音声記録3-2:『あんたにどこまで話すべき……』

 あんたにどこまで話すべきだろうな、黒斧さん。

 どう説明したって、頭の狂った話にしかならねえんだが。しかし――そうか、あんたは当局に情報屋を飼ってるんだっけな。それに俺とおんなじ盗伐者とうばつしゃも山ほど。

 ニュースで言ってたよ。樹はあんたの縄張りを中心に、どんどん周辺にむかって枯死しつづけてると。死滅の中心にはあの親樹があって、しかも鋸で伐り倒されてる。盗伐者がまず疑われて当然だし、だから俺はこうやって、おかしな幽霊チャンネルごしに伝言してるわけだが――俺のかわりに、あんたが当局から締め上げを喰らってるかもしれねえのか。

 だったら、最初からみんな話したほうがよさそうだな。あんたが情報屋に、この話を伝えられるように。あんたの噂はいろいろ聞いてるし、自分の身の安全のためにも嘘は言わねえよ。でも、どうしても信じられんというなら俺の正気を疑って、あとはもうほっといてくれ。

 で――最初にはっきりさせておくことがある。

 勘違いしないでほしいんだがな、黒斧さん。俺はあんたを恨んだことはないよ。

 むしろ感謝してたぐらいだ。10標準年サイクル前、バー・ノーウェアで仕掛けられた賭けが、あんたの舎弟のイカサマだってのはとっくにお見通しとしても、俺はあんたを憎んだりはしなかった。

 そもそも路銀が尽きていたしな。あのとき借金を作らなくても、いずれどこぞの宙峡ギャップ施設に労働者としてぶちこまれる運命だったんだ。それが蹴こまれて乗った航宙機から、はじめてあんたの惑星ほしを眺めた日には、まるでリゾート星系に連れてこられたような心地がしたもんさ。

 惑星ぜんぶを覆うあの鬱陶しい薄雲さえなけりゃ、上等の緑のトルコ玉みたいに見えただろうぜ――俺はあっちこっちで伐採してきたが、星全体が植物に覆われてる惑星なんてのは初めてだった。だがそれよりずっと興奮したのはさ、あんたにあの樹の板きれを見せられたときだったよ。

 俺も最初は合成だと信じた。それも不遇な天才芸術家の、最後の一作みたいなやつ。色は大理石めいた純白で、手触りは人肌みたいに滑らかで温かい。電子デジパッドより薄い端材だったのに、ちょっと傾けただけで目眩しそうに蠱惑的に杢目もくめが波打つんだ。

 密航船の死にかけの照明の下でも、そいつが尋常の材じゃないのはすぐわかったよ。まるで古代の女神の銀髪が、朝日に燃えたつみたいに艶めいてさ。あんたの細かい説明なんざ俺にはぜんぜん不要だった。そいつがどれだけの値打ちもんか、この俺が気づかねえはずがねえ。あの樹に比べりゃ、今まで俺が伐採してきた樹々なんか、錆びた銅板同然に思えたもんだ……。

 だからあんたにこまごま指図されなくても、俺は喜んで仕事に励んだ。まずあの樹に関するあらゆる情報を集めて回った。

 あれが42年前に発見された、未分類の指定保護種だってこと。惑星ほしでも生えてる地域はかぎられてて、温帯多雨林に囲まれた、あの植民町コロニー付近だけに散在してるってこと。花は地球原産の月桂樹に少しだけ似てる。遺伝情報には地球由来のものと、在来の原星生物のものが混ざりあってるって話も。

 いつも陰気に湿ってた雨がちな森のなかでも、どんな場所を好むのかを俺は実地で歩いて学んだ。もともと星外輸出用の偽楓フォープルをとる伐採地だ。運搬車両用の林道とかシャトルの発着閑地はあちこちにあったが、なにせ人口300万以下の惑星だからな。森は広大で、暗く閉ざされてた。あんたも一度はあの森に入って、俺たち盗伐者の苦労を思い知るべきだ。

 樹高40メートルの樹林は、バルカン27の地底墓地も顔負けの迷宮だ。腐って倒れた大木は、足を突っ込めば感染症の危険がある死の罠になる。1日21時間のうち、16時間は夜と同じで暗すぎて作業できやしねえ。露を吸って、樹でも岩でも一晩で覆いつくす胸くそ悪い苔やシダ。うっかりめくりでもすりゃあ、獣や人間の頭蓋骨から多足類ムカデが這い出すのを見ちまったりしてな。

 踏めば臭い水のしみだす腐葉土に滑りながら歩いて回って、俺はようやく狭い谷間に最初の一本を見つけたよ。伐るには細すぎる若木の群生は、わりに見かけたんだがな。高値のつく大木を見つけるのは他の樹種より骨だった。

 ありゃあ、惚れぼれするような大木だったなあ――幹周りは4メートル越え。かなり危険な急斜面に、ななめに地面を突き破ってた。足場が悪くったって俺は仲間と上手いこと伐ってみせたぜ。幹は巨人の腕もどきに二カ所に強い屈曲があったが、太い枝分かれはてっぺんちかくで五方向に分岐するだけ。出だしの一本として言うことなかった。それにあの杢目が浮いてきたからには、な。

 波打って渦巻く銀髪模様シルバーブロンド。最初の伐採まで知らなかったよ――鋸を入れてすぐのときは、あれは暖かなクリーム色をしてるんだ。じわじわ滲みでる樹液が流れきって、洗うとあの蒼いほど清らかな白に変わってく。

 そこから先はあんたもご存知、何年も俺は夢中で伐採したよ。良い日々だったぜ。本気で危ねえのは森林保護管レンジャーのパトロールだけだ。それも人手不足に不満たらたらの連中は任務をサボりがちときてる。盗伐者には天国だった――少なくとも、俺にとっては。あるとき場末の飲み屋で、腹の立つ噂を耳にするまではな。

 たぶん、早耳のあんたも聞いてたはずだ。地元民のひょろいガキが、それまでの最高値をつけてあの材を売り抜けたって。そいつが伐採してきたのは、千本の中の一本だった。稀少宝石なみの値がついた、女神の巻き毛の波打つ杢目。

 地元民たってド素人だぜ。信じなかったよ、最初はな。三歳児とかわらん不良のガキに、樹の善し悪しは見抜けねえ。だが鼻で笑って二月、三月。伐採者の名はそのときどきだったが、似た噂がぼつぼつ続けて流れてちゃあ俺も無視できなくなった。

 次に噂を聞いたとき、俺は仲買人ところへ押しかけたよ。材を見て度肝を抜かれたね――悔しくてその晩は眠れなかった。そいつはな、俺が見つけるはずの杢目だった。千本に一本現れる奇跡みたいな杢目が、この俺こそが伐採するはずだったお宝が、すでに製材されてそこに積んであったんだからな。

 復讐心で燃えあがって、すぐに売り手を探したよ。やつらはあぶく銭をバラ撒いてたから見つけ出すのは楽だった。みんな地元民か同じ盗伐仲間。はじめ連中は唾飛ばして自分の手柄を自慢しやがったが、しまいには俺にびびってあっさり吐いたよ。実は盗んだものだったとね。誰か他人が伐り倒した大木を、やつらは森で偶然みつけてネコババしただけだったんだ。

 そんな美味い話があるか? 俺だってそりゃ疑ったさ。でもそれが真実だった。皆が同じ話をしたんだ。伐採者は別にいて、そいつはせっかく伐った極上の樹を盗まれるまま放置したらしい。

 なんだってそいつは、そんな馬鹿なまねをする?

 俺の怒りは急速に冷えて、逆に好奇心がわいたよ。見知らぬ腕利きの伐採者が、ただのラッキーな素人じゃなく、俺と同類の仕事人だとわかったもんでね。

 あんたなら認めると思うが、俺は仕事に関しちゃ誇り高い。自分の技を磨くためなら、ちゃあんと謙虚にもなれるんだ。話を聞きたいと思ってさ――その一匹狼らしい謎の男を探すのに骨折ったよ。ようやく目星をつけたとき、相手は森林保護官にとっ捕まって三年の刑期を喰らってたがな。

 俺は待った。そいつが出てくるのを。釈放日時を調べて、刑務所の出口の外で待ち伏せまでしてな。

 だいたい天然木の伐採者ってのは、見た目にもタフを気取るからわかりやすい。だがそいつは法則から外れてて、危うく捕まえ損ねるとこだったよ。

 背は高くもなく低くもなし。痩せっぽちで髪は白髪まじり。堅気の貧乏会計士みたいな、しみったれた爺さんだった。爺さんといったが80前か、平均寿命のろくでもない星出身だったら50代だったかもな。皺くちゃなカーキ色のコートにくるまって猫背でとぼとぼ歩いてた。

 六キロ先の植民町へ歩きで戻ろうとしてたんで、俺はそいつを呼び止めたよ。土産の蒸留酒瓶を振ってみせても、男は無言で避けようとしてな。だから今度は、あの樹の切れ端を目の前にかざしてやったのさ。

 足を止めたあいつに、俺はこう言ってみた。

「あんた、まだやる気なんだろう?」

 何をとは言わなかった。相手もわかってる。

「俺はあんたの同類だ。樹に取り憑かれてる、そうだろ?」

 じっと見てくるそいつに、俺は如才なく提案したよ。

「なあ、俺と組んで仕事しないか。あんたは良木の見つけ方を知ってるみたいだから。かわりに俺はあんたに役人どもの裏のかき方を教えてやる。一度目をつけられると、やつらは小うるさいぞ。材を売るツテがねえってんなら、安牌な仲買人も紹介してやるし」

 俺としちゃ相当な敬意でもって、いい話を持ちかけたつもりだった。だけど相手は無言でな。仕方ないんで俺は喋ったよ。騙すつもりはないとか、分け前の概算とかを。

 それでもやつは無言だった。喋りつくしたら俺も黙るさ。気味悪いなと思いはじめたのは、気まずい沈黙が流れても野郎が彫像じみた静止を崩さなかったせいだった。

 あの嫌な刑務所のまわりも、鬱蒼とした樹林でな。空は永遠の薄曇り、光は冷たい灰色だ。肌寒くて、うっすら霧も漂ってて――あの森は、理由は知らんが動物の数がやけに少ないんだ。真っ昼間でも小鳥や虫が鳴く声ひとつ聞こえない。

 ひょっとすると三年のムショ暮らしで、頭をやられちまったのかもしれん。俺はまた後で仕切り直そうと思って、ほとんどきびすを返しかけたよ。

 そのときだ。あいつがぼそっと呟いた。

「……きみは見たのか?」

 虚ろな表情で、両目は俺を見てるのか見てないのかわからん具合にぼんやりしてた。俺が理解できずにかぶりを振ると、案外しっかりした声でまた言った。

「彼女を見たか? きみは彼女を解放してやったのか?」

「彼女? 誰のことだよ、爺さん――」

「樹に取り憑かれている。そう言っただろう」

「ああ、まあ、言ったな」

「まだ、彼女を見つけてはいないんだな……」

 完全に意味不明。野郎は勝手に納得して、勝手に打ちひしがれたみたいだった。

 悪魔も思わず気にしちまうくらい、死にそうなようすで顔を覆ってな。そのまま泣き出すかと思ったが、ため息を吐いただけだった。

 なんだかよくわからんが、話を聞くチャンスだとは思ったよ。それで俺はあいつを浮揚二輪フローターに乗せ、町で酒と飯をおごることにしたのさ。

 ――野郎が始終、亡霊じみた顔をしてたのも無理はねえ。

 埃っぽい場末の酒場の片隅で、ヤニに汚れた黄色ダイオードのチラつきに悩まされながら、俺はあの話を聞いたんだ。

 正気でいるなんて、どだい無理だよ――そのときは、いかれちまった哀れなジジイと馬鹿にしただけだったが。俺ももう、そうは思ってない。

 あんただってあの森で、あの親樹を見てりゃ納得するさ。たとえ相手が人の姿を捨ててたとしても、恋人の身体を鋸切りで血を浴びながら少しずつ切ってくなんて。

 まともな人間の精神であんた、耐えられると思うかい?

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