パンジャンドラムがやってきた

 敵陣近くに攻撃をヘリを護衛につけて、輸送ヘリが低空飛行している。

 大きな物体をぶら下げている。


「目標ポイント到達。ホイール・オブ・フォーチュン投下します」


猫型のファミリアが恭しく宣言した。

 これは裏ボスが自ら手がけた、最初の兵器という曰く付きの兵器だ。


「まだ敵の地点までかなりあるぞ」

「はい。これはそういう兵器なのです」


 物体を投下する。地面に落ちた物体は、まっすぐに走り出す。

 それはシルエットの二倍以上ある大きさだ。


 それは野太い金属の棒に、シルエットの倍はある巨大な車輪が二つ付いている、糸巻き車のような兵器だった。

 地面に設置すると、車輪にあたる部分の噴射口が火を噴き、猛スピードで直進していく。


「時間差で投下します。残り二機」

「了解だ」


 ヘリは速度を落とし、ホバリング状態に移行する。


「裏ボスの考えることは、俺にはわからん」


 犬型のファミリアは思わずぼやくほど、得体の知れない兵器だった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 

「マーダーより、映像が入ります。得体の知れない兵器が、先行しているケーレス軍団に接近――いや蹂躙しているようです」

「蹂躙とは穏やかな表現ではないな。映像映せ」


 通信兵の言葉にヴァーシャが命じる。

 アントコマンダー型から映像が届いた。

 それはまっすぐにアントワーカーの群れに突進し、踏み潰していく巨大な鋼の糸巻き車だった。

 進行方向に居るマーダーを踏み潰している。確かに蹂躙といえる光景だ。


「なんだ、あれは」


 カストルが呟く。彼の知識にはない兵器だった。

 


 まっすぐ進んでいるだけだ。横に避けたら脅威でもなんでもない。

 アントワーカー型はすぐに学習し、横歩きで得体の知れない兵器から距離を取る。

 彼らの見ている前で、巨大な車輪は補助装甲をパージした。


 車輪のサイドにあるリムに備え付けられた噴射口が姿を現し、不規則に火を吹き始める。


 ホイール・オブ・フォーチュンは不規則に動き始める。辺り構わず右往左往し、マーダーたちを踏み潰し始めた。

 高次元投射装甲を持つアントコマンダーやマンティス型が体を張って止めようとするが、跳ね飛ばされるほどの突進力。

 

「ヴァーシャ君。これはまさか……」


 アルベルトが呆然と呟く。


「ノーコメントだ」


 ヴァーシャが目を逸らすほど、直視したくない兵器のようだ。


「敵兵器の機種判明しました! パンジャンドラムです! 自走地上滑走型ロケット兵器です!」

「なんだそれは?」

 

 ヴァーシャが目を逸らして応えようとしない。

 アルベルトに目を向ける。


「かつて地球に存在した自走爆雷です。テスト時に自軍を混乱に陥れ、その脅威から一部では有名な兵器です」

「自軍を混乱? 敵軍ではないのか」

「自軍です。ほら、今映像のあれも、不規則にどこに走って行くかわからないでしょう? 多分これは改良しジャイロや追加装甲で直進、目標地点で不規則に動き回るように改良したものだと思います」


 でたらめな動きをするホイール・オブ・フォーチュンは今も蹂躙を行っている。だが……


「……ロケットを撃ったほうが早くないか」

「仰る通りです」

「地球人は何を考えて?」

「それを私に聞かれても。ですが、現状アントワーカーは対空砲としての役割が大きく、あの兵器が現在効果的といえるかわかりませんが、マーダーを攪乱しているのは間違いないようです。どのような動きをするか、設計者もわからないでしょう」

「なぜわからないんだ。あの不規則な動きはプログラムでは無いのか」

「地形やアントワーカーで動きが軌道が変更していますね。ちょっと物体に触れただけで方向が変わるんですよ、あれ。地球のオリジナルに至ってはまだジャイロセンサーもない時代の代物でして」

「……エニュオに破壊を命じろ」

「は!」


 後方に控えていたエニュオが前進し、巨大な前脚でパンジャンドラムを叩き潰すべく、振り上げる。


「しまった! まずい。あれは自走爆雷だぞ!」


 ヴァーシャが現実に返り叫んだ瞬間、エニュオの腕は振り下ろされた。

 

 大爆発が発生。火山の噴煙のような雲が上がるほどであった。


「してやられたか……」


 ヴァーシャがため息交じりに呟いた。笑えない被害だ。


「金属水素炉のシルエットに装備させて突進させれば」

「MCSは意思があります。自爆装置をつけることはできません。ウィスを切れば気化するか、大気と反応して水になるのがせいぜいです」

「甘くはないか。いっそ我が軍もマーダー前にあれを投入してみるとか?」

「あれが自軍で爆発したら、どうします?」

「……そうだな。悪かった。戯れ言だ。忘れよ」

「気持ちはわかります」


 そこに通信兵の声が響く。


「第二弾、第三弾のパンジャンドラム型、接近中!」


 三人は心底げんなりした表情を浮かべ、迫り来る車輪の映像を見つめた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 

「コウ。ホイール・オブ・フォーチュンなる兵器が投入されたぞ」


 リックが通信を寄越してきた。

 目が据わっている。怖かった。


「……」


 コウは無言だ。目を右下にやって、うつむいた。


「何故あれを作ったのかね。怒らないから言ってみなさい」

「なに作ったのよ、コウ!」


 ただならぬ様子にブルーも会話に参加する。

 リックは無言で、偵察ヘリが捉えた映像をブルーに転送する。


 ごろんごろん転がりながらアントワーカー型の群れを蹂躙する、ホイール・オブ・フォーチュンの勇姿が移っていた。


「何……これ……」


 異様な光景に絶句する。


「地球にあったパンジャンドラムという自走攻城兵器だな。不確定に動くので実際の使用はためらわれた。あまりのでたらめ具合に欺瞞作戦だったとまで言われている」

「……」


 ブルーも右に左に派手に転がりながらマーダーを轢き殺しているホイール・オブ・フォーチュンに呆れて、いや圧倒されていた。


「何故、作った」

「構築技士の練習のために、一番最初に作ったんだ、これ…… 本格的なブリコラージュ練習プログラムのチュートリアルに、輪を二つ繋げて兵器を作りましょう、って。まず三機試作した」


 既存兵器の改良ではなく、一からパーツを組み合わせるチュートリアル時に作ったのだ。

 コウが本格的なブリコラージュを始めたのは、各構築技士たちに会ってからだ。


「試作しちゃったかー」


 リックは派手にため息をついた。


「ねえ。アストライア。これ封印していたはずなんだけど?」

『大量生産開始時に倉庫のこやしになるよりはと思い、場所も取るので邪魔でしたので今朝使用しました。多少の効果はあったようですね』

「大戦果だよ。エニュオを半壊させ、アントワーカーを数十機破壊した。たった三機のアレで」

「……」

「コウ。目が死んでる」

「大戦果だ。だが、これを戦場で使われたら味方が大混乱になる。わかるね?」

「わかる。けど実はマーク2も作ってしまったんだ」


 恐るべきことを告白するコウに、リックは遠い目をした。


「……もう作ってはいけないよ。おじさんと約束だ」

「はい」

「全ての戦闘が終わったら、そうだな。ウンラン氏と三人でゆっくり話し合おうか。アポは私が取っておく」


 リックは本気だった。コウはただ頷くのみだった。

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