3.大樹の骸

音声記録3-1:『ああ、よし、繋いでくれ……』

 ――ああ、よし、繋いでくれ。繋がったか? よし……。

 本当に、連中はこのチャンネルを連絡用に使ってるんだな? 一方向通信じゃあ、実際伝わったかどうかわからねえが、返事をされても困るしな。それに何もやらんで逃げるよりはマシだろう。

 ――俺だ。名乗らなくてもわかるだろ、黒斧くろおのさん。

 あんたの縄張りの、あの樹の群集が全滅したと星間ステラーニュースで聞いたんで、この伝言を残す。今頃あんたは、俺が毒でも撒いたんじゃねえかとさぞ怒り心頭してるだろうが、いいか、地球テラに懸けて誓う。それは絶対に、俺のせいじゃねえ。

 あんたは俺を知ってる――直接会ったことはなくても、子分から俺について聞いてるはずだ。俺のほうも知ってるんだぜ、あんたが手下どもを使って自分の操る伐採者を、出身宙域から家族の状況、財布の中身のホコリの量まで調べさせてるって話をな。

 べつに責めてるわけじゃねえ。むしろ感心しているよ。だからこそ、あんたはこの業界で長年無傷でやってけてるんだってね。天然資源管理官も、何人か買収してるって噂も聞いてる……。

 ともかく、あんたは俺を知ってる。だったらわかるはずだよな。この俺が、あれだけみごとな杢目もくめを持つ木々を――まだ存分に稼げたはずの大事な金脈を、自分で駄目にするはずがないってことをだ。

 俺が姿をくらましたのは、ぜんぜん別の理由による。あんたに挨拶もなく星系を出たのは、わけを話したところで向けられるのは、拳か銃口に決まってたからだ。

 異常者あつかいならまだいいほうだよ。俺が嫌だったのは――恐ろしかったのは、返済を逃れたくて嘘をついていると誤解されることだった。そして無理にあの森へ、残りの材木をりにやられることだった……。

 借りた機材はぜんぶ、俺のねぐらだった倉庫にそのまま残してある。

 鍵は連絡係のポケットだ。もう見つかってるはずだよな? 見当たらんのなら、扉をこじ開けりゃいいだけの話だ。もちろん俺は燃料一滴だって盗んじゃいないぜ。もし備品が足りなかったとしたら、囓ったネズミが別にいるよ。まずは連絡係を疑うんだな。

 借りについては、自分で言ったとおりわかってる。綺麗さっぱり精算するには、多少本数が足りてないよな。だけどあの樹種が消えたんなら、今までに俺が納品したあんたの手持ちの木材は、値がかなり跳ねてるはずだ。

 こっちの計算だと、それでじゅうぶん帳消しになってる。中央星域セントラルの金持ち連中にふっかけて、いくらでも末尾のゼロを増やしてやればいいさ。買い渋りはしないだろうよ。あれは節目や虫食い痕ですら、まじないめいて美しい、人を惑わす杢目もくめを抱いた材だったからな……。

 なんにも知らずにあの木材を、操作卓コンソールや楽器の化粧材に使って愛でるだろう連中を考えると、ゾッとするよ。俺がそう言うと、あんたらには妙に聞こえるだろう。俺はあの樹種にのめりこんでた。恋してたといってもいい。それは事実だから。

 だがそれも、あの杢目が持つ妖しい美が、何に由来するかを知るまでの話だった。

 知ったらもう、それ以外のなんにも見えなくなっちまった。惑星を出て何日にもなるってのに、まだ臭いが染みついてる気がする。気味悪くて、何度も身体を洗わずにはいられねえんだよ。

 あれにのこを入れたとき、あたりを真っ赤に染めるくらい溢れかえった樹液。悶えるみたいに、樹幹は官能的にねじくれてた。着飾ってるのか腐りつつあるのか、全身にまとわりつかせた緑の苔。垂れ苔。まるで死に装束か、花嫁衣装みたいに引きずってよ……。

 そいつをぜんぶ、あいつは剥がしていったんだ。鮮血の色をした樹液を頭っから、かぶりながらな……。

 あの森の心臓部で、巨樹の樹皮を引き剥いていったその奥に、俺が見たと思ったものは――本当はイカレた錯覚だったのか。本音を言うなら、よくわからねえよ。だが恋人だと言っていたよ、あいつは。たしかに自分の恋人だとな……。

 親樹を殺したから、あの森は全滅したんだ。根っこでぜんぶ繋がってたんだろう? 思い出したくもねえし、理解したくもねえが、それだけは断言する。そして、それをやったのは俺じゃなかった。

 ったのは、俺じゃなかったよ。

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