フェアリー・ブルー
射程に入った瞬間、戦闘速度を上げる三機のシルエット。
数多くのマーダーを飛び越えるように起き上がり、一気に加速する。
超音速に達する速度。時速1300キロで地上を駆け抜けるとは思うまい。
加速を利用して斬撃を叩き混む。
相対速度で自機にダメージを受けかねない速度だ。タイミングは極めてシビアだが、彼らは難なくこなしていた。
そんな繊細な操作ができるパイロットなど数えるほどしかいない。
そしてこの場にいる三人は、該当するパイロットなのだ。
アクシビターがまず懐に飛び込んで荷電粒子砲を兼ねている右腕を斬り飛ばそうとする。
だが、さすがに一撃では破壊できない。ひび割れを入れるのが精一杯だった。
一度距離を取り、空中高く舞い上がる。
「コウ!」
「はい!」
コウの五番機がタイミングをずらして飛び込んできた。兵衛の狙った箇所を違わず斬りつける。
サーボモータと装甲筋肉の合わせ技が生み出す破壊力と、孤月の切れ味が重なり、巨大な腕を両断する。荷電粒子砲を兼ねた鋏は吹き飛んだ。
「次は私です!」
フラフナグズが飛び込み、その頭部を狙う。このセンサーは優秀だ。
無造作に振るうグラムは、斬撃ではなく、破砕する一撃と化す。
発光し、その切れ味はそのままに芯金であるタンタルは最も質量がある重金属の一つ。
両腕から背中まで、50本以上の装甲筋肉が限界まで振り絞られ、一気に放たれる。
繊細なセンサーである巨大な頭部は一撃で破壊された。
アーテーは狂ったように尻尾を振り回し、荷電粒子砲を発射する。
それは彼らではなく、後方を支援しているクアトロ隊だ。
何機かは巻き込まれ、大ダメージを受けていた。
「皆、まだ油断はするな。離れて!」
コウが指示する。
電磁装甲は荷電粒子砲対策も兼ねてある。そのための金属水素が生み出すプラズマなのだ。
だが、その威力はレールガンの十数倍もある。範囲も広い。
「クアトロ隊一部撤退します!」
無念そうに呟く犬耳の娘。今ので機体を溶かされた者もいた。
「皆! 援護射撃に切り替え。用意!」
にゃん汰の号令をともに、皆砲撃支援に切り替える。
距離を取れば減衰もある。
アーテーにダメージを与えられる武装を持っているのはアキとにゃん汰のみ。コウは斬った方が早い。
背面に回り込んだ兵衛のアクシピターが、狙いをつけ、左手で指定された部位を斬るが弾かれる。
もちろん予想通り。そのまま脇差しを投げ捨て、両手で刀を構え、突き刺す。
だが、それさえも弾かれた。
「さすがに硬えなぁ!」
だがわずかに傷が入った。達人の一撃は不可能を可能にする。その傷は値千金。
天空にいる、フラフナグズ。全速で剣を構え、そのわずかな傷に狙いを定める。
重力を利用した位置エネルギーも載せ、その傷にグラムを突き刺した。
衝撃で機体ごと跳ね飛ばされそうになるが、突き刺さった両手剣に捕まり、しがみつく。
「クルトさん!」
「浅かったか…… 硬いっ」
その頭部に近い背面だ。尻尾も届かない。だが、周囲のマンティス型がレールガンを一斉にクルトに向ける。
クルトは剣をますます食い込ませようとする。
「クルトさん! 離れて!」
「ダメです。ウィスを通さなければ剣など、ただの鉄塊にすぎません。このまま貫きます!」
剣が半分以上突き刺さった時、マンティス型の射撃が止まった。
アーテーの装甲筋肉から流体の金属水素があふれ出す。ケーレスは誘爆を怖れたのだ。
「く…… あと少し……」
この剣先に向こうに金属水素生成炉とリアクターがある。
「伝説によるとグラムは選定の剣。選ばれし者しか抜けなかったそうです。今は逆に、抜かれては困る……」
覚悟を決め、そのまま剣に力を込める。フラフナグズでしか出来ない力業だ。
マンティス型が強制排除を試みるべくアーテーの体を登ろうとするが、コウと兵衛がその動きを阻止する。
「クルトさん。そこまでで大丈夫です! あとは私がやります。みんな! 私が合図したら離れて!」
低空飛行で加速するサンダーストーム1がやってくる。ブルーだった。
「対艦ミサイルか!」
超音速で駆けつけたサンダーストームだが、一度急上昇し、高度を取る。対空レーザーとレールガンの集中砲火だ。
人工太陽のせいで二千メートルも上がることはできないが、十分。今度はアーテーに向かい急降下を試みる。
ワイヤー誘導式の対艦ミサイルを全弾発射する。だがそれらはレールガンの対空砲火の前には無力だった。次々と撃破されていく。
だが、ブルーは急降下を辞めない。
アーテーが左手を掲げ、ブルーに放つ。荷電粒子砲が直撃し、サンダーストームは爆発、四散した。
「ブルー!」
コウの叫びが響く――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
爆発の中、美しく鮮やかな機体が飛び出した。
がくんと機体内のMCSが大きく揺れ、ブルーの体にベルトが食い込む。
それは飛行用シルエット。サンダーストーム1のみ許された、ブルー専用の高速飛行型シルエット『カナリー』。
プラズマバリアを張り、爆風を無効化したカナリーはウィングを広げ飛行を開始する。
「籠のなかのカナリアは解き放たれた」
ブルーが呟く。
両手に構える武器は、アンチフォートレスライフル。
肩に載せて構えるように設計された、ブルー専用にフォーカスされた対物ライフルだ。
「最高のガンスミスと至高のワイルドキャットが造り上げた対要塞ライフル。アーテー。あなたに耐えられるかしら?」
不敵に笑い、構える。荷電粒子砲は連射できない。その破壊力ゆえ、充電に時間がかかるのだ。
照準の狙いが定まらない。
狙う場所は決まっている。目印はわかりやすい。グラムが突き刺さっている場所でいい。
クルトが刺し穿った急所。これなら確実に破壊できる。
「私はフェアリー・ブルー。この状況の狙撃など容易い」
彼女は呟く。これは一種の暗示。MCSの補正と勘に頼らざるえない状況。
「砲弾の選択。目標はあの大剣が穿った破砕孔。徹甲榴弾を選択」
不安定な足場すらない、限られた時間での狙撃。
「姿勢制御OK。射撃後爆風予測、回避プログラム作動。妨害対空射撃、問題無し。照準合わせ」
一つ一つ行うことを確認していく。
視えた――狙う撃つべき場所をMCSのフェンネルは示した。
「お願い。避けて!」
「総員! できるだけアーテーから離れるんだ!」
ブルーの合図とともに、フラウナグズがアーテーの背後から飛び去る。
五番機とアクシピターも同時に加速し、走り出す。
援護射撃していた各機体も逃げ出すように距離を取る。コウは、総員といったのだ。
「さようなら、破滅の女神」
ブルーが引き金を引くとともに、着弾した――位置エネルギーを利用した弾頭はさらに威力を増す。
アンチフォートレスライフルの反動に、ブルーはさらなる天空へ吹き飛ばされる。
アーテーが一気に赤熱化し、膨らんだ。大爆発が起きる。
巨大な雲が天を貫き、人類は破滅の女神を人型兵器のみで破壊するに至ったことを証明してみせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます