第百四話『聖槍……開帳』

 

『──────俺にやらせて下さいッス』

 そう、ぼんやりとする様な言葉がアーサーの頭の中で囁いた。

 それは明るく、おちゃらけて……それでも気迫を保った、彼にとって聞き覚えのある声質だった。

 もう一人のアーサー。

 自分とは全く異なった、別人格。

 剣技を得意とするアーサーとは別の、同じ様で違う自分。

 頭の中で響く声に、アーサーは聞き返す。


(……良いのか?)

『はい。充分、アンタは戦った。だから───』


『──────今度は、俺の番じゃ無いッスか!』

 自分は言った。

 そう、身を震わすかの様な……熱い言葉を。

 刹那。

 ユトと相対していたアーサーは笑い、剣を投げ捨てた。


「──────ならば、俺も応えよう」

 彼は手を払い。

 目の前の敵を見据え。

 剣聖では無く、一人の勇者として。

 髪は巻き上がる。

 存在ごと、自分ごと。


 ──────そして、空間に聖光が強く瞬いた。


 ♦︎


 巻き散る黄金の閃光。

 全く状況を理解出来ぬまでの聖光に、会場は覆い尽くされた。

 予期せぬ剣聖の異変に、ユークリッドは微笑する。


「……ここで使ってくるか、アーサー」

「あれが何か知ってるの?」

 そこに、眩しそうに腕を盾にして光をガードするモイラが参入する。


「ああ、あれは──────」


 ♦︎


 聖槍ロンゴミニアド。

 剣聖と呼ばれなかった自堕落な方のアーサーが持つ『固有能力』だ。

 それを最初に見出し、鍛錬させた者こそ。


 ──────戦場いくさば貴族ユークリッド・ミリアなのである。

 だからこそ彼女は知っている。

 あの聖槍は、元々は以前のアーサーと同じ、崩れた能力だったと。

 ユークリッドが最初に会った時のアーサーの聖槍は、正に「酷い」の一言に尽きていた。

 見るに耐えない、酷く濁った物だったと。


 けれど、性格とは裏腹にそのアーサーにはセンスがあった。

 技術や経験はゴミ同然でも、彼は鍛えれば輝く原石を有していた。

 だからユークリッドは、アーサーを鍛えたのである。

 元々、ユークリッドも槍兵。

 それにアーサーの性格も加わり、ユークリッドはより厳しくアーサーを鍛えていった。


 ──────結果出来上がったのが、あの聖槍ロンゴミニアドだった。

 かの聖槍は元の輝きを取り戻し、聖光を放つまでに成り。

 その能力の強さだけで言えば、剣聖なるアーサーすらも越していた。


 そう、かの聖槍は。

 絶対の槍術と唯一無二の破壊力。

 その両方を併せ持った、存在の権化であり……。


 ──────彼の生き様そのものであるのだ。


 ♦︎


「……ぬぅ」

 戦いは拮抗どころか、押され気味にまで進行していた。

 残念ながら僕は、立場逆転されたさ。

 理由は多分、リーチの違い。

 そして───動きが予想し難いコト。

 多分これらの所為だろう。


 以前、僕の『眼』の前には同じ攻撃は通用しないと言ったけれど。

 それは対象の体の動きや体格の、極限なる解析に基づく物。

 こう言った聖光での攻撃とかの、体格や体の動きが関係無い攻撃になると、かなり攻撃が読みづらくなる。

 いや、それでも経験と勘やらでカバーしているけど……それでも辛い。


 アーサー君独自と言うのか、かなり変則的な攻撃が目立つ。性格通りの。

 良い意味で型に囚われない攻撃が、逆に僕を苦しめている。

 師匠たるユークリッドも、アーサー君の個性を潰す鍛え方はしていなかったみたいだね。


 じゃあ……やはり君は、剣聖のアーサー君とは違うアーサー君に切り替わったのか。

 どうりで剣聖なるアーサー君の時の能力とは違う訳だ。

 しかも君は、剣聖アーサー君の初戦とは違って『露骨さ』が無い。

 更に隙も見せぬとなると、これは様子見するしか無いか。

 未知なる能力の以上、何があるか分からない。

 油断や隙を見せたら、僕は多分それで終わる。


 ──────『相手の引き出しを見抜け』これが、能力戦での鉄則だ。

 相手の能力の引き出しを知らないと、逆に墓穴を掘って討ち取られる可能性がある。

 ……流石に、ここは経験に物を言わせるとしよう。


 ───僕は息を吐き、そして吸い込んだ。

 拳を握り込み魔力を滾らせ。

 告げる。


「第二開戦って事ね。ならやろう。僕もその本気に……応えてあげるとしよう」

 それに、おちゃらけた方のアーサー君は息を吸い込み。


「……宜しくお願いするッス!」


 ──────そして、二人の化物はぶつかり合った。

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