第六十六話『やっとの帰還』

 

「取り敢えずこの街を破壊するから、君達は保護魔法でも使って宙に浮いといて」


「分かった!」


 僕の淡々なる呟きと共に、モイラ達は空で傍観を決め込む。


 完全に二人が被害に遭わない所まで上がったのを見て、僕は手の感覚を確認する。


 手を開き、閉じる。


 開き、また閉じる。


 ちょっとした準備運動だ。


 その間僕は空間を魔力でスキャンし、一番近そうな空間の端を捉える。



 ……やるなら一瞬。



 地面に放つは、ただ一つの掌底。


 それで充分だし、何より疲れなくていい。


 何しろ、この魔族街は、大体二十一世紀初頭の東京位の土地を有しているからね。


 それを一気に破壊するんだ。


 端からじゃなきゃ、文明の討ち漏らしが出来る。


 ここに作られたビル群、建物を一挙に全て壊す。


 それが、ある種の魔族達への弔いでもある。


 これは、僕が死んだ魔族達の為に鳴らす弔鐘ちょうしょう


 既に転生して仕舞っている君達魔族達への、ささやかな御礼。


 君達を飼いならしていたこの魔族街を、今から僕は破壊する。



「……じゃあ、やるか」



 僕は強く拳を握りこんだ。


 そして、バックステップ。


 向かう先は、後ろにある空間の壁。


 光速とも取れる速さで壁に引っ付いた僕は、対角線にある機械を見据える。



 ……多分、一辺の空間の壁を全て覆い尽くしているあれが、恐らくの出口。



 僕達をここの空間に閉じ込めていた人型邪龍がなくなった事で、それは確定でいいだろう。


 だって、あそこから出てくるオーラ、尋常じゃ無いもんね。



「……さて。文明破壊と行こうか」



 覚悟を決め、僕は踏み込む。


 壁から地面へと。


 ほぼ直角に。


 僕と言う弾頭を、地面に落とすイメージで。


「ほっ」


 光速の如き素早さで、僕は掌底を一つだけ……。


 ドン


 地面へ穿った。


 ……それは、いずれ空間を波打たせる要因となる。


 これは地震とか言う、ちょっと揺れたかなぁ?位のもんじゃ断じて無い。


 無理矢理に地面を起伏させ、見上げる迄に巻き上げる、津波の様なもの。


 その波打つ地面は、この空間の天井にまで届く。


 それは、この魔族街に存在する全ての人工物を飲み込んでいく。


 まるで、大海に点在する大渦の様に。


 総てを。


 お残しなく、波は前に進みながら、災害を振りまいていく。


 時にイエロウズ・タワーを巻き込んだり。


 時には、あの廃屋を潰したり。


 哀しくもある、その災害。


 だが、手向けとして作った物だ。


 普通の人間は、いつか終わる。


 僕の様な仕事をしている人間は、ああやって人が死ぬのを何度も見てきた。


 でも、進まなくてはならない。


 死んでいった魔族達の為に。


 築き上げられていく瓦礫がれきの山。


 そしてもう、完全に役目を終えて消えていった地面の波。


 地獄の様な光景の奥に、淡く光る通路。


 乖離した巨大物資生成機械の奥に、隠し通路が現れたのだ。


 あれが、先への通路か。


 ワクワクするね。隠し通路って。


 そんなこんな、僕が破壊神を全うしたところで、モイラ達が降りてきた。


「いやー。凄い威力だね……」


 モイラの絶句。


「しかも魔力も事象操作も使わず、ただの筋力であんな波を作るとは……」


 ガレーシャの絶句。


 それを華麗に受け流し(無視し)僕は淡々と言い放つ。


「先が空いた……手短に、仇を取ろう」


 一瞬、モイラは「無視……?」とキョトンとした表情をしたが……。


 直ぐに真面目な顔に変わり、足の踏場も無い程の瓦礫を踏みながら呟いた。


「分かった。討とう……古代兵器を」



 ♦︎



 淡く光る隠し通路。


 その先に待っていたのは、やはりの古代兵器だった。


 魔人君が過去に言った『鼠』という言葉は正しかった様だ。


 巨大な鼠。


 少し苔が生えている、見上げる位には体躯が大きい鼠だ。


 鼠の背中辺りには、一本の太いコードが刺さっている。


 あれが、巨大物資生成機械に繋がっていたんだろう。


 つまり、本当に目の前の古代兵器は、魔族達を吸収したという事みたい。


 そんな鼠の体からは明るい陽気の様な光がポツポツとまばらに現れていて、結構神々しい。


 鑑識眼によると、あの鼠君が僕達の能力を封じていた事象操作を貼っているらしい。


 ならば討たない理由は無い。


 何より『使命』の事もあるし、世界破滅を防がなくちゃいけないし。


 あと、仇も取らなくちゃ行けないしね。


 だから一応の気合を入れる為、僕は言った。


「このが最終目標だ……やるよ」


「……了解ユト。ガレーシャちゃんには後衛頼んで良い?」


「分かりました……存分に、仇討ちしてきて下さいね!」


 その、ガレーシャからの有難い言葉に僕達は頷き、



「有難う……じゃあ、仕事を始めようか!」


 そうして、僕達の仇討ちは始まった。



 ♦︎



 で、今はその帰り道。


 案外早く片付いちゃったね。



 ……一分も掛からなかったかな。



 本当に魔人君からも『最弱』と言われるだけはあった。


 でも、最初の古代兵器戦としては、まあまあ良かった。


 これで、やっと僕は本気を出せる。


 死力を以って、僕は古代兵器を全滅させるよ。


 そして、世界に一時の安寧をもたらしてあげる。


 それが、僕達の使命だからだ。


 そんな心構えへと至った所で、僕達は魔族街が『あった』空間を歩く。


 今度は逆走。


 第一の兵器【鼠】を倒しても、その先には何も無かったからね。


 宝も、出口も。


 だから逆走して帰ろうとしてる。


 僕達は、意外と簡単だった戦闘の感想戦を交えながら、さっき言った通り帰路についている。


 そんな時だった。


「……ん?人影?」


 足の踏み場もない瓦礫の上に、密かに揺らめく人影が見えたのだ。


 しかも、見覚えがある影。


 それは……。


「……終わったのか?」


 リアン王国第二王子、ディルッド・リッテユーロ君。


 そして。


「お久しぶりです。皆さん」


 この古代遺跡が露出した国、メイゼラビアン王国、第三王女。


 アーリ・メイゼラビアン。


 そして、後ろに構えた控えの兵達。


 ああ、ゲイボルグの時のあの子達ね。


 とにかく挨拶しておくか。


「久し振り」


 そして、横のモイラ達も「久し振り」と挨拶を飛ばす。


 途中、周りを見渡していたディルッド君が反応悪く呟いた。


「あぁ……ここで何が起こったかは知らんが、まぁ……兎に角終わったんだったら、オッケーだ。俺たちの頑張りも報われたな」



 ……この惨状について聞かないでくれるのは有難い。



 けど、ディルッド君達の頑張りって何?


「……報われたって?」


 とりあえず聞いてみた。


 すると、代わりなのかアーリの方が答えた。


「ユト様方が去った時、古代兵器破壊の邪魔をしてはいけない、とあの巨大な扉の部屋を我々が守って居たんですよ……」


「ですが随分待っても帰って来ないので、様子見をしに来たら……という事です」


 途端、ディルッド君の顔が少し赤らむ。


 ……あれ、もしかして君主導で、様子見を打って出たのかな?


 とか思っている内に。


「……まあ、そんな所だ。とにかく疲れただろう……来い、もてなしてやる」


 ディルッド君の方から先にデレてくれた。


 ……以前、あんなにガンを飛ばしていたクソガキが、よくもまあこんなに……。


 案外、根は優しいのかな。


 そして、ディルッド君はそのまま踵を返し、手招きしながら兵達と共に背中を預けた。



 ……付いて来いって事ね。



「創造神様もどうぞ……お気に召したらですが」


 次に、残ったアーリからモイラへと飛ばされる、謙虚な言葉。


 しかも創造神って……。


 そんなの、僕しか使わない冗談だと思ってたよ。


 瞬間、モイラは少し笑いながら、


「創造神じゃなくて、モイラで良いよ。だからモイラさんにも、アーリちゃんって呼ばせてね」


 まあ、やっぱり気にくわないよね。


 モイラって馬鹿だから、敬語とかにぎこちなさを感じちゃうんだよね。


 すると、アーリは少し頰を赤らめながら、


「え、あ……はい。分かりましたモイラ様。では……」


 そう言いながらディルッド君の背中を追っていったアーリ。


 返答を聞かず『モイラ様』で定着させる、言い返しだね。


 だが、本人は気にくわないようで。


「モイラ、で良いのに……」


 頰を膨らませながら、仕方なく王族組を追っていった。


 残ったのは、僕とガレーシャ。


 少しずつ遠くなって行く皆の背中を見て、僕は言う。


「……行こうか」


「ですね。やっと帰れますよ……」


 と、疲れ顔のガレーシャを引き連れながら、瓦礫を踏んでいく。


「あ、そうだ」


「どうしたんですか?」


 足を崩しそうな足場の中、僕は『ある事』を思い出す。


「ちょっと先行くね」


「……?」


 疑問の表情を浮かべるガレーシャを背に、僕は跳ぶ。


 向かう所は、ディルッド君の所。


 そんな所に向かって何をするかと言うと……。



 そう『後ろからぶん殴る』だ。



「いたぁッ!?」


 呻きを上げるディルッド君。


 痛みに悶えるディルッド君の顔色を拝みながら、僕は笑いながら返した。


「ははは。僕を弄った仕返しだ」


「ハァ!?」


 王族の怒りの声と、それをいなす僕。


 和気藹々?とした空気の中で、僕達は古代遺跡を後にした。

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