第33話 緩やかに壊れて
「あ、あの……」
放課後、人気のない校舎の裏庭では啓基は一人の少女と向き合っていた。
内向的なのか、はにかみ内股でもじもじと身をくねらせながら中々、言葉が出てこない。啓基はただ何も言わず彼女の言葉を待つように少女を見つめる。
啓基は彼女を知っている。
あまり接点こそないが同学の同級生だ。最近であれば、ポートシティ新二郷でぶつかった記憶がある。
目が見え隠れするほど伸びた前髪の間から恥じらうように揺れる瞳。外にはねるようなセミロングの茶髪を風に揺らし、ただおどおどした様子で身を丸くさせ、何とか言葉を振り絞ろうとしている。
彼女の名前は文山綾乃(ふみやまあやの)。
中々可愛らしい顔立ちも相まって小動物を彷彿とさせる加虐心をくすぐられるような少女だ。
「好きです! わ、私とお付き合いしてくださいっ!!」
ゴクリと固唾をのんだ綾乃は吐き出すように固く目を瞑りながら思いの丈を告白する。
それはまさに一世一代の告白のように。
告白を終えた後も啓基の反応を見るのが怖いのか、ギュッと目を瞑ったままだ。
しかし当の啓基は他人事のように、まるで動じた様子も見せない。
その瞳は興味のないドラマでも見ているかのように無感動に綾乃を捉えている。
「……良いよ」
ポツリと針のようなか細い声が啓基の口から洩れる。
しかし綾乃はしかと聞こえたのか、先程まで固く閉じていた瞼を上げその瞳を揺らしながら信じられないと言わんばかりに瞳を潤まして口元を両手で抑えている。
駄目元での告白であった。
葉山啓基は学年でも、いやこの白花学園でも男女教師生徒問わずに柔らかな物腰とルックスから人望を集める好青年だ。
必然的に彼に告白をする女子は後を絶えないと聞く。
しかしその都度、彼は告白を断っていると言うのだ。それは幼い時から好意を寄せている小山美奈の為だと言うのが専らの噂だ。
小山美奈という少女も彼と同じクラスで話したことこそないが傍からでも魅力的な明るい笑顔を浮かべる少女だ。交友関係も広く彼女が一人でいるところはあまり見た事がない。そんな美奈と啓基はお似合いとまで言われ、付き合っても誰も驚かないというぐらいだ。
しかしそんな啓基が自分の告白を受けてくれたのだ。
それが今でも信じられず、その上気した頬に一筋の涙が伝う。
「……一つだけお願いがあるんだ」
「な、なんでしょう……?」
しかし嬉し涙さえ流す綾乃を見ても啓基の表情も眉一つ動かない。
ゆっくりと綾乃に近づき、その涙を指先で拭いながら綾乃を見下ろす。
身長が157cm程度の綾乃が間近で180cm弱ある啓基に見下ろされるのは自分が感じていた葉山啓基の印象とは真逆の威圧感を感じてしまう。
「笑ってよ。俺の前ではずっとさ」
まるで彼女を通じて何かを求めるように啓基は綾乃に笑顔を求める。
その瞳は夕焼けも相まってか見上げる綾乃には妖しく見える。
それだけではない。
今何か刺激を与えれば、いとも簡単に崩れ去るような風に吹かれれば粉微塵に消えてしまいそうな程、今の啓基は酷く脆く儚い存在に思えた。異常にさえ感じるその様に綾乃に出来るのは、ただコクコクと振り子のように頷くことだけであった。
・・・
「はぁっ……」
「もぉ美奈、最近ため息ばっかじゃん」
啓基に沙耶との関係が発覚してからもうかれこれ一週間が経つか経たないかだ。
夜、シャルロットコーヒーにて夜のピーク帯を終え、業務用食器洗浄機によって綺麗になった山積みのような大量のティースプーンなどの銀食器を専用のテーブルダスターで拭っている美奈は人知れず目を閉じがっくりと肩を落として溜息をこぼす。
しかしこれ一回の溜息ではないのか、眉を潜めながらシフトが被って一緒に働いている玲奈はその隣でソーサーを拭い呆れた様子でまた違う意味の溜息をつく。
「もしかして葉山君のこと?」
「……玲菜ちゃん、もしかしてエスパー?」
この一週間、日に日に落ち込んでいく美奈の姿はどうにも居た堪れない。
自分に同性の交際相手がいることを明かした時、自分は幸せになれと言ったばかりなのに、だ。
とはいえ何となくではあるが大方の予想は察しが付く。だが美奈にとっては、まさか感づかれているとは思っていなかったのか意表を突かれているようで畏怖の視線を玲奈に送っている。
「……そりゃなんか最近、葉山君が美奈を避けてるのは知ってるし。なにかあった?」
美奈のボケをいやいや、と首を振りながらここ最近での二人の様子を思い返す。
どうにも一週間前を境に美奈と啓基が一緒に登校してくる事がピタリとなくなったのだ。それだけに留まらず美奈が啓基に話しかけようとしても彼女を避け、取りつく島がない勢いだ。流石にこればかりはクラスでも注目になっており、この際にと張本人の一人に尋ねてみる。
「その、実はさ……」
話す分には構わないのだが、それを聞かせるのはこの場では玲奈だけに留めたい。
左右を見渡して周囲の人々を確認する。客もそれぞれ思い思いの時間を過ごしており席を立つ気配も感じられず、その中で他のバイトはメニュー拭きやナプキンやシュガーの補充に回っており、厨房の嘉穂もラストオーダーに備えて片付けに集中している。
玲奈にだけ話すなら今しかない。
そっと玲奈に沙耶との関係を啓基に発覚してしまい、彼が自分達を拒絶したことを明かす。
「はぁー……バレたんだ」
「……うん、それっきり喋ってもくれなくなって……。世間で受け付けない人がいるのは知ってるけど……」
「それだけかなぁ?」
納得したように息を吐きながら呟く。
そんな玲奈にどうしたら良いかも分からず困った様子で苦笑しながら答える。しかし玲奈にはそれだけとは到底思えなかったようで視線を宙に彷徨わせながら首を傾げる。玲奈の言葉の意味が分からず、どういう意味なのかと美奈は玲奈の横顔を見やった。
「美奈が好きだったからこそその反動が大きかったんじゃないかなって。ほら可愛さ余って憎さ百倍ってやつ」
何となくではあるが啓基のここ最近での美奈への態度について予想を立てる。
確かに啓基は同性愛を受け付けない人物なのかもしれない。だがそれだけで露骨に美奈を避けるような人間だろうか? その理由はやはりそれこそ幼少期から美奈に好意を寄せており異性の自分よりも同性の沙耶を選んだことに裏切りに似たような想いを抱いたのではないだろうか
玲奈の予想を聞き、考えるように視線を俯かせる。
その時であった。
カランと小気味の良いドアベルの音が店内に響き補充に回っていたバイトが対応をする。水とおしぼりの用意の為、人数を確認しようとデシャップからのぞき込む美奈だが驚いたようにそこにいた来店客を見て目を丸くする。
そこにいたのは啓基の妹である和葉であった。
ジャンパースカートに青いロングコートを羽織り、黒のペレー帽を被った和葉は美奈に気づき、途端に嬉しそうな笑みを浮かべて軽く手を振り、そのままテーブルに案内される。
「いらっしゃい、和葉ちゃん」
「みぃ姉も久しぶりっ」
トレーに氷水の入ったタンブラーとほどよく温まったおしぼりを運び、和葉に挨拶をしながら音を立てずに彼女の前に置くと八重歯を覗かせながら活発に笑顔を返してくれる。それがたまらなく可愛らしく、ついつい頭を撫でてしまいたくなるが仕事中と言う事もあり、それをグッと堪える。
「決まったら、ボタンで呼んでね」
「あっ、みぃ姉!」
挨拶もそこそこにテーブル上の卓上送信機を指して、デシャップに戻ろうとする美奈。しかし、その歩みを和葉が止めた。
「その……話があるの……。だから……バイトが終わったら…………良いかな?」
もう注文が決まったのだろうかと振り返って見るがどうにも違うようだ。
まるで縋るように不安げな面持ちで美奈に頼み込む和葉に断る事は出来ず、美奈は当惑しながらも頷くのであった……。
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