第24話 完全なる人形師
仮組みにおおよそ一ヶ月、宝石を片手に
定期的に戻っているとはいえ、開発課に足を向けるのは久しぶりだ。
外出用のスーツにコートという服装で正面から入れば、さして内装も変わらず、受付へ。
「いらっしゃい。
「話が早くて助かるが、よく覚えてるな」
「子供の頃からじゃないの」
「ずっと受付をやってりゃ、尻もデカくなって旦那もさぞ喜んだだろうな」
「もう、この子は……」
「
「ああ、旦那さんの方か。いるよ、二階四号室」
「いつ結婚した?」
「まだしてないみたいね」
「仲が良いから大変だろ」
「後片付けは仕事じゃないもの」
それもそうかと、社員用のエレベータへ向かい、二階の四号室へ。挨拶もなく中に入れば、そう年齢の変わらない男が木を手彫りして人形を作成していた。
日本名は宗井だが、本来はネイキーディラン。
こう言ってはおかしいかもしれないが、この若さで、世界に唯一の
「珍しいな、お前が素体じゃない人形を作ってるとは」
「面倒なことに生きるためには金が必要になる」
これ以上なく面倒くさそうに、倦怠感たっぷりの声色を、少し懐かしくも思う。
「どういうわけか趣味が高じて仕事にして、金なんて飯を食うだけのものだと勘違いしている油臭い女もいるが、世の中はそんなに甘くはないと教えるのも年長者の務めじゃないのか、そんなことを小一時間も考えるくらいなら、ため息を落としてその時間に作業をした方がマシだ」
「あ、そう。どんな名前で売っているんだ?」
聞けば、公人も聞いたことのある高級人形だ。ゴスロリを着ていることで有名で、おおよそ30センチほどのサイズが主流になっている。
一体でウン千万円の値段だった記憶もある。
「言っておくが、これは道具の調整だ。木彫りはしない、きちんと素材はほかにある――が」
彫刻刀のような道具は二十個以上並んでおり、それを置いた彼は吐息を一つ、こちらに顔を向けて眼鏡をズラした。
「エミリオンか」
「久しぶりだな、ネイク」
「またどうせ面倒なことを言いだすんだろう、先に用件を教えてくれ」
「へえ? 俺は面倒を言ったか?」
「
「ああ」
彼女の
「人形素体を三人分くれ」
「何に使う」
「俺の屋敷の掃除やら料理やら、まあ管理だな」
「ほう」
次の道具に手を伸ばしかけたネイクはそれを止めて、眼鏡も外した。
「というか、パイプ椅子とパイプテーブルはどうなんだ?」
「どう? 使えれば何だって同じだ、問題視したことはない」
「研究もなしか?」
「俺はほとんどしないな。そもそも人形師の技術は、先代が完成させていた。ガキの頃は苦労したもんだが、先代はこう言ったわけだ――完成品がここにある。あとはお前が引き継ぐだけ。改良しなくていいなら楽だ。……俺は思ったね、なるほどその通りだ。楽でいい」
そもそも、技術の継承はそんなに楽なものではない。個人差だってあるし、技術とは積み重ねだからだ。
けれど、その通りと頷いて受け取れたのなら、それはもう技術だろう。
「完成とはもう先がない。あるのはせいぜい、調整くらいなものだ。――ともかく、引き受けてやってもいい」
「頼んでおいてなんだが、何故だ?」
「お前は頼んでいない、俺に命じただけだ。言葉の使い方をもう少し覚えるんだな。なに、完成している人形師に、過度な期待を抱く馬鹿は見飽きたが――その人形を、身の回りの世話に使うという、くだらない思考が好みだ」
「くだらなくはないだろ、無駄に広いんだあの屋敷は。俺と息子だけじゃ手に余る。二年以上過ごしてようやく気付けたあたりは、家として使ってやれなかったと、反省もしているんだ」
「お前の事情は知らんが、まあいい。で?」
「ん、仮組み……試作品だが、ベースはできた。これが核だ」
取り出したのはダイヤモンドだ。ルビーやサファイアは壊れたし、同じ宝石を使うと三体の人形に個性が出にくいので、エルムにも違うもので構成を組むよう仕向けたのだ。
「改良はまだする。息子が現在進行形でな」
「ベースの宝石は?」
「実際には俺が作ることになる」
「そうか」
「……ふと思ったが、素体だけじゃなく核もいけるのかお前」
「当然だろう」
気だるそうな声に、ため息が混じった。
「なにをもって人形とする? 動かない素体を前に、完成だと胸を張る人形師はただの間抜けだ。そこに生命が宿らないのならば、ただのガラクタと同じではないか。お前だとて、誰が使うか考えて刃物を造るだろう?」
「いや俺は一切考えない」
「だから馬鹿なんだな、ようやく理解できた」
ダイヤモンドをテーブルに置いて、二度ほど叩くと、四角形の窓が重なって四角柱を作るよう出現する。
一番上をスライドしながら読み進める。
展開式などと同様に、分析の方法はともかく、結果をどう示すかは個人差がある。公人ならば術陣そのものにしてしまう――と。
四枚目くらいで手が止まり、盛大な吐息を落としたかと思えば、眠たそうな目を睨むよう鋭くして、こちらを見た。
「エミリオン」
「なんだ?」
「お前の息子は馬鹿か?」
「ありがとう……?」
「褒めていない」
息子なんてものは、ちょっとくらい馬鹿の方が良いと思うのだが。
「これは
「……? 俺がそうしろと言ったんだが?」
「そうかそうかお前も馬鹿だったなそうだった」
「なんだよ……」
「
「触れてないだろう」
「魂の精製だけで充分に禁忌だ」
「魂の創造じゃないなら抵触はしない」
「……お前の基準はなんだ?」
「
ため息が落ちて、ネイクは作業を続行した。
「まあいい」
「いいなら言うなよ」
「もちろん侍女服を着せるんだな?」
「ん、ああ、特に考えてはないが、機能性を重視したらそうなるだろ」
「そうしろ。さすがにゴスロリでは作業に支障が出るからな、そこは妥協してやろう。なんならデザインをしてもいい」
「生命が宿ってから相談だな」
「ふん」
壁際に置かれた人形の素体は、まるでがらくたのよう設置されている。
本来、自動人形を制作する際には、最低でもマネキンのような素体を利用する。その方が構成が固着しやすいからだ。しかし、初めてこの部屋に入った時に、ネイクは言っていた。
人形なんてものは、ただの素材だと。
完成品ではないのだ。ならば、核となる魂への順応性が第一であり――はて、だったらどうして、魂の精製に対してあんな態度だったのだろうか。
だから、人形師が作る素体は、魔術品ではなく、魔術素材に該当する。まあ、本来なら自然発生する素材を、人の手で作るというのだから、常軌を逸してはいる。
「――なるほどな」
パペット人形の素材などを解析していたら、しばらくしてネイクはそう呟き、天井を見上げた。
「どうだ」
「はっきり言おう、これを使って完成するのは人間だ」
「そりゃ、育てる手間が増えるって意味か?」
「お前にとってはその程度かもしれんが、間違いなく発見されれば協会も教皇庁も敵に回るだろうな」
その言葉に、公人は肩を竦めた。
だからどうした、と。
「まったく……想像はできるが、俺の範疇を越えている。どう完成するかは、わからん」
「わからない、か」
「言いたくはないがその通りだ。だが
それを口にした瞬間、世界中の誰もが作れないことになってしまう。
「三体なら、一ヶ月寄越せ」
「それまでに配送手配をしておく。報酬は?」
「そうだな……」
腕を組んだネイクは目を瞑り、それから。
「ん、屋敷と言ったな。広いのか?」
「空いてる部屋があるのか、という問いなら、ある。――そういえば、そろそろ鈴ノ宮の屋敷が完成するはずだが、知らないか?」
「知らん」
「野雨にできたんだが、その規模と同じでな。内部構造もほぼ酷似している。仮に三体の人形が追加されても、六部屋くらいは空いてるよ。厳密にはもっとだが」
「なら」
背もたれに肘を乗せ、姿勢を悪く、こちらを見た。
「ある男を引き取ってくれ」
「ネイク、詳細を話してからにしろ」
「対象の名は、ウェル・ラァウ・ウィル。――聞いたことは?」
耳にしてもおかしくない名前かと、
「いや、覚えはない」
「以前、教皇庁魔術省の大司教をしていた男だ。ああ、そんな面倒そうな顔をしなくても、今は違うし、本質はまっとうな魔術師だ」
「お前を含めて、まっとうな魔術師なんてのには、お目にかかったことはないな」
「毎日、ちゃんと鏡を見ろ」
「見てるから言ってる」
「自覚があって何よりだ。まあ知らないのも無理はない――ざっと百五十年前の話だ」
「本人か」
「そうだ。詳しく理由は聞いていないが、本人が言うには成長が遅いそうだ」
「なるほど? 逆に言えば、老化も遅いわけか。――面倒な話だ」
エルムが好きそうな話だなと、そう思う。本人曰く、自分もそういう人種だと、そんな話をしていた。
「今はどうしてる」
「野雨にある屋敷で侍女二人と暮らしてる。物件は別人だし、金を払ってるのは俺だが、表沙汰になると、特に教皇庁がうるさい。そこでお前だ、エミリオン」
「どうしてそこで俺になる」
「屋敷の管理には、外敵からの防御も含まれているんだろう?」
「……まあ、息子にも少し、人付き合いをさせようか考えたところだ。こいつは余談だが、そいつ、魔術書は持ってるか?」
「埋もれるほど」
「ならいい、引き受ける。輸送ルートは?」
「
「なんとかする。息子も連れて顔を見てから、改めて返答をしよう」
「それでいい――ああ、そうだ」
「ん? その宝石はやる、参考にしてくれ」
「素体と一緒に送付しておこう。この前、
「それは知らないが、面倒ってのは俺と比較してどうなんだ?」
「こっちの方がよっぽど、人形師としての仕事になって、金にはならんが面白みはある」
「何を頼まれた」
「義体を作れ、と」
「へえ? お前そんなこともやるのか、ありゃ医療の領分だろ」
「何も機械仕掛けにしろと、そういう注文じゃない。俺だって素体ではなく、まるでダッチワイフみたいな人間そっくりの人形を作ることも可能だ。腕の一本、致命傷じゃなければ神経系まできっちり繋いだ義手くらい作れなくてどうする」
完全に今の医療技術を越える――いや、越えはしないが、一般的なルールには抵触するだろう。
「抵触というかルール違反だな……」
「実際、現在の医療技術の最先端では、それは可能だ。あくまでも技術だけならな」
「――利権か」
「その通り、クソくだらない面倒な金銭の問題だ。芹沢が台頭しなければ、自動運転による事故防止なんて題目で、開発競争をしている現実だってあったはずだ」
「その競争だとて、誰が先駆者になって金を儲けるか――そういう話になるか」
「そういうことだ。特に医療なんてのは、薬一つで金が動く、面倒な話だ。そういうわけで、特注ならともかくも、作るのは嫌だと突っぱねたがあいつ、設計図を寄越せと引かなくてな」
「渡したか」
「知らない仲じゃない。だが深入りは避けたい」
「詳細は聞かずに、か。それを俺に訊いた理由は?」
「本人じゃなくお前から聞けば、面倒は少なくて済むからな……」
「ついでだ、狼牙に話は聞いておく」
「面倒じゃなければ俺に話してくれ」
「おう、じゃあ頼んだ」
「そっちもな」
逢ってみれば、話は早い。会話もできるし、面倒もそうないのだが。
この気だるい声を聞き続けると、部屋を出た途端に疲労を感じるのだけは、どうにかならないものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます