戦乱の惑星

「ここは天国か」


 黒瀬が感嘆した。現在アストライア内で食事を取っている。

 夕食はカツカレーだ。


「カレーハオカワリジユウデス」


 とはポン子の台詞。


「天国ですね。違いありません」


 部下の女性も頷く。


「完全個室に、シャワー付き風呂。カツカレーにサラダバー。スープか味噌汁か選択できる。もう帰りたくないですね。それに……」

「メロンソーダどうぞ、お嬢さん」


 別の女性隊員も呆然としている。狐耳の青年にメロンソーダを手渡された。かといってくっつくまでもなく、少し離れたところにいる。

 周囲にイケメンしかない。猫耳や狐耳の、だ。さりげない気配りで、すでに女性隊員たちが落とされかかっている。


 男性隊員も、女性のファミリアたちと談笑しながら食事をしている。ともに戦った戦友意識もあるが、セリアンスロープはとくに彼らに好意的だ。

 黒瀬の真正面にもエイラがいる。


「コウ様のいた時代では、男女では合コンというのがあったそうです。我らも男女に分かれて行ってみてはどうでしょうか」


 猫耳の男性ファミリアが提案する。


「賛成です! やりたいですね!」


 女性陣は即座に応じる。


「男女別、やりたいけど、こっちは男余りになるなー」

「P336要塞エリアに戻れば、セリアンスロープでよければ女性陣も集まりますよ。安心してくださいね」

「むしろセリアンスロープの人たちと仲良くなりたいっす」

「さすがコウ様の同郷の方ですね! ではお任せを!」


 どうやらコウ様というのは、彼らの信仰の対象のような日本人らしい。自分たちの好感度まであがって、深く感謝するプレイアデスの男性陣。

 猫耳ファミリアが請け負った所、制止する声がかかった。


「待て。そもそもコウ様自身は合コンなるものに参加したことがないそうだ。我らが先行してはあまりに失礼ではないか」


 別のものが懸念を表明する。変なところで知られたくない秘密を暴露されてしまうコウ。

コウ様、合コンぐらいいっておこうよ! と内心、血涙のプレイアデス男性。


「では懇親会でどうでしょうか! それにコウ様は人の集まりが苦手と仰っていましたからね。コウ様にはアキやにゃん汰もいますし」

「そういえばそうだな。問題ないか。親睦会を二手に分かれてやろうか」


 犬耳の女性ファミリアが即座に代案を提案し、意義を唱えた男も同調する。


「親睦会、絶対やりたい!」


 プレイアデスの男性陣が声をあげる。実質合コンになれば名目などどうでもいいのだった。


「黒瀬さんたちは参加ダメらしいですよ? こういう場合パートナーがいるとトラブルになりやすいって書いてました」


 と、犬耳娘が悪戯っぽく言う。


「だそうですよ。黒瀬さん。私達は食べ歩きとかどうですか? それとも親睦会にいっちゃいますか?」

「食べ歩きで! 最高です、それ! 是非二人で!」

「はい。では食べ歩きしましょうね」

 

 嬉しそうに微笑むエイラ。女神か、と思う黒瀬。やはりここは天国に違いない。

 犬耳娘の配慮に、深く感謝する黒瀬であった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 翌朝を迎えアストライア、キモン、アリステイデスの三艦で通信会議が行われている。

 リックのみ戦車のMCSから参加だ。


 P336付近の地図が映し出される。

 

「哨戒機もようやく飛ばせた。マーダーの到着は明日の昼前。ま、進軍速度を偽装しているから夜半から朝には来るだろう」

「敵戦力はいまだに詳細不明か」


 バリーの説明に、リックが指摘する。


「完全にアント系は時代遅れ。マンティスすら接近戦するしかない状況だ。在庫処分かもしれんな」

「しかしこの数は過大評価というものだ。電磁装甲は我ら以外、いまだに普及していない。大型金属水素生成炉を持つ勢力はわずかしかいない」

「だから、我らが最大の敵ってことさ」


 バリーは苦笑した。

 アストライア、キモン、アリステイデス。全て兵器への金属水素を供給可能だ。

 P336要塞エリア、そしてシルエットベースも同様。アルゴナウタイが警戒するには十分な戦力だ。


「司令。緊急連絡です。救援要請入りました!」

「はぁ?」


 アキの緊迫した声に、全員が疑問の顔を浮かべる。バリーの苛立ちは一気に増したようだ。

 現在戦争中、救援を求めているメタルアイリスに救援要請とは非常識にも程がある。


「どこからだよ」

「傭兵機構本部です。現在A001要塞エリアに大量のマーダーが襲撃。防衛戦を行っているとのことです」

「A001だと! 宇宙港と人類最後の軌道エレベーターがあるところじゃないか!」

「あそこは惑星アシアのアンダーグラウンドフォースの一位から三位、中堅規模のアンダーグラウンドフォースも二十チーム以上は雇用しているじゃない」


 ジェニーも愕然としている。

 A001は別のスフェーン大陸にある、人類に残された最後の軌道エレベーターだ。残り二カ所はストーンズに制圧されているのだ。

 軌道エレベーターは三カ所。A001。ストーンズ勢力のG001。最後にP336要塞エリアを攻撃するアルゴナウタイの拠点の一つでもあるR001だ。


 そして惑星維持AIアシアに並ぶ、最重要防衛施設でもある。

 傭兵機構本部も存在しており、惑星アシアで最も有力なアンダーグラウンドフォースを雇用している。

 

 一位の『ロクセ・ファランクス』はわかっているだけでも惑星間戦争時代最大の二キロ級宇宙母艦、そして航空戦艦を二隻、強襲揚陸艦一隻を保有している。数万人規模、最強と言われたアンダーグラウンドフォースだ。

 二位の『ハイランダー』も宇宙空母に中型艦を複数持っている。

 三位の『レッド・フォックス』は600メートル級の強襲揚陸艦を所有だ。


 現在メタルアイリスが急激に力を付けている。兵器の質からいっても一位であると思われるが、惑星アシアの住人の認識はこの三チームが上位のはずだ。

 つまりそこまで戦力を集中させてでも、守らないといけない人類最後の希望でもあったのだ。


「ジョン・アームズのA051要塞エリアも近くにあったな。あそこが落ちて、攻めやすくなったということか。だがロクセ・ファランクスがいるなかであっさり落ちるとは思えないんだが」


 リックが予想する。この付近には、A級構築技士はジョン・アームズだけ。残りは関連企業のみだ。


「ロクセ・ファランクスは何をしているの?」

 

 アキが珍しく言いよどむ。


「……あまりいいたくないのですが、傭兵機構本部を確保して避難中、ハイランダーとレッド・フォックスはその護衛とのことです」

「戦えよ!」


 あり得ない話だった。それだけの戦力があれば十分に勝算はあったはずだ。


「敵の数はマーダー十万、巨大マーダーは十を超えている様子ですね。残されたチームで戦闘に入ったとのことですが、向こうは深夜。主力も抜けてどこまで持つか……」

「要請は拒否だ。つまりP336要塞エリアを捨てて、自分らのケツ持ちしろってことだろ。ふざけんなよ」

「了解です。アルゴナウタイとの交戦中を理由に拒否します」


 一同を沈黙が覆った。

 破ったのはコウだった。


「ここを守り切っても、宇宙からの資源は断たれる、か」


 オケアノスが仕切っている宇宙資源だが、肝心の物流通路を抑えられると入手は不可能だ。


「なあ。アシア。疑問に思ったんだが、彼らは君を助けようと思わなかったのか?」

『私の救出作戦は、近年ではメタルアイリスとストームハウンドの合同軍が初よ』

「それだけの戦力があったのに、不思議なことだなってね」

『彼らは我が身を守り、攻められないために力を付け、惑星間戦争時代の遺物をかき集めたの。抑止力としての兵器よ。そして有望な人間を集め、また宇宙艦を持つ人たちを勧誘し、最大の戦力を作り上げた』

「戦わないための最強か。その抑止力が通じないとみるや、重要拠点を放り出して逃げるとはな」


 コウとしても考え方はわかる。だが、守らないといけないものはあるだろうという思いもあった。

 だが、ふと疑問が思い浮かぶ。


「傭兵機構、よくわからない組織だな」

『オケアノス直結組織であり、上位の構成員は生粋のアシア人。開拓時代からアシアに転移された人たちの末裔ね。争いを嫌う傾向は強いわ。だから防衛のためのアンダーグラウンドフォースを集めていたの』

「ちょっと待て。集められたアンダーグラウンドフォースが抑止力のために集められた。そして力をつけ、次々と惑星間戦争の強力な兵器類を保有する勢力や有力な勢力を引き抜いたんだよな」

『ええ』

「一カ所に戦力を集中は禁止なんだろ?」

『例外ね。傭兵機構直属組織なの。だからオケアノスの下部組織に雇用されている。傭兵機構直属なら侵略には使われないしね』

『確かに侵略には使われない。だけどストーンズ勢力がのさばったのって、傭兵機構がせっせと抑止力として大規模勢力を囲って、ストーンズとの正面対決を避けたからじゃないか? 中小規模の傭兵隊だけあちこちに派遣して、大きくなったところでロクセ・ファランクス入りなら有力な戦力が育つわけがない」

『ジェニー。私はなんて答えたらいいと思う?』

「私に振らないで、アシア。保身のために肥大化した組織だとは思っていたけど…… 疑惑は深まったというところかな」

「組織を維持するには金がいる。だが、その金もオケアノスが出している。ストーンズ討伐でな。大戦力をもって、適当にストーンズを蹴散らしていけば安全に金も回る。そしてまた、めぼしい者を囲っていくと」


 リックも渋い顔をしている。


「ストーンズと傭兵機構に協定でもあったのか? だが、今になって何故?」

「アーテーかな、と思いますね。今までアーテーが動けなかった。だが、動く目処がついた。傭兵機構と紳士協定を守る必要もなくなったと」

「あれは最初のアシア同時襲撃に使われただけだったか。動かない理由があったということだな」


 バリーの疑問にフユキが予想を告げ、納得する。

 事情を知っているコウはあえて何も言わなかった。


「A001はどうなっている?」

「戦況では、多くのファミリア、そしてアンダーグラウンドフォースは戦っています。アンダーグラウンドフォース『スレッジハンマー』と『マヨネーズラバー』が中心にゲリラ戦に移行しているようです。現状は住人の避難を優先させているようです」

「軌道エレベーターは侵攻不可対象。物量で人間を根絶やしにして、占拠するつもりか。思い切った手を打つわね」


 アキの沈痛な声が再び届く。


「司令。また別大陸でも戦闘が発生とのことです。パイロクロア大陸開発地域。パイロクロア鉱床地帯にマーダーが侵攻中とのことです!」


 タンタル、タングステンは非常に埋蔵量の少ない金属。この惑星でも潤沢とはいえず、貴重な物質だ

 パイロクロア鉱床では主にニオブやタンタルが採掘できる。タンタルはとくに貴重な資源の一つだ。


「あの火山地帯か。御統重工業があったはずだが、鉱床地帯からはかなり離れている。落ちるのは時間の問題か」

「アシア全域が戦場になっているということね」

「B級構築技士の転移社企業がパーソナルフォースを雇ってゲリラ戦に移行している模様です」


 アキが現状の戦況を報告する。


「主戦場はこことA001だな。悪いが、こちらは手一杯だ」

「企業連合もA001の救援は二の足を踏むみたいですね。場所が離れている上、一位二位のアンダーグラウンドフォースが逃げ出したあとに救援を求められても困るでしょう」

「どう唸ってもロクセ・ファランクスに匹敵する戦力は出せないだろう」


 だからといって、今のメタルアイリスに救援要請は非常識すぎた。

 なんらかの意図があるとしか思えない。


「幸い俺たちは傭兵機構ではなく、企業連合ユリシーズの防衛軍だ。皆に内緒でそんな話でまとめてしまったが、不幸中の幸いだったもしれないな」

「尊敬するよ、本当に」


 コウが心から言う。最善の選択をしてくれたのだ。


「それは勝ってからだ。A001要塞エリアに攻め込んだマーダーをみると、ここを狙う敵は同数かそれ以上、つまり十万は来るってことだ。数は向こうが上だが、兵器の質はメタルアイリスが上だ。もはやマンティス型ですら、敵じゃない」


 バリーが断言した。


「明日の午前中。俺は夜明け前か朝ぐらいだと踏んでいる。そこから始まる陸上戦がようやく始まりだ。奴の言う、前座がまだ終わってない。まずはマーダーどもを壊滅させるんだ」


 全員の顔が引き締まる。


「俺はアーテーが一機だとは思っていない。少なくても二機はあるはずだ。一機はフユキが受け持つ計画がある」

「ええ。私の部隊でうまくいけば一機は倒せます。時間との勝負です」

「色々な手を臨機応変にやらないといけない。次は地上戦だ」


 バリーが告げる。

 戦場は新たなステージに移行しつつあった。 

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