第百十六話『意見決裂。ある意味の師弟対決』
「──────おい、なんだあれは」
飛び散る血液。
致死量に見えるその出血は、しっかりとユークリッドの目にも届いていた。
───血。
あれは血だ。間違い無く。
中継の画面の奥で倒れるのは、血塗れになり生気を失った───モイラだ。
それを目の前にしている筈のユトは、一向に心配する様子も見せない。
……まさか、本当に殺したのか?
顔面から倒れ果てたモイラ。
その体は全く動かないし、その様子も無い。
先程までは、あんなに元気に走り回っていた───筈なのに。
倒れた御身にはその面影はなく、分かるのは……。
──────死んだ、と察せられる女性の屍が、そこにある事だ。
殺した相手は、恐らくユトだろう。
信じたく無いが、本人が平然としているところから、多分そうなのだろう。
『どう殺した』や『何故モイラが死んだのか』は分からない。
けれど───。
ユトが、自分自身で『モイラ』という仲間を殺したのは狂いも無い事実だった。
瞬間。
盤上にて躍る観客は、残酷に鳴いた。
『うおぉぉぉぉ!!!』
異常な声量。
耳を劈くどころか、空間すらグラグラと震わす程の熱気だった。
……人が死んでいるのに。
この無知で残酷で馬鹿な観客達は、それでも『死』を笑う。
こんなにも憤る歓喜は初めてだ。
ユークリッドは拳を強く握ると同時に、響く歓声の中、意思を表明した。
「本当に殺してどうする、ユト・フトゥールム!」
歓喜に呑まれる様なユークリッドの怒りは、観客の歓喜に消え入りそうな雰囲気さえあった。
だが、それでもユークリッドは怒りを告げる。
声の届かぬ画面の奥に向けて、虚しくも。
「……ッち」
そして、そのままユークリッドは槍を出現させようとしたが───。
「やめろ」
アーサーの手に、止められた。
その手は若干震えてはいたが、それは同時に飛んできた言葉によって掻き消えた。
ぎゅっと。
長い前髪の所為で前が見えぬ剣聖なるアーサーは、髪の奥で熱い視線を飛ばしていた。
アーサーはロベリアと、画面の奥のユト達を交互に見据えて。
震えていても強く握りしめたアーサーの手は、結果的にユークリッドを諌めた。
「──────何故だ」
ユークリッドは聞く。
師匠として。
ユト達と交流を深めた友として。
自身の解釈では、不粋な真似をしたアーサーへ「何故止めた」と聞いた。
一触即発の空気感。
響き渡る歓声の渦の中で、アーサーは答えた。
「多分ユトは、モイラを殺してはいないだろう───恐らく、な」
その受け答えには、若干の曇りがあった。
やはり、剣聖ですらこの事態は予測出来なかった様だ。
だがその口調にはそれと裏腹に、謎の自信が垣間見えた。
「───あれは確実に死んでいるぞ。私はそう断言出来る」
けれど、それを真っ向から潰すかの如く、ユークリッドは返した。
少し八つ当たり気味なのも、ひとえに仲間を思う故だろう。
だが、アーサーは依然その手を離さず。
一息吐いて首を横に振り、その後に。
人格を変え、聖槍を扱うアーサーへと変化し。
髪の巻き上がった、目がしっかりと見える顔付きで、アーサーは告げる。
──────決意と、自身の先輩を信じて。
「……いや。多分それは違うッスよ。ユークリッドさんがそう断言するなら、俺は───」
「───『死んでいない』と、断言しますよ」
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