

「今のところはね。そして、これからもなんとかするよ」

「じゃ、性能試験を始めるか。――死ぬなよ、あきら

 軽く手を合わせて音を立てれば、表情から感情を消した彬は腰を僅かに落とした。庭の全域に広がった公人の支配領域ドメインに気付いたからだ。

「さて、何本あったか……」

 いちいち数えるのも面倒だと、左足を半歩だけ前へ。


 初めて見た。

 父親が術陣を使わずに刃物を作ったのを。


 十二本の形状が違う剣が空から降ってきて、地面に突き刺さる。

 ――瞬間的に彬は身を捻っていた。


 右足を軸に、左足で叩くようなリズムで位置を変える。

 扇術せんじゅつとは、そもそも受けを主体とした武術であり、回避は当然のこと、受け流しを中心とし、足さばきが重要となる武術だ。その基礎は、いわゆる舞踊ぶようにある。

 つまり、舞って踊る。

 地面や空間から出現した十二本の刃物の間を縫うよう、時には扇で方向を変え、隙間を作り、避け続ける。

 それこそ、本当に舞いのよう。

 優雅さに隠れた精密さ――それを、公人は壊しにかかる。

 二十四本を終えてからは、落ちて来た刃物を公人が投擲するものも混ざり始めた。


 ついには。

 受け流しから踏み込み、彬も攻めを見せ始めた。

 対応ができなくなってきたからだ。


 そもそも、公人が作っている刃物は全て、特性が違う。最初はわかりやすく、破壊の力と切断の力だったが、今は細かく変えてある。共通しているのは、どれも良く斬れる、それだけだろう。

 壊れないのは、わかっている。

 厳密には、特定条件で数十回の打撃を行えば壊れるものもあるが、この状況では条件を満たすのが難しく、労力を考えれば壊れないと思っておいた方が良い。

 だから、攻撃の意図を示し、それを防がせることで、流れを作ってやる。

 この流れが、戦闘においては重要だ。つまりそれは、戦術でもあるから――だが、流れを作っているのが公人なのか彬なのか、わからなくなるくらいには、上手い。


 壊してくれないと性能試験にならないんだがなあと、公人は首を傾げる。

 ゆえに、右手を軽く上げた動作で全ての剣を消すと、三メートルはある巨大な剣を創造した。

 切っ先は地面に埋まっているが、刃は前後、つまり片側だけは彬の方を向いていて。


 激震、強い踏み込みと共に扇を持っていない側の肩、肘と突き出され、轟音が発生した。


「ちょっ、ちょっと待った父さんストップ! やめてくれ!」


 大剣に左手を触れた公人きみひとが、吐息。視線をあきらに向けてから、エルムとアクアを見て。

「性能試験を終えて、真面目に戦闘をしてやろうって時に、どうしたエルム。便所か?」

「そうじゃないよ、というか父さん、――どう考えても屋敷の庭でやることじゃないからね!?」

「……あ?」

「空間は保たれても屋敷が壊れるから、これ以上は駄目だ。というかそんな刃物を作る父さんがどうかしてるよ!」

「この程度で何を言ってるんだ、お前は。まあいい、おい彬、場所と機会を変えろと言われたんだが」

「おゥ、そうするか」

 承諾を得られたので、大きすぎる剣を消した。

「壁か」

「こういう主体があった方が戦いやすいからな。攻防含めだ――アクア、ご苦労。少し休んでいていいぞ」

「はい旦那様、ありがとうございます」

「エルム」

「同時進行で調整は入れたよ。さて彬、僕から聞きたいことがある」

「ああ、そう言ってたな」

「シン・チェンという槍の使い手を知ってるだろう? 現在地を知りたいんだ」

「槍の旦那か。何故、とは聞かない方がいいか?」

「聞いてもいいけれど、その場合は、僕が軍部に手を広げる手伝いをすることが確定するね。いや、どっちにしても決めてはいるんだけど」

「軍人の真似でもしろってか?」

「今すぐじゃないよ? でも、真似くらいが丁度良いと思うね。その件はまた連絡するけれど、いろんな理由で住人を増やそうって話だ。シンがおそらく、僕やウェルと同じ人種だってくらいは説明した方がいいかな?」

「……なるほどな」

「ついでに」

「まだあるのか」

「父さんとの戦闘を、シンにも見学させようかなと思ってる。二人の承諾を得た上でね」

「俺は構わない。隠すことはないからな……」

「父さんはもうちょっと隠そうね」

「俺は一度やり合ってるから、気にすることもないが、それこそ理由はなんだ」

「説得力があるだろう? 現実に見て、それなりに防衛能力があることを示しておけば、安心も得られそうだ」

「そういう手合いじゃねえよ」

「なら父さんの相手をしてもらおう」

「……エルム、いつの間にそんな性格が悪くなったんだ?」

「僕は性格が悪くないし、もしそうなら父さんが理由を知ってるはずだ」

「おい公人」

「俺は知らんし、きっと性格は悪くない」

「お前らは……」

 似た者同士だ。いや、子は親に似るというやつか。

「あいつならたぶん、まだドイツにいるはずだ。居場所は転転てんてんとしてるが、最近は人里から離れて暮らしてる。馴染みの情報屋に打診しろ」

「うん、それは知ってるから、彬の名前を使っても良いかどうか、許可が欲しくてね」

「知ってるのかよ」

「まあ僕が考えたことだから、調べるよ」

「さようで。構わないから好きにしろ」

「うん。――それで? 刀を作りたいって話だけど、構想は?」

「いくつか魔術の知識を仕入れて、ぼんやりと」

「素材集めなら、音頤おとがい機関を使うといい。父さんが作った流通システムだけど、最近は稼働を始めてね」

「ああ、ジニーがいろいろ人材を探したとか言ってたな」

「父さんは仕組みを提供しただけだからね。世間的には父さんが作ったみたいになってるけど――父さん?」

「ん?」

「何してるのかな」

「さっき作った刃物の改良とアーカイブ化」

「あ、そう。ええと……彬、なんの話だっけ」

「話はだいたい終わったろ。しばらくはそこらにいるが、ドイツへ飛ぶなら先に連絡を寄越せ。また日本に戻るかもしれねえし」

「助かるよ」

「ん。再戦までに俺も準備をしておく。楽しみにしとけよ、公人。……おい、公人?」

「なんだ?」

「聞いてろよ」

「聞いてる。俺は面倒で仕方がない」

 相変わらずマイペースな野郎だと、彬は苦笑した。

 じゃあなと、背を向ける。

 本当にこちらの事情に対しては踏み込まない。きっとそれは興味がないのかもしれないが。

 彬にとっては、それほどありがたい話はない。

 現実から目を反らしてどうすると、迂遠うえんに突きつけられているような気もするが。



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