狙撃機対襲撃機
「私の愛機はカナリー。あなたの言うとおり
生き延びねば。コウに知らせないと。
会話でなんとか時間を引き延ばさないといけない。この通信はアシアのエメがリアルタイムで記録しているはずだ。
味方の援軍が来るとは思えないが、それでも最後まで諦めない。本来狙撃兵は優先して対処されるはずなのだ。
「カナリー。鳥の名で統一しているのだな。――いいとも。この機体はボガティーリ。君の機体と同じく
「ラニウスに興味があるのね」
「その通り! ラニウスと、それによるシルエットが進化していく工程にね! 唯一の構築技士とは是非お目にかかりたい。居場所を教えてもらえないかね」
ブルーはどうやら正解を引いたようだ。
ヴァーシャが冷徹な軍人だと思ったが、そうではなかった。興味の対象以外、どうでもいいだけ。
そして彼の興味は兵器、今はコウとラニウスにあるのだ。ブルーが彼の意図を察したことで、声が弾んでいる。
「それは無理。――私をすぐに殺さないのもそれが理由?」
「殺そうとしてすぐに殺せるかね? その機体も装甲筋肉。装甲筋肉採用機で何故ヘリカルレールガンが撃てるか、その秘密は…… リアクターを二基搭載しているな。アシアの騎士のように」
「ご明察」
そこまで見抜く、ということか。ブルーは舌を巻く。
返答してもしなくても一緒だ。無言が答えになるからだ。
ボガティーリも剣を抜いた。サーベルに似た武器だが、若干違う。ロシアの騎兵が用いたバクラノフ・シャシュカを模したものだ。
「次はその戦闘力。狙撃機がどれほどまでの運動性能を持っているか試させてもらおう」
「近距離で狙撃機が勝てるわけないじゃない。戦闘機に変形する可変機でしょ」
「この機体はいわば
「なおさら無理ね。いたいけな狙撃機に大人気ないわ」
運動性特化。機動性ではなく、運動性といった。可変機は航空機の機動力を持つかわりに運動性が弱点のはずだ。
言葉を間違えているとは思えない。
「フェアリーブルー相手だ。決して侮らんよ」
やはり油断はしてくれないようだ。
来る。ブルーも迷わずスナイパーライフルを投げ捨て、予備の武器を背面から取り出す。
ブルーのサブウエポンはAK2の銃身を短くしたカービン型だ。
ボガティーリの背面、今や三発のスラスターが同時に火を噴く。
一気に距離を詰めて斬るつもりだ。ヨアニアが特異とする戦術。地面から火花が出ている。接地しているのだ。
ブルーは左手のパイルバンカーを起動させ、自らも加速し狙い撃つ。
敵もブルーがパイルを使うとは思うまい。
即座にお互い近距離の間合いに到達する。火を噴くパイルバンカーが穿ち抜く速度のほうが早い。
直後、信じられないことが起きた。
ボガディーリが腰を落とし、ブルーの右側面に軸足を置き、身を躱したのだ。
なめらかな動きは機械駆動だけではありえない。
左腕が飛ぶ。振り抜いたサーベルはパイルバンカーを装備した左腕を斬り飛ばしたのだ。
ブルーは直感し、垂直へ移動する。
ボガディーリは地面を蹴り上げ、同じく跳躍する。逆の手にもシャシュカが握られていた。
「この!」
斬られることを覚悟で飛び込む。避けていたら死ぬ。後ろに逃げると踏んでいたヴァーシャは左手のシャシュカを振り抜く。
胴を浅く斬られたが、致命傷はまぬがれた。
カナリーはバランスを崩し地面に落下するが、なんとか片膝をつくだけで済んだ。
ボガディーリはバランスを整え着地する。
「その動きは装甲筋肉……! あり得ない。可変機は装甲筋肉に対応できないと、コウが!」
「アシアの騎士の薫陶を受けているだけはあるな。その通り。可変機は通常、装甲筋肉に対応できないのだよ。通常なら、ね」
ヴァーシャがにやりと笑った。
構築に理解を示す敵は良いものだ。
「私が学んだ軍隊格闘術システマは体幹、つまり姿勢と歩行が重要でね。装甲筋肉のおかげで無事再現できた。さすが剣術機として生まれただけはある」
コウの名を呟いたことは失策だったが、既に敵はコウの名前さえ把握している。
「カナリーもさすがラニウスの系統だ。狙撃機としての能力を確保しながらそこまでの運動性を有しているとはね。普通の機体ならば転倒していることだろう」
「それもここまでのようね」
「諦めていないのは知っているよ。君を殺すとアシアの騎士と交渉できなくなる。セリアンスロープの二人もね」
蒼白になる。彼はコウの人間関係まで調べているのだ。
「呼び出してもらえると助かるのだがね」
「否。それなら最後まで戦うわ」
「その90ミリ弾ではボガディーリの装甲は貫けない。この主砲の威力も知っているだろう?」
唇を噛む。スラスターも殺されている。両脚が生きているのが唯一の救いだ。
「ブルー!」
灰色の機体が舞い降りる。
バズヴ・カタだった。
「逃げなさい!」
「ミュラーさん!」
クルト社社長のミュラーだった。
バズヴ・カタ部隊を率いる、クルトの薫陶を受けた戦士でもある。
「ありがとう!」
ビルから飛び降り、離脱する。すぐ追いつかれるかもしれない。
「ちぃ。邪魔を! クルトの社長か! たかが
楽しみを邪魔されたヴァーシャもまた苛立ちを隠せなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
地下最深部にいるコウ。そのコックピット内の背後にいるエメから声がかかる。
「コウ…… バズヴ・カタ隊ミュラー機。生死不明です」
「ミュラーさんが? まさか……」
ミュラーとは付き合いが長い。
クルト社の社員を助け出してからの付き合いだ。クルトが不在だった中、ずっとクルト社再建に向けて頑張っていたのだ。
「コウ聞いて。手短にいくわ」
「ブルー!」
通信が途絶えていたブルーからだった。
「敵は
「装甲筋肉採用の可変機?」
可変機には装甲筋肉を使おうとするとエラーがでるのは構築技士の間では有名だ。
「疑問は後。軍隊格闘技系の剣術を使うわ。システマといっていた」
聞き覚えがない格闘術だった。
「そして狙いはEX級構築技士であるあなた。私のほかににゃん汰やアキの存在も把握している。私はわざと逃がされたと思っている。他の連中はそうでもないみたいだけど」
「俺? なんでだ」
「あなたとラニウスに強い興味があるみたい。想像以上の手練れ。私は追っ手をなんとか巻く」
「今からそ……」
「そこを動くなッ」
ブルーの声は落ち着いた、だが命令だった。
「……気持ちは嬉しい。だけどそこが落ちたら何もかも無になる。そこにいて。必ず逃げ延びてみせる」
「わかった」
一喝されても仕方ない。ブルーの言葉はもっともだ。思わず歯噛みすし、堪える。
通信が途切れた。本当に一杯一杯なのだろう。
「コウさん。私にブルーの救援に行かせてください」
バルムから通信が入る。
「しかし、敵の勢力下になっている。単機では」
「何を言っているのです。このエポナのみ、その敵支配下の戦場で動けます。ブルーを背に乗せて離脱できるのもクアトロ・シルエットのみ。つまり私しかできないのです」
「……わかった。頼んだバルム!」
「承知!」
「トルーパー2各員に告ぐ。バルムを借りる。頼んだぞ」
「了解です!」
「任せてくださいよ!」
次々とセリアンスロープから応答が入る。彼らはコウからの直接の激励に嬉しかったのだ。
エポスやクアトロワーカー。この可能性をセリアンスロープにもたらしたコウの言葉は絶大だった。
同じく前線にいるバズヴ・カタ隊からも通信が入る。
「こちらバスク・カタ隊。ミュラーさんのMCSを確保しました。意識不明の重体ですが……」
「ヴァーシャは止めを刺さなかったのか! すぐ手当を」
「はい。リアクターを破壊されたあとに蹴飛ばされてビルから突き落とされた模様です。後退し至急応急処置を施します!」
「頼んだ」
リアクターが作動しなければMCSの耐衝撃性能も停止、性能は劣悪となる。ビルから落とされてよく生きていてくれたものだと思う。
バズヴ・カタ隊にミュラーを託すしかなかった。
祈るように、コウは眼を瞑り手を組んだ。
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