来たるべき講和交渉のための対話
「ヴァーシャが単機で封印区画に入った。こちらに向かっている」
「くるか」
「ヴァーシャはコウと話したいんだと思う。だからブルーを逃し、ミュラーさんに止めを刺さなかった。そんな気がする」
「……俺もそう思う。何が狙いかはわからないが」
コウは思考を巡らす。
「俺は奴と話せばいいのか。問答無用で殺し合えばいいのか。アシアのエメ。どうすればいい? いや、どう思うかだけでも教えてくれ」
「……私は話してもいいと思う。いった通り、あなたと敵対したくないからあえて殺さない選択肢をした。そして……変な話だけど、あなたたちは気が合うかもしれないと思うの」
「気が合うかどうかはわからないが…… 俺がEXの構築技士にならなかったらヴァーシャがそうなっていたぐらいだろ? 何かはあるんだろうな」
コウにはわからなかった。戦争だ。殺しもすれば殺されもする。
だが敵はどうやら人質を取ったり、コウの知人を殺して回るような戦術は避けている。
敵の作戦であろうことはわかる。違和感を強く覚える。
「では私からも助言しよう。私も話をするべきだと思う。これは戦術では無く、戦略の面で」
「師匠!」
エメのなかに眠る師匠の意識が表層に出てきたのだ。
「君はこの戦争をどうしたい?」
「どうしたいって…… 撃退して早く終わらせたい」
「敵がマーダーならお互い殲滅戦だ。だが、相手は人間の肉体を有し、人間の社会を構成している組織、軍隊だ。殲滅戦にする必要はないのだよ」
「というと?」
「会話をすることによって、後日の停戦処理。願わくは講和まで持ち込みたいところだね。講和に応じる相手とも思えないが…… 状況によってはありうるのだよ」
「状況?」
「戦争には何事も勝利条件がある。我々はアシアや要塞エリアの防衛であり、メガレウスの撃破。敵の勝利条件は我々の制圧だ。そして……指揮官や要人の生死も判断材料になる」
「要人といっても……」
「我々の場合は君。そしてジェニーかバリー、場合によっては今やエメも入る。敵はヴァーシャかストーンズの半神半人になるだろう。勝利するにしても敗北するにしても、重要になる要素だ」
「.……」
コウは悩んだ。戦略的勝利条件を深く考えたことがなかった。
「その時君とヴァーシャが会話できる関係になっているなら、交渉もありえるだろうさ。そのための戦略的な駆け引きができる環境を作っておく必要がある。我々は弱い。だからこそ手札は多いほうがいい。ブタにしかならなくてもハイカードを忘れるな。2よりもエースとキングだ」
「交渉なんて俺に出来るだろうか?」
「戦略的な、来たるべき講和交渉のための対話。勝敗なんてのは結果にすぎない。そうほうが妥協できる着地点の模索。要求が苛烈になれば決裂すがね」
「着地点の模索、か……」
「そうとも。講和を成し遂げるのは粘り強い交渉だ」
「上手くやれるか不安なんだよ」
「交渉は苦手か。それともエメにさせるかい?」
師匠は意地悪く笑った。
「俺がやる」
もうこれ以上エメに頼るわけにはいけない。師匠は思う。頼らせるわけにもいかない。そう。これはコウのためでもあるのだ。
「そうだろうとも。なあに、安心したまえ。背後には私がいる。アシアのエメもね」
今度は余裕に満ちた笑みを浮かべる師匠。
「難しく考える必要はない。雑談だよ。構築など君たちには共通の話題だってあるさ。営業だってまず雑談から入る。そこはフユキに教えを請うべきだったな」
「地球時の会社にいた営業さんも、本題から入ることはまずしないって言ってたよ」
「そうだろうとも。結果しかみてないからがっついているように思うのさ。君も実務で学びたまえ」
「師匠は相変わらずスパルタだな」
「アストライアほどじゃないと思うがね。君は体で覚えたほうが早いさ」
「返す言葉もない」
「がんばりたまえ。我々がついているよ」
意識がアシアのエメに戻る。
「コウ……」
「心配するな。ここを動かないし、会話も考えるよ」
ブルーもミュラーも心配だ。ただ、ここを動くことはない。ヴァーシャは間違いなく向かってきている。
何よりエメに交渉させるわけにはいかない。相手の目的が自分なら、なおさらだ。
今は自分の役割を全うするのみ、と言い聞かせるのが精一杯だった。
「防衛線、コルバスが二機のみ強行突破。ポイントE地点のビル群の屋上を跳躍し移動している」
「封印区画へのルートだな」
「鷹羽さんと千葉さんが迎撃に出ました。約五分後で交戦となる模様」
「難敵だからあの二人なら大丈夫だろう。ヴァーシャが可変機となると…… バルドと別の構築技士か」
兵衛と結月が勝てないなら自分でも厳しいだろう。機体もラニウスCと同様の性能を持つアクシピターだ。
コルバスは確かに強敵だが剣術機という制約もある。剣術であの二人にそう勝てる奴はいない。
射撃武器メインで戦うものは、相当工夫しないと機体性能を活かすことは難しい。
「コウ。来る」
「ああ」
最初アシアを助け出した時はバルドが待ち構えていた。
今は自分が待つ側だ。
バルドのときと形状こそ違うが大部屋だ。この部屋だけで数キロはある。
ダンジョンのボスの忍耐力は凄いな、とコウはおかしなことを考えている。
みずからが手を出さず、迷宮の奥底で待つ。訪問者がきたら饒舌になるはずだと思ってしまうのだ。
扉がスライドし、ヴァーシャのボガティーリが現れた。
武器は手に携えているが、構えてはいない。
「意外だな。どうやら会話をする用意があるらしい。お初にお目にかかる、アシアの騎士コウ。私の名はヴァーシャ」
「コウだ。アシアの騎士、か。否定はしない。会話の準備はあなたの布石を読み取ることができた、ということかな」
通信を繋げる。隠す意味もないからだ。
「話が早くて助かるよ。――アシア。聞いているのだろう? 二人だけで会話をしたい。どうにかできるだろう」
アシアがコウのすぐ後ろにいるとは思わず、ヴァーシャは呼びかける。
封印区画最深部が不思議な磁場に包まれた。
「一切の通信を遮断。MCSの記録機能も停止か。よくわかっているな。君も承諾済みということか」
「そういうことだ。俺は二枚舌や腹芸は苦手でね。――もっともその機体にも興味はあるが」
「こちらもだ。最初期のラニウスを改装し続ける理由。聞きたいものだ。だが、その前に私の誤解でも解くとしよう」
「誤解? アシアのために動いているのは知っているぞ」
「ほう」
ヴァーシャが薄く笑った。
「ますます話が早い。そして君が欲しくなった。では少し話しをしよう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「鷹羽と同型機が現れました!」
コルバスに乗っていたバルドがカストルに伝える。
ビルの屋上を飛び移って移動中だ。敵がいても狙撃機だ。簡単に切り伏せることができた。
「鷹羽は任せたぞ」
「はい!」
バルドのコルバスの目の前に鷹羽兵衛のアクシピターが現れる。
彼らより高いビルの上にはカストルと千葉結月のアクシピターが対峙していた。
「バルド君。軌道エレベーター以来だなァ。腕もまた上げたと見える」
「へ。てめーこそくたばってなくて良かったぜ」
「いいことを教えてやろう。上にいる同型機な。俺より強いぞ」
「ほう。ならこちらも教えておこう。上にいる機体こそ、俺の師匠さ」
「なんだと」
嫌な予感がする。だが、腕をあげたバルドに背中を見せて無傷で済むほど甘い相手ではない。
一方千葉結月もまた、戦慄を覚えていた。
相手も結月もまったく同じ中段の構え。星眼である。
剣先は常に急所を狙ってくる。
「隙がない。貴様、何者だ」
相手からの個別通信が入る。
正体不明の敵を知る意味でも応答することにした。
「貴方こそ何者よ。シルエットにそこまで馴染んだ構えを取れるというのは」
シルエットは乗り物ではあるが、動きを覚えさせることは出来る。
隙が無い構えを取れるということは、パイロットが同様の動きを取れるという証左に他ならないのだ。
「私の名はカストル。
「私は千葉結月」
お互いが名乗り合う。どこの時代小説だと思わず結月の口下が緩む。
結月の姿をみて、相手の男は若干怯んだようだった。
古代ギリシャのキトンを模した貫頭衣に、上からアボラというクロークを羽織っている。フードを深く被っているので口下しか見えない。半神半人の正装だった。
「女か」
「女ということで侮らないことね」
侮って欲しいと内心思っている。
一瞬でも気を抜けば死ぬ。そんな相手だ。
「侮らないさ」
来る。コルバスの剣先がわずかに揺れた。
「女という理由で敗北しなければ、な」
カストルは頭を振り、フードを解いた。
結月の息が止まるほどの衝撃を受けた。
その衝撃は物理敵なものとなって襲う。
コルバスの刀はアクシピターのMCSを貫き、結月の腹部、その先の座席の背面まで貫通した。
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