第35話 話がしたくて

「葉山が交際を?」


 翌朝、沙耶と共に登校しながら和葉から伝えられた啓基の交際について沙耶に話す。特に啓基に興味などないが以前の公園での出来事がある為、この短時間でそこまで発展した事に驚いているようだ。とはいえ沙耶自身、表情が乏しいために美奈ほど付き合いが長くなければ分からないほどの表情の変化ではあるが。


「沙耶ちゃんはどう思うかな……?」

「どう思うも何も……。ただ思ったのは自棄を起こした、ですかね」


 今の啓基の行動について沙耶の意見が聞きたかった。

 しかしどう思うも何も啓基に微塵の興味もない為、正直に言えばどうでも良い訳だが美奈に聞かれてしまっては答えるしかない。僅かに考えるように視線を伏せた後、再び美奈を見ながら答える。


 啓基が美奈に好意を抱いていたなど、それこそ幼い頃から知っている。

 一時期は啓基を筆頭に、美奈が誰かの物になってしまうのではないかと考えていたからだ。そんな啓基がこうも早く他の女性に意識を向け、交際するなどと言うのはいくらなんでも俄かには信じがたかった。


 考えられるのは自暴自棄になったということ。

 美奈が誰かと交際するだけに留まらず、それがよりにもよって同性、しかも自分なのだと知って心に大きな喪失感でも味わったのだろう。だからこそ美奈ではなく、それ以外に目を向けられるような自分の心を埋めてくれる何かを欲した。それが啓基について考えられる事であった。


 ・・・


「その、おかず……作って来たんです……っ!」


 昼時となり、屋上で食事をとっている啓基と綾乃。

 ここ最近、ずっと近くにいる啓基と綾乃の噂が立つのにそう時間はかからなかった。とはいえ近くにいると言っても会いに来るのは専ら綾乃であり、啓基から綾乃に会いに行くのはあまりなかった。


 フェンスの前のベンチで二人で腰掛けながら、綾乃は自身の弁当とは別の小さなタッパーに所狭しと詰められた卵焼きや炒め物などまさにお弁当のおかずという料理の数々があった。


「……じゃあ、少しもらうね」


 特に関心している様子もなくタッパーのおかずを漠然と見下ろしている啓基。

 反応を伺うように上目遣いで不安そうな顔をしている綾乃に何もしないのはそれはそれで何も思わないわけではないのか、おもむろに卵焼きを箸で摘み、そのまま口に運ぶ。


「ど、どうでしょう……?」


 味わうために口をもごもごと動かし、前の方を見ている啓基に綾乃は不安そうに尋ねる。誰かの為に、それこそ料理を作ったのなんてこれまで数えるほどしかなかった。


 そんな自分が彼氏の為に作ったおかず。

 母親に教えてもらったとはいえ、見ていて心配されるほどであった。そんな中、何とか完成したのがこのタッパーに全て詰まっている。見た目はお世辞にも整えられているとは言えないが味見だってした。だがそれでも一番食べてほしかった啓基の反応を見るまでは安心など出来なかった。


「美味しいよ。ただ……」


 別に特出して美味しいと言うわけではない。

 自分の好みかは微妙なところだが、それでも食は進める程度だ。家庭で作るものなど、これくらいだろうなという可もなく不可もない味。これに文句を言う気など毛頭なかった。


 だが自分はこれよりも好みの味を知っている。

 自分の中で欠片のように残っている少女が過去に作って振る舞ってくれた事がある。見た目も綺麗に纏まっており味も自分好みであった。それに比べるととは思うが……。


『……美奈ちゃんの代わりか?』


 先日の兄の言葉がふと過る。

 あえて考えないようにしていたのに、こうも突然、脳裏に蘇ってしまっては不意打ちなんてものじゃない。


 俯いて表情を隠す啓基。

 その表情は心底忌々しそうに険しく歪ませていた。


「……なんでもない」


 ただ、何なのだろうかと不安そうに啓基を見ている綾乃に静かに答える。

 それを綾乃に言ったところでどうにもならないことなど何より自分自身が一番分かっているのだから。


「だからそんな顔をしないでさ。笑ってよ」


 弁当を置き、不安そうに瞳を揺らしている綾乃の頬を軽く撫でながら微笑を浮かべる。

 しかしその微笑はとても寂しく虚しさを感じるような悲しい笑顔であることなどその笑顔を向けられる綾乃には痛いほど分かった。


 だがその事を指摘する事なんて綾乃には出来なかった。

 そんな指摘をしてしまえば、この関係がどうなるか分からなかったからだ。

 だがら綾乃は無理をしてでも笑顔を作ろうとする。

 自分に求められるのは、それなんだと理解しているから……。


 ・・・


「それじゃあ、また放課後でね」


 昼休みももう残り僅かとなり沙耶と二人だけで昼食をとっていた美奈は沙耶と別れて教室に戻っていく。沙耶との関係が出来上がってからと言うもの、今まで以上に沙耶と一緒にいる気がする。


 だがそれは自分が望んだこと。

 この上ない幸せであった。


「こ、小山さんっ!」


 自身の教室に戻ろうと併設している教室の廊下を歩き、自身の教室に戻ろうとした美奈を聞き覚えのない声が呼び止める。その声はとても緊張しているのが分かるようなビクついたものであった。


「貴女は……」


 振り返ればそこには綾乃がいた。

 こうして関わったのは初めてな気がする。

 それほどまでに自身と綾乃には接点がないのだ。


「その……放課後……少しお時間をいただけないでしょうか……? そのっ……本当に少しで良いので……」


 接点のない相手に話す為、不安な心を鼓舞するかのようにぎゅっと胸の前に手を握った綾乃から話を持ち掛けられる。突発的な出来事に違いないが、和葉に頼まれたこととはいえまさか綾乃から接触をしてくるとは思わなかった。


 問題などない。

 寧ろ僥倖なのかもしれない。

 美奈は綾乃からの誘いを受ける。


 ・・・


 放課後、クラスメイト達が思い思いの行動を取る中で沙耶は鞄を片手に教室を出る。

 教室を出て、二学年に続く教室に向かう最中、騒がしい男子生徒達が自分を走り過ぎていく姿を見て、騒がしさも相まってか不愉快そうに眉を顰める。


 とはいえそんな事よりも早く美奈に会いたくて既に男子生徒達の事は頭から消え去る。

 美奈は美奈で交友関係がある。玲菜、未希、啓基に限らず、彼女は色々なクラスメイト達や教師達と関わりがある。それに美奈と言うのはクラスメイト達と接している時など決まった場所にいるわけではない。


 もしも見失えば、会うのに手間がかかる。

 だからこそ急ぐのだ。早い段階で会うことが出来たのなら、その分美奈と一緒にいられるのだから。


「あっ……」


 物の数分で美奈の教室に辿り着いた。

 教室を覗こうとした瞬間、出会いがしらに鞄を持った啓基と鉢合わせする。

 流石に予想外だったのか、眉をあげ啓基は驚いたように声を漏らしている。


「……美奈ならいないよ」

「……そのようですね」


 相手が沙耶であった為、複雑そうに顔を顰めている啓基だが沙耶の目的である美奈がこの場にいない事を伝えると啓基の横から美奈の姿がないことを自身の目で確認し静かに答える。


 とはいえ美奈は放課後に、と言ったのだ。

 今はいなくてもすぐに会えるだろう。それよりも探した方が早いはず。そう思い、啓基に背を向ける。


「ねぇ」


 一歩踏み出した瞬間、背後から啓基に呼び止められる。

 自身が行動を起こした瞬間に呼び止められた為に、僅かに不快そうな様子で眉を顰めながら啓基を見やる。美奈は啓基に拒絶された事に悩んでいるようだが、沙耶にとって啓基に拒絶されようがされまいが、そもそも昔から有象無象程度にしか思っていない為、どうでも良かった。寧ろそんな相手にわざわざ呼び止められた為に自分の時間を無駄にされたようで早く終わらせろと言わんばかりに啓基に用件を視線で問う。


「聞きたい事があるんだ。美奈との関係について」


 美奈が綾乃に話を持ち掛けられたように、沙耶も啓基に話を持ち掛けられた。

 自分にとってどうでも良い話なら問答無用で却下するところだが、啓基が聞きたい事に答えれば少しでも美奈との関係も改善されるかもしれない。そうなれば美奈を悩ます障害も排除出来るかもしれない。


 全ては美奈のため。

 沙耶は了承するように啓基に向き直るのであった。

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