人型の<有効な>前面投影面積

「最後の転移者企業はスカンク・テクノロジーズ。私やブルーの愛機を設計したケリー・リッチが率いるところね。私も何度かあったことがあるから気楽だよ」

「あのシルエットを作ったところか。どんな特徴があるのかな?」


 ジェニーの愛機は師匠が、現行シルエットの完成形の一つとまで言い切った機体だ。

 その開発者にはとても興味があった。


「美しさ、ね。優雅さと洗練された機能美とデザインがあるの」

「TSW-R1と比べると、全然違うよな。SAF-F02フェザントのデザイン」

「もう一つは、とにかく尖った機体を作ってるね。いわゆる褒め言葉の変態企業」


 ジェニーの機体は同じシルエットと思えない程細い。ブルーのSAS-F02スナイプも同社製だが、コンセプトはまるで違う。


「変態的な技術者とかたまにいるよな。イメージはわかる」

「ケリー自身は気の良いおじさんだけど、とにかく変わり者よ。だからスカンク、鼻つまみ者ね」

「スカンクのスラングは色んな意味がありますからね。相手を完封させる、とか。騙すとか。誰とでも寝る女、という意味も」

 

 フユキが苦笑しながら付け加える。


「兵器産業として見ると、意味深な企業名です。これほど本質を表した社名はない」

「本人もね。今回は商談もなし。ケリーに私の戦闘データを渡しに行く名目だね。とくに、X463のデータを期待しているみたい」

「スカンク・テクノロジーズは少数精鋭の構築技士集団です。ビジネスは専門の会社に任せていますしね」

「構築技士が集まっているということ?」

「B級やC級の構築技士がね。ケリーが構築技士を要塞エリアに派遣するために教育するの。構築技士として設計の基礎を学ぶには、いい環境だと思うな。ただし、口はかなり悪いわね」

「そうなのか……」


 人見知りの激しいコウは、その点について不安だった。

 

「よくきたな! ジェニー!」


 恰幅の良い白髪の白人が出迎えた。初老の男性で身なりはしっかりしている。


「ハーイ、ケリー! ええ。お待ちかねのデータを持ってきたわ。機体ごとね」

「愛しているよ! やはり美人には美しい機体が相応しいね」

「ありがと。あなたの美しい機体には本当に助けられたわ」


 ジェニーとケリーは、古い相方のように矢継ぎ早に会話している。


「そこの坊主がコウだな? よろしく。ケリーだ」

「コウです。よろしくお願いします」


 二人は握手した。


「ええ。話はメールで……」

「よし。機体ごと、この小僧を置いてけ。さあ。ジェニーは帰った!」


 握手した手をいきなり引っ張られる。


「えっと。あ、ちょっと待ってよ!」


 握手していた手を引っ張られ、ひきずられるコウ。


「終わったら連絡するから、そのとき迎えにきてやってくれ! じゃあな! 時間が惜しい!」


 呆然とする三人を置いて、コウは連れて行かれてしまった。


「あの。ジェニー。私も残ります。連絡はこちらからします」


 はっとしたアキがそう言い残して二人を追いかけていった。


「いつもこんなかんじですか? ケリーさんは」


 突然の状況から気を取り直したフユキが尋ねる。


「はあ…… そうね。フェザントを下ろして帰ろうか。悪いようにはならないと思うから」


 諦めにも似た表情で、ジェニーは自分の機体を下ろすべく輸送機に向かっていった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ここが俺たちのラボだな。おい! みんな! ヒーローのお出ましだ!」

 

 研究室に案内されたコウは、大雑把な説明を受ける。

 女性も数名いるのが特徴的だった。ファミリアも何人かいる。


「こいつこそ、アシアを救った構築技士だ。アシア本人に聞いたから間違いない!」

「すごい!」

「この人が!」


 乱暴ともいえる紹介をされ、困惑するコウ。

 働いている人間たちが手を止め立ち上がり、遠巻きにコウを見る。


「よろしくお願いします。コウです。後ろにいるのはアキ。助手です」

「おう。よろしくな」

「あら、ヒーローっていうわりに可愛い子ね!」

「よろしくー」


 アットホームな職場です、という例のキャッチコピーを思い出したコウだ。

 

「そうだなあ。誰にしようかな。新人なら…… おい! ジャリン! 俺がいないときはお前が面倒みてやれ」

「はーい! ボス! あなた、日本人ね? 私は台湾人!胡佳玲(フージャリン)。最近転移したばかりだけどさ! よろしくね!」


 座っていた女性が前に進み出て、手を差し出す。黒髪でショートカット。コウより若い感じのアジア人女性だった。

 コウも手を握り返し、挨拶した。


「台湾の方か。よろしく」

「見込みはあるぞ、この女は。よし、コウ。まずはシルエットの講義だな。基礎中の基礎からいくぞ」

「俺は、自分のシルエットを強化できればいいんですが……」

「何をいってやがる! 基礎もしらないで他人の設計をいじれるものか! 他人の設計をいじるってのは一から設計するより大変なんだぞ? そんなこともわかっていないとは、こりゃ色々叩き込まないとな。さあ来い!」


 ジャリンが苦笑して見送ってくれる。いつもこんな感じらしい。

 ただただ圧倒されるコウだ。

 

 連れていかれた場所で質疑が始まる。


「コウ。お前の知識から確認するぞ。シルエットの設計は?」


 ケリーから矢のように質問攻めに会うコウ。


「ありません」

「シルエットについてどれくらい知っている?」

「……言われてみれば、何も知らない。ウィスによって動いているぐらいかな」

「よし。いいかんじだ。中途半端に知っているよりよっぽどましだ。こっちだ」


 ケリーに巨大な試験場に連れられてきた。

 銃を持った作業用シルエットと、作業者に載せられたむき出しのMCS。マルチコックピットシステムの装甲カプセルだった。

 灰色の単色で鶏卵を横向きにしたもの。戦闘ヘリの先端部分に似ている。

 後部座席の下に空間がある。ここにリアクターやパワーパックを装着するのだ。


「マルチコックピットシステムだ。二万年から設計が変わっていないオーバーテクノロジーだな」

「これがあらゆる兵器のもとですね」

「ああ。まさしく万能だ。ところでコウ。こいつの寸法を知っているか?」

「言われて見れば…… 知りません」

「そんなもんだ。覚えておけ。外部寸法が長さL3.4 幅W1,4 高さH1.7。内部寸法はL2.8 W1.1 H1.5。広いか狭いかは体形次第だな」


 コウは思い出す。一人乗りの小型モビリティ、超小型EV,の寸法に似ているのだ。


「奥行きありますもんね、シルエット」


 ウンランも言っていた、箱型かよといいたくなるぐらいの奥行きと幅だ。


「ああ。だが注目すべきは、MCSの幅と高さだ」

「どういうことでしょうか」

「体感したほうが早い」


 ケリーは作業機械に声をかける。


「いつもの頼むわ」


 作業機械はロボットアームでMCSをつかみ、彼らから離れていった。


「だいたい作業用のシルエットから三百メートル。じゃあコウ。シルエットに乗ってあのMCSを狙って撃ちな」

「はい」


 コウは言われるまま作業用シルエットに乗って、目標であるMCSを狙い撃とうとする。

 MCSを持ったロボットアームがわずかに上下する。微妙に狙いずらい。

 三割ほど弾を外す。


「ど狙いにくいだろう? 次はそのライフルの銃剣を構えて、あれを突いて、斬ってみろ。一回ずつだ」

「はい!」


 格闘戦なら得意とするところ。

 だが、その自信も思わず打ち砕かれそうになる。

 MCSを掴んでいる思わず大きく下がったのだ。刺突を外す。

 袈裟切りの斬撃。ロボットアームはわずかに横にスライドするが、これはかろうじてかすることが出来た。


 ローラー移動でケリーのもとに移動し、シルエットから降りる。


「どうだ」

「的が…… 思ったより狙いにくいです」

「だろ? 今のわずかな上下運動な。あれな。シルエットの歩行や走行による、MCSの位置移動だ」

「どういうことですか」

「人間歩くとき、二センチぐらい上下に差がでるんだぜ。シルエットサイズならもっと差が出るに決まっているだろ?」

「そういうことか! MCSの衝撃緩和機能で、MCSそのものは機体に固定化されている。だから胸の位置も上下移動すると」

「わかったか。MCS自体は二重構造。ウィスってのは重力に関するエネルギーだからな。ウィスが通ってなければ衝撃緩和機能も死ぬが」

「強い核力、弱い核力、電磁気力、そして重力。ウィスは重力と電磁気力が五次元で同一化したエネルギーだったっけ……」

「そこは知っているんだな。良い教師を持ったものだ」


 師匠のことが褒められたようで、コウも嬉しくなった。


「MCSが胴体と一緒に移動するということはわかっただろ? そして最初の刺突を避けた動きはシルエットがしゃがんだ位置だ。最後の横移動は上体を反らした動き」

「わかります」


 ケリーは満面な笑みを浮かべて、MCSを指す。


「何が言いたいかというとだな。転移者たちは言うさ。シルエットは巨大な人型なんて非効率。前方投影面積がでかいただの的! とんでもない!」


 オーバーな物言いだが、言いたいことが読めてきた。


な前面投影面積とでもいおうか。リアクターはMCS背後に装着され、パワーパックはMCS背面下部に備え付けられる。つまり高さ1.7内に収まるように出来ているんだ。宙に浮いて上下に微動するこいつを狙い撃たなくちゃ無力化できないんだぜ」

「パイロットが生きていれば、足が破壊されても…… シルエットは足が破壊されにくい兵器でもある」

「胴体より細い足を狙うことは効率いいか? 歩兵がいないんだぜ? 戦車か装甲車だって足よりは胴体を狙う」

「航空機もレールガンで落とされるから、トップアタックの可能性も少ないんだ」

「四肢がなくてもMCSが生きてりゃいいのさ。足がなくても射撃はできる。友軍さえいれば回収してもらえる。MCS引っこ抜いて装甲車に移し返すことさえ出来るんだからな」

「MCSさえ、生きていれば、か」

「ネメシス戦域ぐらいしか通用しない理論だろうがな。いや、地球でも超強力な電磁波を広域で流して歩兵排除からスタートしてならありか」

「物騒ですよ」

「話が逸れたな! 一番重要なところだ、コウ! MCSを基点と考えたらゃ、自ずと自分が作りたい機体が見えてくる。それこそシルエットだろうが戦車だろうが、飛行機だろうがな」

「ということは、ケリー先生。現行のMCSを搭載兵器は、装甲車や戦車も含まれていますが、幅をそこまで制限した兵器はまだあまり見たことがない。理由があると」

「いい質問だ。コウ! 本来MCSはそのままタイヤをつけても優秀なぐらいの装甲を持っている。だが、装甲車にMCSを搭載する際……」


 マシンガンのように話すケリーに、聞き入るコウ。


 アキは苦笑した。いつの間にかコウのケリーに対する敬称が先生になっており、ケリーも教え子のように接している。

 今回の構築技士との相性も良さそうだった。

 

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