C212要塞エリア攻防戦

戦場のラジオ

 師匠が後部座席から声をかけてきた。


「コウ。ここは敵の勢力圏内。目的地は二つある。まずは人類の生存権まで撤退。そこで人間社会に合流することだ」

「もう一つは?」

「私の願いでもあり、君の力にもなる施設がある。そこへ行けば大抵はなんとかなるだろう」

「後者で」


 迷いはなかった。師匠の願いがあるなら、そこへ行くべきだろう。


「補給もない。敵地の中心に乗り込むことになる。いいのか」

「人類の生存圏内に戻って、師匠が生きている間に目的地にいける可能性は?」

「……君に託すだけだな」

「なら迷わない。俺と五番機はそこへ行く。なんていう場所だ?」

「地名にもう意味はない。そこにいけば、【工廠】がある。もう、動くこともない、封印された施設だが……」

「動くあてはあるんだな?」

「君だよ。【構築技士】。無制限権限を持つ君なら動かせる」

「【便利屋】だろ?」


 コウは薄く笑った。便利屋という響きはいい。


「そこに師匠の願いがあるんだな」

「ああ。もう叶わないと思って諦めた夢だ。君に付き合わせるはめになり、心が痛む」

「気にするな。師匠がいなければあそこでシミになっていただけだしな」

「わかった。目的地は封印された【工廠】。時速80キロ巡航で五日」

「遠いな……」


 東京から福岡までで考えると、1100キロで14時間程度。

 

「舗装された道路でもないし、直線距離でもないからな。途中で戦闘も考えられる。十日以上かかると思った方がよいな」

「了解。じゃあ、行くか」


 膝を屈め、ローラー移動で走りだす。

 無人の荒野への、旅立ちだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ん?」


 巡航モードだ。五番機は移動している。

 時間をみると夕暮れ前。五番機が何かを受信し、コクピット内に流す。


「音楽?」


 コクピット内に音楽が流れていた。


『アシアC212領域の皆様、こんばんは。ダスクバスターの時間です。戦場の皆様に心和らぐ曲をお送りしたいと思います。パーソナリティのブルーです。本日もよろしくお願いします。最初のナンバーは……』

「ラジオ!」


 透明感のある綺麗な女性の声が聞こえてきた。

 ラジオとしか思えない音声た。ラジオなどあるとは思わず、驚きを隠せない。


「ラジオか。ん? ということは展開している部隊が付近にいるかもな」

「この星にラジオあるのか」

「そりゃあるさ。戦場で映像放送をみるわけにもいくまい。数少ない娯楽でね。大きな部隊が放送する場合があるのさ」


 コウの知っている曲が流れてきた。

 この時代でもナンバーというのか、と思う。不思議な感じだ。


「娯楽か。確かに邪魔にならないな」

「そうだな」


 二人は音楽を聴きながら、無人の野を走っている。


「近くに人間の居住区域があるか、大がかりな部隊が展開している可能性もある」

「居住区なら補給できるか? 補給するものはそうないと思うけど」

「それぐらいの寄り道は可能だろう。君も少しはこの時代の人間と交流したほうがいい」

「ずっと一人は無理だよな」


 機械の整備、補給。生きる。それらを考えると、早急に現地の人間と合流する必要があった。


「師匠」

「ん?」

「転移者もたくさん死ぬのかな?」

「たくさん死んでるね」

「そうか」

 

 師匠の返答に彼は納得した。自分も死にかけたのだ。

 五番機が無ければあの廃墟から生き延びたとしても、いずれ死ぬことになるのだろう。


 「敵はマーダーのような殺戮無人兵器だけじゃない。いつかシルエットに乗った人間ともやりあわないといけない。ストーンズにも協力している人間の勢力はある」

「覚悟している」


 損得勘定は人間誰しもある。もし自分に害が及ばないのなら、ストーンズについたほうが勝算はあると考える勢力はいるだろう。

 そうなればコウも戦わないといけないのだ。

 ファミリアたちを破壊することに積極的なストーンズに与することは考えられなかった。


 毎日刀を振っていた。

 剣先にいる、存在しない人間を相手に。

 もちろん精神修養の一環だ。平和な日本で刀を持つ意味はない。


 実際に人を斬る機会などあるわけがない。それでも、居合いは想定しないといけないのだ。

 敵がいて、どう迎え撃ち、どう反撃するか。誰もいないその先、そして自分自身を。


 生き残るためにためらっている余裕はない。

 そういう意味でみずからを異端者であることは自覚していた。


「みんな、地球に戻りたいんだろうな」

「そうだろうね。コウもかい?」

「俺はさほど。親いないし」

「そうか。望郷の念に駆られられても困るが、この世界で君の居場所が見つかるといいな」

「ん?」


 コウは笑った、


「ここ、じゃないか」


 レバーを叩いた。


「そうだな、野暮だった」


 そういって師匠も再び眠りに入ったのだった。

残されたコウは、ラジオに耳を傾け、久しぶりに聞く音楽に癒やされた。

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