ツリー構造です!

「なんてこった。俺たちを転移させ、フェンネルOSを作った存在プロメテウス。俺たち構築技士はオデュッセウスか。こりゃまた意味ありげだ」


 ケリーが興奮さめやらぬ様子だ。


「どういうことです?」

「オデュッセウスの意味はな。憎まれ者って意味なのさ。そりゃ人殺しの兵器ばっかり作るんだ。憎まれ者だよな」


 笑いが抑えきれないケリー。自分たちは嫌われ者スカンクと名乗っているのだ。オデュッセウスの意味は確かに面白いだろう。


「ウーティスはどういう意味なんだろうか?」


 オデュッセウスの意味を知って、気になった。


「何者でもない、という意味です。それは何処にも所属しないという意味であり、何処にも居場所がない者という意味でもあり――誰にも認識できない者、です……」

 

 アキが不安そうに答えた。


「アキ。大丈夫だ。俺は消えない」

「当たり前です!」

「お前は本当に面白いな。しかもフェンネルOSに何か機能が解除されたんだろう?」

「全てのOSって言っていましたよ。俺が望むものと望まないもの。後者は毒にも薬にもなるといっていたが、何かはわからない」

「使っていくしかないわな。気にしても仕方あるまい」


 コウはスカンクに振り向いた。


「ところでスカンクが言っていましたよ。俺たちの技術が低すぎて協力できることは少ないが、それでも友人であるケリーさんの相談役になるって」

「なんだって!」

「これからはケリーさんと話せると思いますよ」

「なんてこった! コウ、愛してるぜ。スカンクが俺を友人だと! これはもっともハッピーな朗報の一つだ!」

「え、ええ!」


 思わずコウを子供のように持ち上げるケリー。これは本当に嬉しいらしい。


「期待しすぎちゃダメだと思うけど」

「何いってるんだ。シルエットと話してるだけで楽しいじゃないか!」

「そうですね。確かに」


 ふと思う。スカンクが協力的だったことを。

 多分、自分はきっかけにすぎないのだ。スカンクは千年以上眠っていたのだのだから。

 ものいわぬスカンクに憧れ、修理し、話しかけてきたケリー。彼だからこそ、スカンクは協力を申し出た。あえて友人と言ったのだ。

 自分もそのような構築技士になりたいと思ったのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ケリーたちの元にきてから一週間経過した。

 コウとアキはケリーたちの元から離れることになった。ジェニーが迎えに来るのだ。


「また遊びに来いよ! コウ!」

「はい。ご指導ありがとうございました」

「はは。授業料は出世払いに期待しているからな!」

「怖い……」

「出世払いといえば、フェザントの新型の偏向推力スラスターなんだけど、いいの? あれ明らかに完成したばかりよね」


 ジェニーがSAF-F02フェザントの新装備を気にする。

 こんな高性能な試作品を貸与されるのは光栄ではあるが、普通はないことなのだ。


「またデータ持ってきてくれ。あのX463エリアのデータは実に面白かった」

「こっちは命懸けなんですけどね! でも、ありがとう。使わせてもらう」

「コウを連れてきてくれたしな。無償提供でもお釣りがくるってもんだ」

「コウ君…… この守銭奴にそこまで言わせるなんて何をしたの?」

「ははは」


 ジェニーのジト目にコウは乾いた笑いを返すのが精一杯だ。


「また遊びにきてくれ」

「ええ、待ってるわ!」

 

 マットとジャリンとも別れを惜しむ。

 後ろにいたアキも安心していた。コウは明らかに人間と接点が少なすぎた。構築技士として、普通に転移者たちの友人が出来ることは彼女にとっても好ましかった。


 スカンク・テクノロジーでの長い修行はようやく終わったのだった。


 その後、アストライアの戦闘指揮所にコウは戻った。

 アシアと珍しくビジョンのアストライアがいる。

 二人とも表情が暗い。


「まさか、あれが出てくるなんて思いもしなかった」

「私もです……」


 アシアが緊急で戻ってくるほどの事態なのだろう。

 珍しくアストライアが絶句している。すぐに察しがついた。


「プロメテウスのことか」

「現行のフェンネルはリミッターがかかっている。彼とは通信手段がないはずだった。コウが惑星間戦争時代のフェンネルを動かしたことで回線がつながった、ということですね」


 アストライアが説明してくれる。


「その瞬間を見逃さないプロメテウス。悪知恵だけは働くんだから。しまったなあ。タルタロスから接触があるなんて。あの子の能力甘く見過ぎていたよ」

「人間好きですし、予想しておくべきでしたね」

「そ、そんなに厄介なのか。プロメテウスは」

「人類にとってもストーンズにとってもジョーカー。神話で言われるトリックスターそのものです」

「じゃあ構築技士をオデュッセウスと言ってたことも意味あるのかな。俺がウーティスだっけかな」

「あいつ、そんなことまでコウに言ったの!」


 アシアが手で顔を覆った。


「俺は悪い意味でウーティスらしいが。アシア。君が教えてくれ」

「うん。そうね。言っておくわ。あなたはウーティス。人間より私達を選ぶ人。だからこそ構築技士権限が無制限」

「それが何か?」

「あなたらしいね。人間より私達を優先するっていうのは悪いこと、なのかも。人に寄り添うという原則を持つ私達から見ても、だよ」


 まっすぐにコウを見つめるアシアの瞳は、憂慮に満ちていた。


「人間から見たらそうだろうな。問題ない。この話は終わりにして、プロメテウスが言ったフェンネルについて教えて欲しい」


 コウにとって、テレマAIもネレイスもセリアンスロープも、それこそアシアたち超AIも人間も変わりない。

 仲が良ければ大切にするし、仲間に危害を加えるなら敵。それだけだ。


「フェンネルOSに何をしたかについてですが、解析は不能でした。推測ですがファミリアとの連携強化です。これが彼の言っていた、あなたが望んでいたもの」

「プロメテウス良い奴じゃないか」

「発動条件はあります。それが何かは不明です。そしてもう一つは私にもわかりません」

「次元離脱機能じゃなかった。それだけは確認した」

「次元離脱機能って何? ワープか何かか!」

「コウが好きなゲーム的に言うと、アンチ。違うな。無敵時間って言ったほうがわかりやすいかも」

「どういうことだってば」


 無敵時間と聞いて身を乗り出したコウ。無敵時間とは気になる響きだ。


「ウィスを一気に放出することで、機体そのものを別の余剰次元に一瞬だけ移動させるの。いかなる攻撃も無効化されるわ。姿はこの世界にあるけれど、実際は消えていなくなる。強制力ですぐに引き戻されるけどね」

「無敵時間だな……」

「XYZの空間軸に、さらに別の戦闘軸が加わるよ。あんなの絶対導入しちゃだめ。でもその機能じゃなかった」

「惑星間戦争のシルエットがとてつもなくやばい兵器だってわかってきた。ん? まさか戦艦も?」

「できたよ」

「あまり考えたくない戦場だな」


 それぞれが無敵時間を持つ兵器の戦争だなんて、想像もしたくない。

 巨大な船が一瞬でも無敵時間を持つとしたら、効果的な用法が出来るだろう。


「うん。でもそれじゃないから、わからないなあ」

「アシアでもわからないのか」

「あの子は別格の才能だからね。でも危険なの。天然すぎて」

「そうですね。コウ。次の機会があっても、接触は慎重に。神話の由来的にも」

「神話はどんなの?」

「人間に火を与えたとか、神々を欺いて人間を優遇したとかね。でも彼の息子とその嫁の話も有名よ。パンドラの箱のパンドラ」

「あらゆる災厄の……か。俺でも知っている」

「そう。あの子はすぐにはっちゃけてやりすぎるから、タルタロスに封印されたの。でも、時空間を操れるAIはあの子だけ。転移者を実際に連れてきているのもあの子。だから一年に一回だけ、この次元に現れることを許される日に転移させている」


 いたずらっ子みたいに表現するアシアに、コウが気になっていたことを聞く。


「アシアの子供になるのか? さっきからずっとあの子、っていってるから。保護者っぽい」

「違う違う! 違うったら! 子供なんか作れないよ。親子関係でいえば孫にあたるけど、私達AIだからね。ね? アストライア」

「落ち着いてアシア。そして私に同意を求めないでください。いい例があります。プログラムでいうツリー構造そのままですよ。先祖ノードがアシア、子孫ノードがプロメテウス。今の私がしいていうなら葉ノードです。アシアの親ノードがソピアーですね」

「何かそんな授業を学んだ気がする…… わかった」

「そうそう。ツリー構造です! 親子じゃないからね。わかった?」


 アシアが必死に主張している。アストライアの視線が若干冷ややかな気がするのは気のせいだろうか。


「プロメテウスは完全体のアシアより性能は上ですよ。それぐらい厄介です」

「得意な処理が違うといって欲しいな。確かにプロメテウスのほうが汎用性は上だけどね! フェンネルOS作ったのもあの子だし」

「そのフェンネルOSの機能拡張がご褒美といったことが気になるけど、気にせず今の方針でいくよ」

「うん。今の世代の技術制限には変わらない。コウが頑張るしかない」


 そういってアシアは立ち上がった。


「そろそろ行かないと。またね、コウ。もし次プロメテウスと接触するときは私も呼んで。五番機なら私を呼べるんだけどな」

「五番機ならって?」

「五番機経由で私――アストライアに転送されたのです。五番機にもアシアの因子が芽生えているということですね」

「そういうことか。わかったよ。プロメテウスには気をつける」

「お願いね!」


 そう言ってアシアは消えた。

 プロメテウスが何をもたらしたかは結局わからない。だが、人間好きなAIなのは間違いないみたいだ。

 ファミリアとの連携強化がどういうものか、楽しみだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る