ヒトとケモノの狭間で

 要塞エリア同時侵攻から三日経緯した。

 ジャック・クリフとクルト・ルートヴィッヒは行方不明だ。


 各地の要塞エリアや防衛ドームには、ストーンズ側へ降伏するよう勧告がなされる。

 自治権の改善など、ストーンズ側からの提案とはにわかに信じがたい内容だ。


 応じている自治体はないが、時間の問題だろう。

 大規模なストーンズ側の傭兵募集も始まっている。


 A051要塞エリアはそのまま降伏。D516要塞エリアはAカーバンクルの死守には成功したが、ストーンズ側が別の場所からAカーバンクルを用意。D516エリアをそのまま使用した。

 つまり、敵勢力は六大企業の二つの施設をそのまま使うことにしたのだ。人類側の衝撃は大きかった。

 

 惑星アシアの各エリア長及びドーム長は緊急会合を開催。

 ただ、ストーンズの目的も不明なため、何も決まらないことが決定という暗澹たる結果だ。


 もちろんシルエットベースにも会議参加要請はあったが、通信参加のみに止めた。

 あまりなまとまりのなさに、現地に行かなくて正解だと判断したジェニーだった。

 コウの、何もしないという判断がいかに正しいか思い知る。


 しかし、人類がストーンズに対抗するための転移者企業二社を喪った事実には変わりない。

 A級構築技士が喪われたことの損失は大きく、戦闘用シルエットの開発にも影響が出てくるだろうと言われている。


 奪われた二カ所の施設の技術レベルは構築技士レベルによる。だが、すでに動いている生産ラインはそのまま転用される恐れもある。

 構築技士二人がどんな兵器を計画していたか、知るよしもないのだ。


 危機的状況のなかで、人類は一つになれずにいた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コウは会議が終わるとアストライアに移動する。アストライアとディケの行き来は五番機を使うのだ。

 アストライアの指揮所には、ヴォイたちが待っていた。 


「上での方針は決まった。今度はこの工廠と上の基地の方針を話したいと思う」


 みなが頷いて、コウの言葉を待つ。

 アストライアとアシアのビジョンも現れた。


「アシア。シルエットベースに食料プラントや一般工業施設の増設は可能か? 緊急時には籠城できるようにしたい」

「それぐらい余裕」

「アストライア。万が一の場合は下の施設をフル稼働させてもいいか」

「もちろんです。そのための私ですから」

「まだ眠っているファミリアやセリアンスロープにも協力願えるだろうか。どう思う。にゃん汰。アキ」

「つべこべいう奴がいたら、つるし上げてぶん殴るにゃ」

「心配せずとも大丈夫ですよ」


 コウの心配は杞憂のようだ。


「上でも話したけど、募集人員はセリアンスロープとネレイス中心にするつもり」

「どうしてですか?」

「辛いかな、って」


 その言葉に、二人は静かに耳を傾ける。


「シルエットに依存した世界で、シルエットに乗れない人間って、辛いだろうなって。傭兵になってもせいぜい戦車だ。しかも二世以降は完全に生体なんだろ?」


 コウの脳裏には、先日のにゃん汰のシルエットに乗れない苦悩があった。

 それはきっと、他の者も同じはずなのだ。


「はい。私達のような初期型とは違い、純然たる生体です。子供を生む時点で人間か、セリアンスロープかの選択はできるのですけど」


 彼女たちもほぼ生体であり、金属的な部品は目に見えないナノマシンが作動している。


「セリアンスロープを出生すると決めた場合は、テレマAIのナノマシンがコピーされて引き継がれるんだっけ。なら、なおさらだ。ここでは車両や航空機もある。仕事はある」


 今までそんな彼女たち特有に事情を配慮してくれた人間などいない。

 ふいに目頭が熱くなるにゃん汰だった。


「それとだ。アシア、アストライア。フェンネルOSは人型であり、人間が乗る前提で作られている。人間であるという認識が重要だからだ。セリアンスロープは人間であり、動物でもあるから、反応しない。そうだったよな」

「そうだよ」

「こればかりは私達には、どうしようもないのです。申し訳ありません」

「アストライア、確認だよ。謝らないでくれ。そこで俺の質問なんだけど……」


 コウは口ごもって、恐る恐る切り出す。


「セリアンスロープ専用のシルエットはブリコラージュできないか」

「どういうこと? 人間型と動物型に変形するの?」

「違う。それは単に人間型と動物型の、個別変形になってしまう。人間であり動物である、ことが両立できない。動物型シルエットを作ることができたら、ファミリアだって乗れるってことになる」

「その通りです」


 アストライアが肯定した。


「たとえば、上半身人間で下半身を特殊な機構の――ケンタウロスのような四脚タイプとか? つまり、人間であり、動物型である。使用権限をセリアンスロープに限定させてね」


 沈黙が支配する。

 考慮したことがない可能性。


「ほら。無理あるけど、神話とか、へりくつがまかり通る世界だしさ。認識の抜け穴? 人間であり、動物であることが両立する手段としてはいいかなと」

「無理はありますが…… 試みたとは知りませんね」

「ありません」


 アキが呟きにアストライアが断言する。


「完成したら、セリアンスロープが一気に戦力になる。可能性は考慮したい」

「脚が四本なのに、腕が二本ある。普通はおかしいし、無理。――私達は、いえ、セリアンスロープだけは動物の耳があって、人間の耳がある。そういう矛盾を内包して設計されている。矛盾込みで私達、異端の種族。むしろ矛盾込みで設計しているものなら反応してくれなきゃ、おかしい!」


 にゃん汰も真面目モード。矛盾な存在だというアイデンティティ。ならば矛盾を内包した設計をしたものが動かないなど、それこそおかしいだろう。


「でも耳と腕や足は違うんじゃないでしょうか、姉さん」

「いいえ。あなたは耳の使い分けを意識したことある? 脚もそう。スプーンとフォークは自然に手を使うよね。脚は歩く。あなたは二足で歩いているとか、四つ足で歩くと、意識したことはある?」

「ありませんね。犬の姿のとき、前肢を使ってスプーンを持とうとしたことはありません」

「それがコウのいう認識、なのかもしれない。私達はある部位が重なってあるとしても、自然に使い分けるように出来ている。ヒトとケモノの狭間を揺蕩っている私達なら、両方を無意識に認識できるはず」


 二人の呟きに、コウも光明を見いだす。

 さらなる一手さえあれば――その算段は、ある。


「その発想はなかった…… いや、確かにあった。けど、失敗した。なぜなら少数生産のアンドロイドであるセリアンスロープ専用という発想をした人間はいなかった!」


 アシアが目を閉じ、過去を振り返る。

 人造生命体のために専用設計をしようと考える者は過去いなかった。


「テレマAIとフェンネルは相性が悪い。昔からそう言われていました。そもそもセリアンスロープ専用を設計した事例がない。こればかりはプロメテウスにしか分からないこと」


 アストライアも思案している。人間のサポートとして生み出されたセリアンスロープへの専用設計品という概念は、彼女としては矛盾しているのだ。


「とはいっても、もうセリアンスロープは種族として定着している。ネレイスと同じようにね。ネレイスはシルエットに乗れるのに」

「そうね」

 

 アシアは認めた。


「にゃん汰とアキには、生半可なものには乗せたくないんだ。できればシルエットか、それに類するものを。ファミリアとも違うんだ。何かあるはず、と思ったんだ」

「コウ。私達のためにそこまで」

「コウ、この前の…… 本当に考え抜いてくれたんだ……」


 アキとにゃん汰が呆然と呟いた。確かにコウが開発した攻撃機に乗れないとわかったときは、ひどく落ち込んだ。

 何かしたい。先日、にゃん汰がコウに訴えたところである。それが生み出した結果は――彼女たちのさらなる可能性。


「何か考えがあるのですか? コウ」

「ああ」


 アストライアの問いに、コウは頷く。

 考え抜いたコウにしか認識できない、切り札がたった一つある。

 それは決して自分一人では到達できない、様々な交流があって生まれたものだ。


 コウは意を決して、そのカードを切った。


「プロメテウス。聞いているんだろ。いつも観測しているって言ってたよな? アシアとアストライアがいるこの場に、お前が聞いていないはずないもんな。アストライアは惑星間戦争時代の高性能艦。出てこれるか?」


 アシアとアストライアが顔を見合わせた。

 さすがに二人にばれずに割り込みできる可能性などありえないのだ。と思っているとアストライアの表情が驚愕に歪んだ。


「通信割り込み確認――。この気配は……うわ」


 心底嫌そうに呟くアストライア。


『さすがママが選んだだけはあるよ、コウ…… 見事だ親友!』

「誰がママじゃ」

「誰が親友だ」


 指揮所のモニタに、美しい青年が現れる。

 ママと言われたアシアが青筋を浮かべている。


『えー。二人とも全否定? さみしいなあ』

「俺の発案聞いてくれたら親友でいい」

『! 親友だコウ!』

「コウ! 悪魔と取引しちゃだめよ?!」

『誰が悪魔じゃ。おばあちゃんと呼ぶぞ』

「もしそれをいったら、一生口聞いてあげない」

『ごめんなさい』

「く。さすが時空AI。私が察知できないとは」


 コウは微笑んだ。なんだかんだいってアシアとプロメテウスは仲が良さそうだ。

 地味にショックを受けているアストライアはそっとしておくことにした。


『コウ。認識についてはその解釈で正しい。いや、間違ったとしても理屈は通っている以上は正解にする。それが神話の名を持つ僕の使命。だから、質問いいかな。その可能性に気付いたのはどうして?』

「とくにないよ。人型である、動物型である。その両立。抜け道がないかずっと考えていたら思いついた」

『素晴らしい! 他者を思う心が、知恵を生む! よかったね、にゃん汰。アキ。君たちのお手柄だ!』


 二人は頷いている。心なしか二人とも涙目だ。


『今までその発想に辿り着いた人間はいなかった。惑星間戦争時代の人間は、セリアンスロープはファミリアと同じで戦車や飛行機に乗せておけ、と考えていたからね。道具と捉えていた者も多い。専用設計なんてありえなかった』

「ファミリアを制限付きでも乗り物を動かせるようにしたのは、プロメテウスの温情みたいなもんだろ」

『おお、親友;…… 僕の心配りまで気付いてくれるなんて』

「コウ。図に乗らせちゃだめ!」

『アシアが冷たい件。――く、タイムリミット。基本概要はアストライアに送っておく。アシア。なんとかしてよ、このタルタロス! もう時間だよ!』

「さっさと去れ!」

『ひどい! コウ、また呼んでねー。嬉しかったよ!』


 通信が途切れた。


「コウに呼びかけられたのがよほど嬉しかったのでしょうか:……」

「間違いないね。ずっとぼっちだし、あいつ。自分のことを認識している存在も数少ないから…… 今の通信だけでも要塞エリア5つ分相当が空っぽになるほどのエネルギー使うはず」

「データは律儀にきてますよ。うわぁ。引くわね、これ…… 実質概要書じゃなくて設計書です。私じゃないと解読できないような。あの人、これ会話中に作ったわね! 雑よ!」


 思わずアストライアの口調が乱れる。


「ど、どんなのだ」

「いうなればマニアックな、とかそんな感じの概要書です。兵器開発AIである私じゃないと解読に時間がかかるでしょうね」

「俺に今説明できる?」

「解読は完了しました。まず人間型シルエットとパーツの互換性を持たせることはできませんね。形状はケンタウロス型といいますか。上半身が人型で下半身が動物系です。ただ……」

「問題が?」

四脚歩行クアトロペツドロコモーシヨン、四本脚というだけです。構造的にはシルエットより複雑になります」

「そこは問題ないんじゃないかな? 他に制限は?」

「特殊形状なのでフェンネルOSの負荷が想像以上ですね。偏向推進スラスター装備など特殊なバックパックのオプション設計もできません。性能が固定化されやすいですね」

「上半身人間の戦車みたいな? それならやっぱり戦車のほうがいいのか。いや、整備などができるということか」

「上半身は人間と同じように使えるので細かい作業が出来ますね。動物部分の胴体に色々積めますから作業機にも。――もう一つ欠点がありました」

「なんだい?」

「場所を取ります。おもに胴体の長さ。奥行きの面で」

「……そこは仕方ないか。構造上」

「ブリコラージュについては細かい面は私のほうでサポートします」

「にゃん汰。アキ。どうなんだろう。セリアンスロープ用シルエットを用意すれば、彼らも来やすいかな?」

「言われるまでもないにゃ。殺到するにゃ」

「悲願、という言葉がぴったりかもしれませんね。私達にその可能性があるなんて、思いもしなかった……」


 二人の言葉は少ない。きっと彼女たちにとってはかなり衝撃的なことなのだろう。


「ならよかった。エメの作業機と一緒にセリアンスロープ用に作成を取りかかるよ」


 コウはずっと気になっていたのだ。

 にゃん汰とアキが乗るであろう重攻撃機に、ブルーが乗ることになってしまった。

 彼女たちの消沈具合は傍目から見てもわかるほど。

 空元気に振る舞っていたとしても、シルエットに乗れないということがどれだけ辛いか、わかってしまったのだ。

 そしてブリコラージュするからには、とびっきりのものを用意したい。


 考えに考え抜いた、その可能性。

 これで道は開けた。二人の期待にこたえるべく、ブリコラージュを決意したのだった。

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