スクラムジェットエンジン搭載極超音速輸送機
「にゃん汰……!」
コウが呻くように呟く。
にゃん汰の相打ち覚悟のラストショットは画像超しとはいえ肝を冷やす。
アキも不安そうに画面を見守っていた。
ユートンの加勢に安堵したが、彼女たちも決して優勢ではない。
「なんとかして俺だけでも戻れる手段があれば……」
隊長機は倒したものの、これからは持久戦だろう。
にゃん汰が補給に戻ったものの、すぐに前線に戻ることは容易に想像できた。
猛虎たちの奮闘が救いだ。
戦線は確実にP336要塞エリア周辺に移行している。
空は宇宙戦艦からの艦砲射撃で牽制され、陸路では時間がかかる。
宇宙経由で戻るとしてもアストライアはすぐ飛び立てない。
五行の二式に載せてもらうにしても、一日は必要だ。
「わかった。聞いてみる」
「エメ?」
エメが通信で呼びかけ繋がった。
画面に映った男はアベルだった。
「おや? エメ提督。どうしましたか」
この破天荒な構築技士ならなんとかしてくれそうな気がしたのだ。
「ダメもとで聞きたいのですが、一人だけ安全にP336要塞エリアに戻したいのです。出来ればシルエットごと。何か手段はないでしょうか」
「よくぞ私に聞いてくれましたね。試作プランではありますが、一つありますよ!」
アベルがにかっと笑って応えた。
驚愕するエメとコウ。
「是非お願いします!」
「ええ。できれば着艦許可を。先ほどから申請しているのですが降りないんですよね」
「え?」
エメが固まった。
視線を向けるとアキが気まずそうに目を逸らし、モニターの向こうにいるアストライアも同様に目を逸らしていた。
「ごめんなさい。AIがちょっとアンティークなものですから。すぐに許可を出しますね」
『
アストライアが裏切られた子犬のような瞳をする。エメはその抗議の視線をスルーした。
ファミリアに案内され戦闘指揮所に入ってきたアベルを出迎えるエメとコウ。
アベルは丁寧に挨拶し、コウに握手を求める。
「あなたがビッグ・ボス、このアシアにパンジャンドラムを導入した
「しまっておいたものなんだけどな。今回はよろしくお願いします」
「あなたとお会いできる日を楽しみにしておりました」
ますます興奮するアベルに、澱んだ瞳で見つめるアキ。
察したエメが遮る。
「アベルさん。先ほどのご相談なのですが」
「失礼。急ぎですね。ではこれを」
小型のメモリ媒体を渡し、エメに渡す。
エメはそのメモリデータを展開した。
そこに映し出されたのは、巨大なロケット型輸送機だった。
「これは?」
「二十世紀に存在したイギリスとフランス共同開発、超音速旅客機コンコルドをモチーフにした極超音速輸送機ハルモニアです。シルエット一機がようやくですが、お求めの能力はあると思いますよ。部品はグレイシャスクイーンにありますが、構造強度の計算が不十分でまだ製造はしておりません」
かつてコンコルド効果ともいわれ名を馳せた旅客機が存在した。燃費が悪く衝撃波問題が解決できずにいたところ、大きな事故を起こし運用が終了する。
以来21世紀半ばまでは超音速旅客機は存在しなかったのだ。
「アストライア? いけそう?」
データをアストライアに転送したエメは不安そうに尋ねる。
『見事な設計です。スクラムジェットエンジン搭載でマッハ10。上空30キロの成層圏で飛行可能な輸送機です。構造強度も若干修正すれば問題ありません。ロケットエンジンが縦列二発なのが気持ち悪いぐらいです。いけます』
アストライアに見事といわれ、鼻高々のアベルだ。かの兵器開発統括AIのお墨付きをもらったのだから。
スクラムジェットエンジンはマッハ5以上、超極音速域に高いエネルギー効率を誇る推進システム。理論値ではマッハ15まで有効だ。
「ありがとう! アベルさん!」
「どういたしまして、エメ提督」
優雅に微笑むアベル。こうみるとただの紳士だ。
『構造強度の計算、検証と補助はこちらで行いましょう。すぐに生産を開始します。グレイシャス・クィーンのファミリアと連動し部品をこちらに搬送、すぐに建造します。三時間もあれば完成できます』
「三時間ですと!」
アベルも驚いた。半日はかかると見ていたのだ。
『ここをどこだと思っているのです。機動工廠プラットホームですよ』
アストライアは平然と言った。彼女にとって即席で兵器建造は当然のことなのだ。
「さすがだ。頼んだよアストライア」
『コウ。あなたは五番機で待機してください』
「了解だ」
コウなら戦闘指揮所にいるより、五番機のMCS内のほうが休息になるだろう。
アキは別の意図に気付いたが口には出さなかった。
「アベルさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。ハルモニアの操縦はお任せください」
「え?」
驚いたエメが声を上げる。
「何を言っているのですか。私が構築したのです。自分が操縦しなければ無責任でしょう?」
「わかりました。お願いします」
ことなげもなく言い切ったアベルにアストライアとアキが止める間もなくエメが承諾した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦艦メガレウスの戦闘指揮所では、司令席にカストル。補佐席にそれぞれヴァーシャとアルベルトが座っている。
「作戦行動は順調です」
アルベルトが報告する。
「予想していた状況とはいえ、メガレウスまで出す羽目になるとはな」
苦々しく思うのは確かだ。本来なら最初の巨大マーダーのみで決着がついてもおかしくない戦力だ。
マーダーの敗北を予期していたとはいえ、R001要塞エリアも奪回された。
メタルアイリスとユリシーズは想像以上の戦力。底知れない不気味ささえある。
「アベレーション・アームズの試験も兼ねております。ちょうどよい機会でございましょう」
海岸沿いに展開している八脚型戦車と、中央に展開中のアラクネ型が映し出される。
「アベレーション・アームズと新素材、そして特殊MCS作成はリュピア最後の置き土産だ。存分に活用せんとな」
「やはりリュピアは壊滅状態で?」
「そうだ。どうなったかまったくわからん。ストーンズ勢力は脱出するのに精いっぱいだった」
「そうですか。あとはエウロパのみですな」
「エウロパはあってもなくても同じようなものだ。機械が支配するだけの、廃墟みたいなもの。リュピアとアシアを制圧し、余力があればエウロパも、といったところか」
カストルは嘆息する。
「数少ない収穫のアベレーション・アームズが有効そうで何よりだ」
「さすがカストル様の設計です。とくにアラクネ型は予想を上回る性能を確認しております」
ヴァーシャが称える。彼がサポートしたとはいえ、アラクネ型のブラックナイトとブラックウィドウはカストルの設計だ。
「あの四脚には苦戦していたな」
「あれは桁外れの性能です。確認された機数は五機もないと思われます。むしろ互角ともいえる戦いを行っているアラクネ型こそ恐るべき兵器といえるでしょう。アラクネ型は百機を超えますからね」
率直な感想だった。
エポナの性能はまだ把握しきれていないが、得意なケンタウロス型シルエットのなかでも異彩を放っている。
重要人物かエース級のシルエットであるのは間違いないといえた。
「傭兵機構からの報告でセリアンスロープ専用シルエットと聞かされた時は信じられなかったが、本当のようだ」
「現存する四脚型はあの高性能機の量産型でしょう。つまり、あの機体をアラクネ型が陵駕すれば取るに足らないものだと断言できます」
「ふむ。――あのアラクネ隊の隊長に一騎打ちをさせた結果死亡か。電子励起爆薬は予想外だったが、機体性能は十分だったな」
「仰る通りです。事実奥の手だったのでしょう。以降敵は使っておりませんゆえ。」
目の前で展開され終わったばかりのエポナとアラクネ型の戦闘。
にゃん汰の相打ち覚悟の電子励起爆薬を用いた散弾は一発しかない。観察者達には見抜かれていた。
単体の機体ポテンシャルはエポナが上だろうが、アラクネ型として運用した場合はアベレーション・アームズのほうが上だとわかっただけで収穫だ。
「八脚の運動性と安定性は群を抜いていますな」
「最初は四肢を切り落とさないと使えない代物だが、今は投薬と少々の改造で済む。人道的になったものだ」
カストルが皮肉げに笑った。自分の行いがもっとも比人道的なのは百も承知だ。ヒトではないのだから。
「今は部品に過ぎませんが、さらなる研究で投薬、ナノマシンカプセル等の最小コストでパイロットを乗せることができるでしょう。人の意思で操作できればさらなる性能向上も確実です」
「そうなって欲しいものよ。今ではマーダーに毛が生えた程度だからな」
もともと奴隷階級であるヘロットにあてがわれていた。この区分に該当するものは掃いて捨てるほどいる。アシア侵攻初期は有機肥料の研究にも使われていた。
能力が低いと判断されただけあり、あまり使い物にならないのも事実だ。
価値があったのは、準市民である自由民階級ペリオイコイの価値も一気に上がった。
市民階級ラケダイモンのなかでも戦闘能力が高いものは指揮官クラスとして高性能機を与えられている。
「防衛ドームに秘匿していた陸上戦力もP336要塞エリアに進軍しております。包囲網さえ完成すればあとはたやすく撃破できるでしょう」
「そううまくいくといいが」
アルベルトの言葉に懐疑的なカストルだ。メタルアイリスは彼の想像を超える戦力を有していた。
数多くの宇宙用戦闘鑑。電子励起爆薬。想定しなかった新兵器が次から次へと現れる。パンジャンドラムなどこちらの神経を逆なでするようなものだ。
どれだけ戦力を温存しているのか、というのは彼らも同じ思いなのだ。
「戦力的にはこちらが優位。だが防衛する敵勢力撃破には五分。数日が勝負といったな? ヴァーシャ」
「そうです。我らは戦力は十分ですが補給網が弱く、彼等にはファミリアを中心とする
アルゴフォースの欠点。それは人間と、意思を奪われた人間しかいないことだ。人型に制約されてしまうのだ。
直接戦闘も、間接射撃も、補給も、輸送も。すべて人間が操作するシルエットが中心になって行われる。
攻撃一つにしてもそうだ。間接射撃に人型を取る必要はまるでない。自走砲にヘロットを乗せても本当に号令とともに撃つ程度しかできないのだ。
そうせざるえない以上、シルエットに榴弾砲を背負わせるしかない。シルエットのMCSがヘロットの思考判断をカバーするからだ。そうすれば間接射撃とシルエット、二つの役割をこなせる。
「落とせなかったらどうなる?」
「長引くでしょうね。一か月以上、いやもっと。そこまでは読めません」
「そうか。敵もさんざん新兵器でこちらを驚かせてくれたのだ。しばらくはこちらの新兵器を味わってもらうとするか」
意趣返しとばかり、カストルが嘲笑う。
ヴァーシャが同意とばかり、無表情に頷いた。
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