第11話 彼女と記す者と、言えない目的

 公人きみひとだけではなく、青葉あおばも彼女を知っている。

 おかっぱ頭にセーラー服。色も紺か黒か、今日は笑みを浮かべていた。どちらも二度目の出逢いとなる――が。

「まずは、やあ一夜いちや、きっと君は同居人が増えたことに頭を悩ませて、主に戸棚からなくなる酒類にうんざりしているかもしれないけれど、そこは許容してやってくれ。楽しめているうちがはなってやつさ」

「そうか、君が……いや、確かにその通りだから、少しはお金を落として欲しいね」

「だったら美味い珈琲を頼む。あれこれやって、まだ準備段階も終えていないけれど、先ばかり見ていると足元が疎かになるからね」

 言いながら、彼女は公人の隣の椅子に座って、こちらを見た。

「うん、落ち着いているようで何より。死人になった気分はどうだい?」

「戸惑うことが多いけれど、それだけね」

「だったら感謝するといい」

「あなたに?」

「まさか、エミリオンに対してさ。気付いていないようだから言うけど、君がまだってやつを手放さずに済んでいるのは、エミリオンのお陰だぜ。それだけだと言うのなら、それ以外は全部さ」

「そうなの?」

「さあ? 俺は当事者じゃないから、お前が感じてることが、そのまんまだろ」

「感謝してるわ」

「それに対して同じだけの苦労はしてねえよ」

「ははは、エミリオンは素直だね」

「青葉が素直じゃないだけだ」

「それもそうか」

「なんで私が標的になってるの……?」

 頼んだ軽食と一緒に、彼女の珈琲も置かれて。

「エミリオンは気付いているのかい?」

「ん……見えては、いないな」

「じゃあこれから、いずれ、見えることにもなるさ。それはきっと、悪いことだけれどね。それで? エミリオンはどう動いた?」

「どうって、何が」

「青葉?」

「あなたに助言してもらった通りの反応だったわ」

「あははは! だろうとは思ったけどね。さて、食事のついでで構わないからエミリオン、ジニーの動きはどうだい?」

「ん、ああ、寝狐ねこがあれこれ手を貸してる。一年くらいが目安だと、ジニーは言ってたな。あいつわざわざ、俺のところにまで挨拶にきやがって……学校だってことを忘れてるんじゃねえか、あいつは」

「それは災難だねえ」

「つーかネイムレス、四年も前に卒業してるだろ」

「なんだ調べたのか。嘘は言ってないだろう? そうは見えないから、まあいいかなってね」

「お前がそれでいいのなら。――で、なにしにきた」

「あれ、歓迎されてないとなると、ぼくだってちょっとは落ち込むぜ。とはいえ、目的はちゃんとあるよ。本命は、君たちに逢うこと。ついでは、記録者に逢うことさ」

 ほらと、示した先は、奥にある母屋と繋がっている扉から、寝癖を手で直しながら、丸顔で呑気そうな顔をした少女がやってきた。

 姫琴ひめこと雪芽ゆきめである。

「うあーい。……ん? 公人?」

「よう」

「んー、……あれ、青葉じゃん。あーそっかそっか、ついに男を捕まえたのか、おめでとう」

「相変わらず脳が天気ねえ……」

「ありがと」

「褒めてないわ」

 青葉の隣に腰を下ろし、両腕をカウンターに乗せて、そこに顎を置いて。

「んー」

「もう、ほら寝癖。ゴム持ってる? あ、こら、私の食事をとらない」

「マイペースだねえ」

「常連受けはいいんだよ、仕事はそれなりにやるから。お前そんなんで、仕事に就けるのか?」

「んー、引きこもって本の整理とか来客の対応するだけで、カロリー消費しない生活がしたい」

「この子は……」

「誰かに養ってもらおうなんて、間抜けなことを言わないだけ、マシだろ」

「――はは、なるほどね。やっぱりエミリオン、君が中心じゃないか」

んだろ?」

「いいや、君はずっとんだよ」

 彼女はそう断言して、珈琲を飲む。

「さて、いくつか聞いておこう。答えたくなければそれでいいし、ぼくの手間がちょっとばかり減ると思って、できれば応えて欲しいものだね。まずは青葉、君だ」

「なによ」

「君があの場所で何をしたか、なんてことはエミリオンが聞けばいいけれど」

「公人は聞かないもの」

「それは君たちで話し合ってくれ。君が相手にした馬鹿二人、彼らの名前はわかるかい?」

「――ええ。数知かずち一二三ひふみいかずち無意味いみなしよ。本人から聞いたわけじゃないけど、

たちばなの分家じゃねえか」

「有名な家系なの?」

「世界的に知られてる暗殺代行者キルスペシャリストの家系だ。傭兵や普通の暗殺者と違って、金で人を殺さない連中の代表格――と、聞いてる」

「その通りだ。数知は分家の一つだね。ほかにも哉瀬かなせ都綴つつづりなんてものもある。錬度はそれぞれ違うし、全員が殺しをしているわけじゃないよ。本人に逢っても、べつに気にすることはないさ。けれど、少なくともその数知は、関わりを持ってしまうね……しょうがないと割り切れれば、楽なんだけど」

 美味い珈琲が台無しになる話題だなと、彼女は鼻で一つ笑った。

「ついでだ。彼らは人間だったかい?」

「数知は……人間だったわ。けれど、もう片方は違う。あれは、存在そのものというか……」

「そうか。たとえば、そこにいる、あかねみたいに?」

 カウンターの奥、相変わらず公人には見えないが、しかし。

「そうね、なんとなく似ていると思うわ。確信は抱けないけれど」

「うん、ぼくが知っていた通りで安心したよ」

「なんだ、過去形だな?」

「過去になったのさ。そういえば、公人の家は杜松ねずだったね」

「おう、外れだから野雨のざめでもあるが、厳密には杜松だ」

「そのくらいの距離なら問題ないだろうけど、青葉は野雨から離れられないから、覚えておくといいぜ」

「へえ」

「……出たいとも思わないわよ」

「ほらね、そういうことなんだよ青葉。君の意志に関わらず、その定義が許していない。本能的に、あるいは感情的に、理由なんてどれでも構わないけれど、君は野雨から出られない」

「あらそう」

「うん、そういう受け取り方で構わないぜ。だからどうしたって話だろうからね。ただまあ、ぼくにとっては、そうも言ってられなくてさ」

「――ネイムレス」

 フォークを置いて、一息。

「お前は何を目的として動いている?」

「ううん、そうだね。なるほど確かに、これという目的を提示した方がわかりやすいんだけど、ぼくの口からそれを言って良いものかどうか、ずっと悩んでるんだ。ぼくはねエミリオン、道を示しているだけだ。こちらへどうぞと、看板を立てる作業に似てる。だが考えて欲しい、看板が役に立つ時は、どんな時だ?」

「初めて来たか――迷った時だ」

「うん。だからね、いくらぼくが動こうとも、その行動の理由がわかるのは、結果が出てからなんだよ。残念ながら、そこでようやく気付ける。後付けの言い訳理論だって、まかり通るのが、ぼくのやり方だ」

「それが説明できない理由には、聞こえないな」

「そうだね。こう言えばわかるかい? ぼく自身がそれを説明してしまったら、君もまた、看板を立てる側に回ってしまう――と。看板を立てる業者を横目に、通り過ぎるならいい。けれど説明すると、同じ作業員になってしまうのさ。それはぼくの望むところじゃない」

「つまり、お前の口からじゃなけりゃ良いって話か?」

「その通り。なんだいエミリオン、ぼくよりも青葉を気にする方が良いんじゃないかい?」

「気にするモノが違うだろ」

「こう言ってるけど?」

「私に振らないでちょうだい……」

「可愛らしい反応をありがとう。ふうん、まあそこらはぼくも考えておこう。いずれにせよ、知らずにはいられないだろうからね。さて、雪芽ゆきめにも聞いておきたいんだ」

「なーに」

「君ははできるのかい?」

「できない。私はただ、記すだけ」

「だろうね、ありがとう。そして君が記すものを、ぼくが読んでも仕方ないってのは知ってるぜ。余計な情報まで一気に仕入れても、有意義とは言えないからね」

「なら、何が問題だ?」

「鋭いね」

「お前の思考の影響を受けたんだ」

「ふうん? まあいいか。問題となるのは、魔法師が存在していることだよ」

「確か、世界法則ルールオブワールドの一部を担ってるんだったか」

「担う、背負う。これはねエミリオン、補強と言い換えることができる。世界が安定していないからこそ、支えとして、魔法師は生まれるわけさ。――クソッタレな話だぜ」

「……雪芽の存在が、世界の記録ってやつの不備を埋めるためのものってことか?」

「似たようなものさ。本来は世界内部できちんと整合性が取れているんだけれど、器そのものが不安定になれば、こうなる」

「不安定、ね」

「ははは、わからないだろう? きっと雪芽にだってわからないさ」

「私もわからないわよ」

「お前はわかるのか」

「そりゃ魔法師がいれば、不安定なんだとわかるだろう?」

 論点がズレたような感覚はあったが、公人はそれ以上問わず、食器を一夜に渡した。

「まあいい」

「それはどうも。ところで、午後からの予定は?」

「ん? 芹沢に顔を見せる」

「じゃあついでに、眼鏡屋にも寄るべきだね。長時間、ディスプレイの前にいると青葉は疲れるから」

「視力、そんなに悪くないわよ?」

「ほらみろ」

「予定に追加しておく」

「……なんでよ」

「あのね青葉、悪くないって言葉を選ぶあたり、視力が良くないってことね? ――いぎゃっ、なんで殴った!?」

「あ、ごめんなさい。雪芽に指摘されたら、なんかイラっとして」

「しっかりしてるところも、あるにはあるんだけどな、こいつ。特に自分が楽をするために、苦労を済まそうとするあたり」

「え? だってらくして生きたい。たのしくなくていいから」

「あはは、そこのところを勘違いしている若い人も多いのに、君は良くわかってるね。楽しい仕事は好まれるけれど、楽な仕事なんてものは、存在しないよ。何であれね」

「さすが、五つも年上は言うことが違う」

「エミリオン、確かにぼくは見た目からして若く見られがちだけれど、女に対して年齢の話題ってのはどうであれ避けるべきだぜ。それとも、ぼくが女に見えないっていうなら、確かめさせてあげてもいい」

「許可が出たぞ雪芽」

「やっほい」

 今までとは打って変わって、素早い動きで彼女の背後に回り込んだ雪芽は、両腕でホールドしてそのまま持ち上げた。

「なっ、ちょ、ちょっと待て」

「雪芽、店内で騒がないように」

「家に持ってくからだいじょうぶー」

「なんだと!? ぼくはこう見えて、そこそこ戦闘もでき、ぬっ、くそうこの女どういうわけか拘束が上手いぞ!? おい青葉! ぼくを助けてくれ!」

 ひらひらと青葉が手を振れば、そのまま奥の母屋に連れられて行った。その後の悲鳴は聞こえないことにする。

「静かになって結構なことだ。なあ?」

「そうね」

「――随分と驚いてたな、一夜いちやさん」

「はは……そうだね。俺にとって、彼女は――

「へえ。それを俺も、いずれ知ることになるんだったら避けたいものだな」

公人きみひとくん、部外者でいられないことに、不満は?」

「いや、思いのほか現状は、――。ただどういうわけか? ネイムレスに使われるって状況そのものは、べつに嫌いじゃないんでな」

「そうね、どちらかというと放っておけないような……」

「あっさりくたばりそうだ」

「それね」

「さて、戻ってくるなり、愚痴を山ほど口から吐き出すちっこいのを待つか、この先の用事を済ますのか、どっちを選ぶ? 決めていいぞ青葉」

「ご馳走様、一夜さん。また来るわ」

 賢明な判断だと、公人も席を立つ。

「次はもう少しゆっくり、ステレオの話でもしようぜ」

「その時を楽しみにしているよ」

「今からの買い物の方が楽しみだ」

「ごゆっくり」

 料金は公人が支払い、そのまま外へ。

 やはり、彼女の悲鳴は聞こえなかった、いや、聞こえない振りをした。



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