第59話 アヤミナお料理教室

 

 スーパーに向かった4人は美奈と綾乃の二人を主導に食材を買っていく。

 美奈と綾乃が話し合った結果、手料理を一品、簡単なデザートを一品に決め、手早く買い物を済ませるとそのまま葉山宅に向かう。家には啓基達の母親がおり、美奈と綾乃は挨拶をそこそこに事情を知る母親から許可を得ると、母親は買い物に出かけ、入れ替わりで台所を貸してもらう。


「それじゃあ始めようか」


 早速、買ってきた食材を並べ、手洗いを済ませると一度家から持ってきたエプロンを身に纏った美奈と綾乃は向かい側に立つ啓基と和葉に声をかける。美奈も綾乃も家から持ち込んだエプロンを着ている訳だが、美奈は可愛らしく華やかなエプロンを、綾乃は紺色のシンプルなエプロンを着ており互いに個性が出ている。


「まずはメインとなるチーズのトマトチキンスープを作りましょう」


 美奈の隣に立つ綾乃が人差し指をたてながら料理名を口にすると、啓基と和葉はお願いしますと軽く頭を下げる。傍から見ると、まさに先生と生徒のようだ。和葉には美奈が啓基には綾乃が付き、役割分担で進めていく。


 作るのは綾乃が言っていた通り、チーズのトマトチキンスープ。

 まずは料理名にもあるチキンの下ごしらえの為、臭みを取る為に下処理をした後、一口大に切った鶏もも肉に下味に塩コショウを振りかけると油を引いたフライパンで軽くきつね色になるまで焼き目をつける。


「油はねには注意ですっ」


 その作業を啓基が行うわけだが、早速熱したフライパンに鶏肉を入れようとする啓基に綾乃が注意を促すのだが実際に油が跳ねてしまい、啓基は僅かに浴びてしまって顔を顰めている。


「じゃあ和葉ちゃん、早速玉ねぎのみじん切りをやってみようか」


 そんな啓基を横目に美奈と和葉も作業を進めており、皮を剥いた玉ねぎを半分に切り落とし、芯を取り除くとまずは美奈が切り落とした玉ねぎの半分を使ってお手本として和葉にみじん切りを教える。


 流石に慣れた手つきで瞬く間に玉ねぎを細かいみじん切りに変えた美奈に和葉は感嘆の声を漏らすが、いつまでもそうはしてはいられず美奈はまな板の前から一歩引いて和葉にもう片方の半分の玉ねぎをみじん切りにするように促すと、和葉はゴクリと息を飲んで包丁を手に取り早速、美奈に教えられたままみじん切りを敢行する。


(和葉、上手くやれてるのかな?)


 鶏肉の焼き加減を見ている啓基だが、その耳には小気味の良いまな板を叩く音が聞こえる。

 横目で和葉の様子を伺えば、みじん切りを進めている最中のようだ。


「……和葉ちゃん……」


 だがその和葉の後ろに控えて様子を見ている美奈の表情はどこか引き攣っていた。


「音は立派だけど……玉ねぎ切れてないよ?」

「お、音重視だよ!」


 そう和葉は傍から見ればリズム良くみじん切りをしているように見えるが、実際は包丁が小気味よくまな板を叩くだけで間近にある玉ねぎがまともに切れていなかった。苦笑している美奈の言葉に今一よく分からない言い訳をしてしまい、流石に美奈も呆れてしまう。それでもまだ言い訳を続けようとする和葉であったが玉ねぎを切っているうちに目に染みたのだろう、悶えていた。


 だがそんななかでも作業は進んで行き、大きな鍋を油で熱し、玉ねぎをしんなりするまで炒めるとそこに焼き目のついた鶏肉と石つきを切り落として小分けしたしめじも入れて、そこにトマトジュースを浸かるまで投入すると、さらにそこにコンソメとケッチャプで味を調え、煮立って来たら多めのとろけるチーズを投入して弱火で煮込む。


「じゃあ、煮込んでいる間にデザートのコーヒーゼリーを作ろうか。あくまで私流の作り方だけどね」


 10分少々煮込めば完成といったところか。

 タイマーをセットした美奈は今のうちにデザートを作る事を提案すると準備を始める。と言っても用意するのは加糖のリキッドコーヒーとゼラチンだ。早速、和葉に計量カップに440CCいれたコーヒーと12gのゼラチンを小さな鍋に入れて弱火で火をかける。


「後はゼラチンが溶けるように適度にかき混ぜれば良いだけだよ」


 啓基にへらを渡して軽くかき混ぜさせる美奈。

 これで漸く料理を始めて落ち着くことが出来、料理初心者である啓基と和葉は一息つく。


「上手く出来るかな……」


 煮詰めているチキンスープと啓基がかき混ぜているコーヒーゼリーを見ながらひとり、不安げに呟く和葉。実際、指導されながらとはいえまともに料理を作るのなんてこれが初めてだ。当然不安もある。


「大丈夫」

「きっと上手く出来るよ」


 そんな和葉を安心させるように綾乃がその肩に触れると、美奈も和葉の手をとる。

 二人の姉のような存在に柔らかな笑顔を向けられた和葉はリキッドコーヒーをかき混ぜている啓基に視線を向けると啓基も微笑みを浮かべながら頷く。きっと上手くいくと勇気付けられた和葉はうん、と大きく頷き、出来上がりを待つのであった。


 ・・・


「よし……。まず火を止めましょう」


 それから10分少々が経過し、煮込むのにしていた蓋を取るとチーズが溶けたトマトスープが湯気と共に視界に広がっていく。出来上がりを見て、後で皆で味見をするため、一先ず綾乃はコンロの火を消す。


「コーヒーゼリーももう良いよ。後は冷蔵庫で冷やして固めれば完成だから」


 トマトスープの完成と共に美奈も啓基に指示を出す。

 まずは適当な大きさのタッパにゼラチンを完全に溶かしたリキッドコーヒーを茶こしを通して注ぐと蓋をしてそのまま冷蔵庫にしまって固形化させる。


「それじゃあお待ちかねの……味見をしよっか!」


 コーヒーゼリーは後は固形化を待つだけなので今はトマトスープの味見をしようと4つの器にそれぞれ注ぎ、最後に乾燥バジルを適量にふりかけて完成させる。そのまま食卓に運ぶと、いただきまーすと声を揃えて早速、作ったチーズのトマトチキンスープをスプーンで味見する。


「美味しいっ!」

「うん、これなら兄さんにも……」


 一口食べると和葉も啓基も表情を明るくさせる。

 口の中に広がるトマトの味とチーズの風味は相性抜群であり、たちまち笑顔が浮かぶ。これならば昌弘にも出せるだろうとそう思えるほど上手く出来たと言えるだろう。


 二人の反応を見て、美奈と綾乃も教えて良かったと顔を見合わせて微笑み合った。その後も固形化したコーヒーゼリーを四人で食べた訳だが、これも中々上出来で満足するには十分な出来だった。


 ・・・


「二人とも、今日は本当にありがとう。早速、明日兄さんに振る舞ってみるよ」


 美奈と綾乃による料理教室は夕方まで続き、そろそろ帰ろうとする二人を啓基と和葉は玄関先で見送っていた。


「うん、頑張ってね! 応援してるからっ!」

「メモも残しておいたので、困ったら参考にしてくださいっ」


 啓基達に見送られながら美奈も綾乃も当日の成功を祈る。

 きっと啓基達にとって記念すべき日となる筈だ。だからこそ最高の思い出を作って欲しい。美奈と綾乃の激励に笑顔で頷いた啓基達を見て、美奈達もにっこりと笑うと別れを告げて、帰路につく。


「成功すると良いですね」

「そうだね」


 茜色に染まり始めた空の下で、眩しい夕陽に照らされながら綾乃の呟きに美奈も同意する。

 だがいくらか距離は縮んだとはいえ、そこで美奈と綾乃の会話は途切れてしまい無言の空間が続いていく。


「私ね、今日……綾乃ちゃんと一緒に料理が出来て良かったよ」


 沈黙を破ったのは美奈であった。

 そよ風のような優しい呟きに綾乃はふと隣の美奈を見やれば、先程までの出来事を思い出しているのか柔らかな微笑みを浮かべている美奈の横顔が。


「私、最初に綾乃ちゃんと知り合った時、綾乃ちゃんが怖かったんだ……。今までもどこか綾乃ちゃんに苦手意識を持ってたんだと思う……」


 綾乃の第一印象は大人しい女の子といった印象であった。

 だがその印象もすぐに綾乃が見せた狂気を感じさせる姿に息が詰まるような感覚さえ味わった。それ以降も綾乃と距離を縮められたのだが、やはり強烈に刻み込まれた綾乃の印象は覆ることは出来ず、心のどこかで苦手意識を持ってしまっていた。


「でも今日、一緒にレシピを話し合って料理をして……。本当に楽しかった! もっともっと……今までよりもずっーと綾乃ちゃんと仲良くなりたいって……そう思えたんだ」


 今日ほど綾乃と密接に関わっていた時間はないだろう。

 今日という一日は啓基達の為でもあったが、それ以上に綾乃と過ごせて良かったと思っている。美奈にとっても今日はとても良い思い出になったのだ。だからこそそんな思い出を作ってくれた一人である綾乃に笑いかける。


「……美奈さんって本当にたらしですよね」

「うえぇっ!? な、なにゆえに!?」


 この茜の空に彩を加えるような愛らしく華やかな笑みを見せる美奈。

 綾乃だけに向けられたその笑顔を見た綾乃は呆れたように首を振りながらため息をつくと、今の流れからまさかそんな返答をされるとは思っていなかった為に美奈は唖然としてたじろいでしまう。


「いえ……でも私も楽しかったですよ。美奈さんがそんな笑顔を見せてくれるなら、今度は二人でどこか遊びに行きませんか?」


 あの笑顔こそ啓基がもっとも惹かれたものなのだろう。

 かつて啓基に笑っているように求められたが、やはりこの笑顔には到底敵わない。彼女の笑顔を見ているだけで暗かった部屋に太陽の温かな日差しが差し込んでくるようなのだから。そんな笑顔を向けられれば自分も知らず知らずのうちに笑顔になってしまう。


 でもそれで良いのかもしれない。

 綾乃は微笑みを浮かべながら今度は二人でどこか出かけないかと提案すると、それは美奈としても願ったり叶ったりなのか、うん!と強く頷く。


(太陽がいつまでも輝いてるのは鬱陶しいけど……でもその太陽がくれる温かさはやっぱり大切なのかもしれないしね)


 綾乃も美奈への印象は太陽のような明るい少女といった印象だった。

 だが太陽も直視していれば、眩しくて目を逸らしてしまう。そこにいるだけで輝きを放つ太陽のような美奈を綾乃もどこか妬ましく感じていた。


 だが太陽がなければ生きてはいけないように彼女に笑顔を向けられれば自然と笑顔を浮かべてしまうのだ。ならばこの太陽のような少女とこれからも上手く付き合っていきたい。天性ともいえる彼女が齎す温もりは陽だまりのように近くにいて心地の良いものなのだから……。

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