第八十話『ビリー・アスタチン』

 

「ねっこみーん!猫耳メイド魔導師、床下から参上ですわ!!」


「……は?」


 コテージの床を、豪快で無残に昇竜拳で破壊する少女。


 同時に、虚しく舞い上がる土と木片。


 修理費が幾ら掛かるか分からない、正に社会不適合者な行動を行ったこの女性。



 そして……まだ気が済まないので、もう一度。


「……は?」


 驚いておく。



 一刻後。


 シュタっと。


 猫耳メイド少女は、粉砕された木片が舞い落ちる地面に降り立ち、瞬間。


「あー……」と状況の理解に苦しむ僕達。


 フェルナという少女は目をキラキラさせ、僕とモイラを順々に一瞥いちべつしながら、


「ユト様とモイラ様ですわよね!聞きましたわ!その能力ちから調べさせて下さい!!」


 鼻息荒らして問題発言を言い放つフェルナを見て、僕は思った。



 ……あ、この子、ヤバイやつだ、って。



 とりあえずこの子のステータス情報更新。


 【猫耳メイドマッドサイエンティスト】


 こんな性格の子は、僕の友人には居ない。


 つまり僕が対応に困る、知識欲の怪物そのもの。



 まあ、それはともあれとして。


「……君の破壊したコテージの床、大丈夫なのかい?」


 慈悲による一応の忠告を。


 それに、フェルナは後ろに振り向くこともせず、


「自動修復機能付きなので大丈ー夫!って話題逸らさないで、研究させて下さぁーい!!」


 更に猛攻。


 彼女の背中にある粉砕された床は、一刻と経たず完全修理。


 気にすることが無くなった彼女をもう止める術は無いと……誰もが思ったであろう。


 だが、それは杞憂に終わった。



 それは、彼女のマッドサイエンティストな言葉責めが最高潮に達した時に起こった。


 正に一喝の様に。


「ユトさんって未来視が出来るんですよね!ちょっと!ほんのちょっとだけでも良いからーー」


「やめんか!」


 ポカ。


 いやドカッ、かな。


 兎に角、そんな音が……フェルナ、もといマッドサイエンティストの小さい頭から鳴った。


 鳴らしたのは、神拳士のサクラ。



 ……殴った、とも言うべきか。


 ギャグ漫画で言えば、頭から数個の星が出るくらいの全力強打。


 加害者は勇者である、しかも拳闘士の完全上位互換職業、神拳士だ。


「あひゅぅ……」


 あえなく、マッドサイエンティスト轟沈。


 世界に、平和が訪れた……。




 ーーじゃなくて。



「済まんな。フェルナはこう言う奴だ」


 サクラは、伸びて動かないフェルナの服の襟を掴んだ。


 そのまま地の果てまで引きずっていきそうな感じ。


「まあ、フェルナ君の人格否定はしないけど……大変そうだね」


 ここで、僕はやっと分かった。


 サクラは、神術の三大勇者の中の唯一なる常識人だと。



 ……同情するよ。


 こんな変人がいる中で自分だけが常識をわきまえているって、色々と大変だからね。


 誰とは言わないけど、僕も手を焼いている人物がいる。


 流れる様に、僕は軽くモイラを一瞥。



 いや……本当に誰とは、言わないけど。



「兎に角、こんなところで長話も何だから、会議室に案内するッスー」


 そこで、息を潜めていたアーサー・アスタチン君が僕達を招いた。


 変に言ったらサクラに武力行使を行われるから……そうか。君は学ぶ人間か。


 それに僕はアーサー君に軽く相槌。


「……そうだね。元々、僕達はその為に来たんだから」


「その為……って何の為ですか?」


 僕のふとした呟きに、ガレーシャが反応。


 だが、僕はいつもの様にすぐ教えることはせず。


「……会議室で聞けば、分かると思うよ」


 いつもの後回し話術を披露。


 そして、ズリズリと引きずられていくフェルナを前に、僕達はコテージ内の暖かさを感じた。



 ♦︎



 で、今は目的地である会議室の中に居るのだが……。


 少し、気にするしかない事柄が『一つ』存在する。


「……誰ですかあの人」


 僕達の座る円卓状のテーブルの、そのまま対角線。


 隣にはモイラとガレーシャ。


 右には、気絶状態から回復したフェルナ。


 左には、そのフェルナの奇行をじっと睨みつけて監視し、押さえつけているサクラ。


 そして、肝心の正面には……。


 長い前髪の所為で両目が視認できない、顔の部分が口だけの謎の男が。


 いや。ここまでの経緯を知れば、この人物が誰かなどは分かる。



 ……分からない皆に説明しよう。


 あの、米津◯氏(これ言っていいのかな)の如く長い前髪を下ろした、かの男性の名は。


「アーサー君だとは思うけど……多分、見る限り別人格二重人格だよね」


 おちゃらけた雰囲気の、あのモイラに近い雰囲気のアーサー君。



 ……いや、そう人物。


 円卓に座るやいなや、彼はああなった。


 オールバックやそのアホ毛が無くなった、どこか陰気な雰囲気に。


「だよねー。解離性同一性障害かな?ビリー・ミリガンの様な」


「解離性……何ですか?」


 モイラの不用意な現代語連発に、またもやガレーシャ、困惑。


 仕方ない。尻拭いしてやろう。


「多重人格ってコト……多分、彼がアーサー君のフォーマルな部分なんだろう。会議室だしね」


「確かにそうですね……っていうか、剣聖さんがそうなってるなんて知りませんでしたよ?」



「ーーそうだろうな。人前に正式に出る人格が……この私なのだから」


 そこで、アーサー君の横槍。



 確かに……口調も違う、何故だか声音も違う。


 彼が多重人格ということは確定か。


 でも、ちょっと聞きたい事がある。


「それで、アーサー君豹変ひょうへんについては納得だけど。君の魔力の具合も違うのは何故だい?」


「……それは、存在自体が違うからだな」


 陰気なアーサー君は、常人が聞くと頭が痛くなる様な答えを返した。


 それにモイラは「……ああ!」と相槌を打ち、


「だから私の心眼で見ても分からなかったんだね!」


「……ん?何が?」


 と、何が「……ああ!」なのか分からない会話に、ガレーシャはやはり困惑。


 少しずつ収集がつかなくなってきた会議室の雰囲気を、陰気アーサー君も察したのか、小さく咳払いをし。


「……ここは会議室だ。私語は慎んでもらいたい……フェルナ、お前もな」


 突然の名指し。


 ギクッ、とフェルナの動きは止まる。


 目をやると、既にフェルナはモイラの真横に居た。


「……隙を見てモイラ殿の剣を調べようとするのはやめろ」


「あ、あはは……」


「誤魔化し笑いをしても遅い。戻れ」


「いや……でもー」


 口答えの様子を見せるフェルナ。


「ーー戻れ」


 陰気アーサー君のガチ殺意に近い威圧。


「……はい」



 ……マッドサイエンティストは屈した。

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