電子励起爆薬

「アーテーよりシルエットのほうが上と証明されたな」


 カストルは落ち着きを取り戻した。取り乱している場合ではない。冷静に分析を行おうとしている。


 損害は凄まじい。だが、二人の構築技士はある程度予測してカストルに進言していたのだ。

 その進言をもとに事前予測は評議会に提出してある。それが幸いだった。


「アストライアは紛れもなく本物だ。あやつならアーテーの弱点もよくしっておろう。我らの奥の手も対策していたに違いない。それは想定外と断言してやる。お前たちに責任はない」

「そう仰っていただけると助かります」


 ヴァーシャも謝意を示す。他のストーンズ配下ならば即座に処刑されていてもおかしくはないのだ。


「シルエットの重要性はさらに高まった。君たちを評価した私の実績も上がるというものだ」

「半神半人内では平等なのでは?」


 アルベルトが思わず聞く。絶対平等を追求し、石にまでなったストーンズに権威の上下があるのは不思議だ。


「そんなもの建前にすぎんよ。人間の肉体を得ている以上個体差に直面する。全てが平等だといっても組織を運営する以上、個の優劣は絶対に避けられまい。まったく難儀な矛盾よ」

「明らかに劣る案には従いたくありませんからね」


 ヴァーシャも苦笑する。かつての地球で心当たりがあったのだろう。


「与えられる肉体がせめて統一出来たらまた話が変わったのだろうがな。だが、表向きは平等といっても組織は動く。では何を基準にするかといえば、実績しかあるまいよ」

「行動した結果ということですな」


 アルベルトが納得する。機会が均等であり、誰かが率いることになるなら、実績主義になるだろう。


「その通り。気にくわない肉体なら再申請すれば破棄できるのだ。個体が平等ではなくとも機会は与えられる。そして発言権を増すには徹底した実績主義になる。結果主義とは違うな。実績に対しての費用対効果と組織への貢献度といようか」

「なるほど」

「与えられる要塞エリア、防衛ドームも均一で揃えるのは無理だ。管理する人間とて優秀な人間だけとは限るまい。実績を残し効率が良いと提示せねばならん」


 半神半人たちの特異な関係性であった。アルベルトには平等であることを追求しすぎて自家中毒を起こしているようにも見える。

 だが、そのおかげで彼らは評価され、アルゴナウタイの組織に入ることもできたのだ。


「例えこの戦が負けても、一定以上の評価は得る。この結果を得なければ、ストーンズは時代遅れのマーダーを生産し続けることになっていたかもしれんからな。つまり、私の勝利条件は既に一定以上満たされた」

「ならば次は完勝ですね」

「欲張りだな、ヴァーシャ。だが、このままやられっぱなしは確かに面白くはない。期待はしているぞ」

「ありがとうございます」


 惑星間戦争時代の超兵器ともいうべきアーテーはことごとく破壊された。

 だが、最後にはマーダーの大軍団と最後のアーテーがいる。


 ヴァーシャは彼らの次の策が見たかった。マーダーなどメタルアイリスの手の内を晒すためには安い代償だ。

 その犠牲は彼が生み出した兵器群の糧となるのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「最高のガンスミスと至高のワイルドキャット、か。褒めすぎにゃ、ブルー」


 にゃん汰が苦笑するがまんざらでもないようだ。


「そんなことよりアレを説明してよ!」


 未だ天を衝く火柱を上げるアーテーに、アキが答える。

 戦闘中だが、アーテーの周囲が完全に破壊されている。


 掃討はさしたる時間もかからず、すでに完了した。


「あの場所を燃やすとああなるんですよ。アーテーのなかの金属水素が誘爆してね。MCSと違って安全装置なんてないから、リアクターが生きていて、金属水素生成炉が爆発するとああなるのです」

「アンチフォートレスライフルの威力じゃないの?」

「いくらなんでもあそこまでは無理です」

「でも! アーテーの装甲を貫ける火器とかありえないし?」

「クルトさんがあらかじめ装甲に亀裂を加えてくれたから出来たのです」


 同僚たちの疑問はもっともだ。説明することにした。


「砲弾自体は90ミリ砲弾の改良型。侵徹体が違います。電子励起爆薬を使用しています。徹甲榴弾となるのはそのおかげです」


 装薬は砲弾の推進剤であり、炸薬は砲弾に入っている燃焼効果を狙う爆薬となる。


 電子励起爆薬とは、電子励起状態になった物質を化合させて製造する新世代の火薬だ。

 地球では金属ヘリウムで研究されているが、金属水素でも同様の化合は可能。アシアの技術提供によってようやく作り出せた兵器の一つ。


「徹甲弾なら炸薬いれとくスペースないよね?」

「ええ。普通の徹甲弾ならダーツの矢状の侵徹体を使います。ですがアンチフォートレースライフルは二重の侵徹体になっていて、本命は電子励起爆薬に調合した流体金属。その流体金属が針のようになって装甲を貫通。表面温度が一定になったら爆発します」


砲弾の侵徹体は装甲に衝突した際、疑似流体状になり装甲を貫通する。この特性上、侵徹体の長さによって貫通力は決定する。タングステン合金よりタンタル合金のほうが侵徹体に適している理由は、質量があり変形しやすいからにある。

 純粋な理論上は流体金属のほうが望ましい。そして、アンチフォートレスライフルは流体金属である金属水素を侵徹体にしたのだ。


「結構凄い爆発したけど大丈夫かな」

「TNT換算で10トン分はあるでしょうね」

「90ミリ砲弾の侵徹体で10トン? どんな効率してんのよ!」

「電子励起爆薬1トンでTNT火薬比500トンですから」

「金属水素がTNT火薬で50倍だから、さらにその10倍か……」

「本来なら励起状態を維持する時間も極めて短いのですが、ウィスを注入することで維持できるのです」


 呆然と噴煙を見るセリアンスロープたち。


「装薬には本体から供給される金属水素を使っています。これで水素ガスの燃焼速度の限界値に近い数字を叩きだし、初速は10km/s。マッハ26。レールガンは上限ありませんが実用速度は初速マッハ10と軽ガス砲弾と同程度からみても破格です」


 ライトガスガンの理論値の上限も11km/s、初速はマッハ34前後と言われているのだ。

 コウのいた21世紀でも、極小の飛翔体を9km/sで飛ばすことは可能だった。だがそれはあくまで学術レベルの大規模実験の成果。兵器転用など考えられない状態だったのだ。


「励起した金属水素の爆発より、弾速が早いにゃ。爆発するより、矢が先に進んでいく状態。表面から削られて誘爆していく徹甲榴弾となってるにゃ」

「さらりととんでもないこと言わないでくれる?!」

「とくに装薬は苦労したにゃ…… 安定性や燃焼速度のシミュレーションいっぱい重ねたにゃ」


 砲弾の推進剤に使われる無煙火薬は二十一世紀の地球時代でも極端な発達はしていない。ニトロセルロースかニトロセルロースとニトログリセリンを加えたもの、三種類のニトロ基剤を加えたものが主な装薬だ。

 これは1890年代から使われており、新しい無煙火薬は21世紀まで登場しなかったことからもわかるだろう。

 2017年に入りヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンという基剤が加わったが採用例がない。この基剤でようやくTNT換算で二倍、その時代の最高効率を発揮している。


 これは砲弾に強力な装薬を詰め込めばいいというものではなく、装薬の燃焼速度や均一性の問題など、砲弾に関する安定性が重要だったのだ。

 

 惑星アシアの転移社企業はこの状況を打開するべく、二十一世紀に研究中だったレールガンと燃焼式軽ガスガンを、AIのサポートを借りて解決を図った。基礎理論はすでに構築済み。超技術的なものは不要だったことが大きい。


「そもそもなんで電磁装甲にぶつかったとき、爆発しないのよ! プラズマで誘爆しない金属水素とか怖すぎるよ!」

「電磁装甲の誘爆を防ぐために三重構造になっています。電子励起変換はウィスを使って銃本体で行います。注入する電子励起状態の金属水素の量で徹甲弾にするか、徹甲榴弾にするか選べるのです」

「変なチート武器創らないで。量産予定は?」


 皆が一斉に通信を開く。

 自分も使ってみたいセリアンスロープたちだった。


「金属水素生成炉の機体でなおかつ、装甲筋肉採用の機体でしか使えない代物です。あとこの武装自体、超高級シルエットと同じ値段なのがネックで……」

「量産無理かあ」


 通信を開いていた全員が残念そうだった。


「対戦艦の金属水素貯蔵庫狙いや要塞エリアのシェルター破壊には便利ですよ。コウが遠距離苦手ですから補うため。仕方ありません」

「またコウさんかよ! それが怖いってーの!」


 さらりと物騒なことをいうアキに、周囲のセリアンスロープは恐怖した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「任務完了」


 カナリーは緩やかに飛行する。

 対空砲を放つケーレスも全て誘爆に巻き込まれて消し飛んだ。


「ごめんね。サンダーストーム壊しちゃった」


 ブルーがコウに通信を送る。コウは苦笑しながら、首を横に振った。気にしていないようだ。

 サンダーストームで一番高い部品はカナリー。気にするわけがない。

 先ほどから妙に無言を貫いている。ブルーの名を叫んだことが恥ずかしかったのだろうか? そう思ったら微笑ましくなった。


「どうしたの? 通信機がおかしい?」


 そこへアストライアから通信が入る。

 エメだった。エメが、大きな紙を持っている。


「エメ……提督? え? ラジオのマイク入ってる…… え? 嘘! きゃあ! ごめんなさい!」


 サンダーストームの爆発時に、ラジオのマイクをオンにしてしまっていたらしい。

 慌ててマイクを切る。二度目の過ちだ。


「って、まさか! あの呟き聞かれたってこと……」


 一番恐ろしい事態。


「聞こえてた。フェアリー・ブルー」


 無慈悲にコウが答える。

 戦闘は継続中だ。


「コウ! 教えなさいよ!」

「俺の声なんかラジオで流せるかっ!」

「だから妙に無言だったのね! 覚えてなさい!」

「それは八つ当たりだ!」


 群がるマーダーを破壊しながらも、二人の言い争いを微笑ましそうに眺めるクルトと兵衛がいた。


「うぅ、誰か助けて……」


 力無いブルーの呟くもむなしく、この日からフェアリー・ブルーの名は伝説となる。

 ラジオ生放送中に一撃でアーテーを破壊した、伝説の狙撃手として。

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