真の敵

「アシア。いるかな」


 アストライアの戦闘指揮所に戻ったコウがアシアに呼びかける。


『いるわ。コウ。聞きたいことはわかっている。ストーンズについた超AIのことね』

「ああ。そいつが黒幕ってところなんだろ?」

『そういうことになるのかな。ストーンズを動かしているのは間違いなく、その超AIね。私たちの弱点さえ正確に見抜いている』

「フェンネルOSに介入できるレベルの超AIは限られるんだろ? 心当たりはあるんだろうな、って」

『普段は鈍いくせに、こういうときは鋭いのね』


 アシアが優しく微笑んだ。


「鈍いつもりはないんだけどな…… と話が逸れた。ストーンズの黒幕について、心当たりは?」

『いるにはいるね。本当に憶測だけど。それでもいいなら』

「いいよ。ギリシャ神話は詳しくはないから、あとで調べるとして。神話にちなんだ人物なんだろう?」

『そういうことね。おそらくヘパイトスか、ヘルメスか。多分、どちらか。両者とも過去の戦争で消滅していると思われたけど』

「ヘルメスは聞いたことがあるな」

『鍛冶神の名を冠したヘパイトスは兵器運用に特化した超AI。ヘルメスはその神の名の通り、調略や情報戦に特化した超AIだったわ』


 コウは若干悩み、そして口にした。


「わかった。アシア一緒に行こうか」

『何処へ?』

「リュビアのもとにだよ。彼女なら何か知っているかもしれない」

『制限がある。私も入らせて貰えない』

「五番機にさ。アシアも一緒に乗ることはできないかな? 俺と五番機だけなら入れて貰えると思う」

「その手が……! 確かに五番機にはすでに私のデータ領域が存在している。最初の私の全データは五番機経由でアストライアに送ったぐらいだから! ええ。いけるわコウ。あなたと五番機さえ入場許可がもらえるなら!」

「よし。わかった。マットに相談してみよう」


 シルエットベースへの潜入は困難だ。ならば堂々と交渉すればいい。コウもまた、リュビアに会ってみたいとも思っているのだ。

 早速コウはマットとコンタクトを取ることにした。


 翌日には貨物に乗った五番機は駐機状態。

 定期移動する貨物列車に搭載されていた。


 今から向かう場所はシルエットベース。上層部の工場区画だ。


「よくきたね、コウ!」


 出迎えはマット。

 隣にいるセリアンスロープの少女は変わっていた。トカゲのような、だがコウモリの羽が生えているのだ。


「はじめまして、か。コウ。私がリュビア。アシアの姉妹だ」

「リュビア?! 君がか! はじめまして」


 まさかリュビアがセリアンスロープになっているとは思わなかったコウは、その奇妙な姿に戸惑っていた。


「この姿か。龍人ドラコニユートだな」

「龍……! 格好いい……」


 納得し、思わず呟いてしまった。


「コウって意外と幻想生物に弱いよね」

「格好よくないか。真面目に」

「そうだろう。そうだろう」


 コウの感嘆に言葉に満足げなリュビア。


「アキとにゃん汰にいいつけちゃおうかなー」

「え? なんで?」


 隣に突如現れたアシアに、不意をつかれるコウ。


「アシア! なんでここに! 許可なしでは不可能なはずだ」

「コウの五番機は私の全データを経由してるの。そのとき私のデータ領域も作ってある。だから五番機を通じてなら私も来ることができるってわけ!」

「そんな抜け穴を作っておくとは…… おのれ」

「ふふ。私の勝ちね、リュビア!」


 勝ち誇るアシアに本気で悔しがるリュビア。


「姉妹喧嘩はおいといて。新しいクアトロはどうだ、マット」

「それが意外と難しくてね。まだお披露目には早いかな。形は見えてきた」

「期待しているよ。ギャロップ社のみんなにも伝えておこう」

「そうしてくれると助かる。といってもここから指示は出してるけどね。ところでそろそろ止めないと」

「あれはあれで楽しんでるんだ。本来の意思疎通なら1秒もかからないだろ?」


 コウが解説し、マットが納得する。

 人間を模すことを彼女たちが楽しんでいる。邪魔するのは野暮なのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「最初に謝罪しよう。コウ。アシア。私がもたらした技術でこの惑星がさらなる混乱に陥った。申し訳ない」


 丁寧な謝罪に、コウは慌てる。本来は早く助けにいかないといけなかった。彼は間に合わなかったのだ。


「待ってくれ。本来なら助けにいくべきだった。その……本体がハッキングされ解析が終わるまでにね」

「そうよ。私もコウが助けてくれなかったら同じ目に遭っていて、多分人間はとっくに滅んでいた。あなたは頑張ったわ」

「そこだ。アシアと協力し私を助けてようとしてくれている人間がいる。人間がだよ? そんな人間、そしてその仲間を脅威に追い込むのは私の生み出した技術。その事実が許せなかった私は最後の力を振り絞り、リュビアの住人を安全な場所に非難させたのち、この意識をこのセリアンスロープの肉体に落とし込んだ。もうこの肉体になれば何の力もないからな……」


 ただの人間が、超AIである彼女を助けようと決意する。

 それはリュビアにとっても奇跡のような――だからこそ、彼女は我が身を捨てこの惑星にきたのだ。その意思を持った者を殺させないために。


 一方恐るべき事実を告げるリュビアに対し混乱する二人。

 アシアは目を瞑りじっと聞いていた。


「ちょっと待ってくれ。君に教えた人物がいる? そしてリュビアの人間は滅んでいない?」

「コウ。君もよく知っているだろ? プロメテウスだ。そして人間の保護は私が最優先すべき事項。当然だ。ただ、もはや私も制御できない惑星となっている」

「何をやらかしたの、リュビア?!」

「半意識体として覚醒させたMCSと幻想生物型のシルエットを制作した。相反するマーダーとシルエットを融合させた、シルエット寄りの兵器だ…… 私が指示しなくても自律して製造され、人間を護るはずだが……」

「だが?」


 口ごもるリュビアに察するアシア。


「人間が乗らないと実力が発揮されない上、人間嫌いときている。気難しい兵器になってしまったのだ…… アベレーション・アームズはその技術の基礎段階に過ぎない」

「そんな気難しい兵器に惑星リュビアにいる人類の命運がかかっているのね……」


 若干呆れたような、困ったようなアシアだ。


「私の解析はほぼ完了寸前だったからな。目を盗んで人類のみに有用な兵器は作れなかったんだよ。彼らに未来を託し、ここにきた。全てが終わればまた戻るつもりだ」

「セリアンスロープの肉体なら処理能力はないに等しい。だから私のサポートに徹しようとしたわけ、か」

「ばれてる、か。そうだ」


 力のないリュビアを悲壮そうな瞳で見つめるアシア。

 ここに来るまでに苦渋の決断を何度もしたのは容易に想像できた。


「教えてリュビア。アベレーションコックピットシステムとアベレーション・シルエット。この二つを作ったのはあなたなの?」

「違う。そして私たちを同時制圧した黒幕の正体を話すとしよう。そのためにここにきたのだから」


 リュビアは核心を語り始めた。


「人間の思念体を小型モノリスに複写しただけのストーンズが、ここまでの戦力を持てるわけがない。そうだろ?」

「そうね。私はヘパイトスかヘルメスと予想したけど」

「そこまで絞っていたか。――ヘルメスだよ」


 リュビアがうつむいている。同じ超AIの名を挙げることは辛いのだ。


「遙か昔。開拓時代に何者かに破壊されたヘパイトスと、ソピアーの作り出した超兵器に破壊されてなお生き延びたヘルメス。現在両者は消滅したと思っていた」

「そうね。でも私も消滅したと思っていたアストライアに助けられた」

「得手不得手はあってもみんな超AIだ。何かしらの意思を残していたのだろう。とくに惑星間戦争まで生き延びたヘルメスもその一柱だ」

「ギリシャ神話でプロメテウスと並ぶトリックスター、か」


 コウもヘパイトスとヘルメスのことは一夜漬けで調べてきたのだ。


「この次元を管理していたプロメテウスと違って戦闘寄り、情報特化と工作において絶大な威力を発揮した。最大の相違は……プロメテウスが人間大好き過ぎて全超AIに喧嘩を売ることも辞さないほど。ヘルメスは情報管理に特化し、目的のためなら人類の抹殺も辞さない存在だったことね」

「クラッキング能力を怖れて惑星間戦争時代に、人間によって破壊されたのだ。人間を恨んでいる、と見ていい。もっともそんな思惑で動くようなヤツではないが」


 アシアとリュビアが二柱のトリックスターとしての性質の違いを教えてくれる。


「ストーンズを用い私たちの同時制圧を指示したのも、軍備を提供したのもヘルメスだろう。今は意識がない私の本体を乗っ取って動かしているのも、な」


 コウが驚愕のあまり固まり、言葉が荒くなる。


「その言葉が本当なら全ての元凶じゃないか!」

「……否定はできない。私は」

「そうね」


 コウが呟く。早急に対処したい敵。

 

 初めてその存在を知った、倒すべき敵の名だった。


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