第三十三話『鉄拳制裁、岩石破壊』

 

 ……僕達は昨日ぶりの六十階にいる。


 眠そうなガレーシャを起こし、寝ていたモイラを叩き起こして、僕達は昨日未探索のままほっぽり出した六十階今はいる……筈なんだけど。


「……六十階なんだよね……ここ」


 僕はその光景に困惑した。


 僕の目に映るのは、苔むした岩壁、綺麗な清流、天井岩の割れ目から刺す日光が光る、緑の配色が多い古代遺跡の様な場所だ。



 ……今までの感じだと普通の風景だと思えなくも無いんだけど、それは、昨日の六十階の風景を入れずに言った場合。



 昨日の六十階の風景を知っていると、今の六十階の光景は……異質だ。


 それを見てモイラは驚いた。


「昨日は地下シェルターみたいな所だったのに、こんな遺跡みたいになっちゃって……」


「まあここも古代遺跡の中だから、こう言った空間があっても何ら文句無いけど……やっぱり、おかしいよね」


「空間が空間ごと切り替わるって、そんな事有り得ないです……」


 魔法や事象操作に長けたガレーシャでさえもそう驚いているところから、やっぱりこの現象は珍しいんだろう。

 

 ……説明すると、昨日僕達が来た六十階の風景が地下シェルターの様な空間だったのに対し、今僕達の目の前にある六十階の風景は、昨日とは全く違った、遺跡の様な空間だったから驚いている、という所。


 これはおかしい。実におかしい。



 ……時間を掛けて徐々に切り替わるのは分かる……けど、たった一晩で空間全てが変わるのは、有り得ない。



 そんな感情で僕が遺跡内を見渡している時に、あるものが目に止まった。


(……ん?)


 そこにあったのは、自然で発生する魔力とは全く別の、黒い魔力の残穢だった。


 かなり薄いが、分かる。


 穢れ切り、周囲の魔力を切り裂き続け、寄せ付けることない孤独な魔力と言うことが。


 周囲と混同せずして、他の魔力を蹴落とす様な汚い魔力が、そこにある。


 ……あれは自然からなる魔力じゃ無い。


 つまり、人から成った魔力だ。しかも魔族の。


 僕は目の色を変えて言った。


「……誰かの手が入ってる。微かに、穢れた魔力が漂ってるよ」


「魔族って、事ですか……?」


「そういう事みたい」


 僕がこんな薄すぎる魔力を見つけられたのは、本当に運が良かったかもね。


 まあ、僕の魔力感知能力が高かったのもあるけど、それでも人為的に、この魔力の残穢は隠されてた。


 この魔力の主はかなりの手練れだ。


 ……恐らく、この魔力の主が古代魔法か何かの未知の魔法を使って、この空間を一晩で塗り替えたんだろう。


 その際に出る魔力をこの主は最小限に抑え、更に隠蔽していた。普通なら、この空間全体に魔力が蔓延るのに対し、これはほんの一部の漏れに過ぎない。


 ……相当な手練れだよ。こんな大魔法を瞬時に、しかも魔力を殆ど漏らさずに発動したんだから。


「やっとの、人だね」

 モイラは安堵した様に呟いた。


 ……五十一階から六十階に来て初めての、人との間接的接触だ。安堵したくもなる。


 僕は声を多少強張らせて言った。


「……気を引き締めていこう。罠も当然あるだろうから、引っかからないように」


「……了解」


 そして、僕達は歩み出す。



 ♦︎



 僕達は、気の赴くままに探索した。


 時にはモイラやガレーシャにも先頭を任せてみたけど……結果は無残なものだった。



 ーーガチャ。



「……え?」


 モイラが足を踏み出した瞬間に鳴った、何かが作動する音。


 この音は聞き覚えがある。


 瞬間。背後から聞こえる、転倒音と揺れ動く地面。


 僕らは咄嗟に後ろを向いた……恐る恐る。


「うわ〜……」


 僕は引いた。


 そこにあるのは、通路を塞ぐ様なほど巨大な岩石。


 ……それがこっちにドコドコと音を立てて向かってきている。


「……逃げろ!」


 僕は咄嗟に叫んだ。



 そして、走った。



「なんで罠押しちゃったんですか!?」


「気を付けろって言ったばっかりだよね!」

 僕達は、岩石に追われつつモイラへ言葉責め。本当にあり得ない行為だからね。


 だが当の本人はヘラヘラと、


「あはは、ごっめーん」


 と、悪びれる事すらなかった。


 うっぜぇ……。


 なので僕や八つ当たり気味に言った。


「轢かれてしまえ!」


 ……そして僕達は角を曲がる。


 だが。


「まだ追ってくるんですか!?しつこい岩石さんですね!」


 岩石の猛進は、角という障害など意に介さない様だ。


 このままではまずい。いずれ轢かれるんじゃないか。



 ……なので僕は強硬策を取ったよ。



「……ちっ」


 舌打ちしながら、僕は止まる。


 目の前には、猛進する岩石。


 僕は拳を構え、突きの体制を作った。



 ……止まらない岩石。それなら。


「ユトさん、何をーーーー」


 ーー破壊してしまえばいい。


「……」


 僕はガレーシャの声など無視して拳を衝く。


 虚空を割くその突きは、いずれ莫大な破壊力を以って。



 バガァッ。



 ーーー爆音を有し、猛進する岩石を粉砕する。



「はあ。最初からこうすれば良かったね」


 僕は、サイコロステーキの様に粉砕され切った岩石を横目に、そう呟いた。


 あの岩石は決して小さくなかった。


 僕の身体数百個分には大きかっただろう。けど……。



 ーーー僕という障害の前では、ただ虚しく散る石っころと化す。



 手は全く痛まない。やっぱり弱かったね、あの石っころは。


 僕が手をニギニギしている時に、ガレーシャが詰まった息を吐き出しながら呟いた。


「……もう驚きはしませんけど、流石に凄いですね」


「そう?私達の界隈では、これが普通だよ?」


「どんな超人界隈ですか……それ」


 背後でガレーシャ達が漫才を繰り広げているが、僕は気にせず言う。


「はい次行くよー」

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