第20話 君の答えを待ち続けて

「おはよっ、ケーキ」


 土曜日朝、後10分経てば時計の針は9時を刻む。

 晴天の下、駅前ではやはり交通機関を利用する人々が行き交っており駅の壁に寄りかかってイヤホンで音楽を聞いている啓基にたった今到着した美奈が足早に手を振りながら挨拶する。


「ごめん、待たせちゃったかな」

「いや、俺も来たばっか」


 出かけるには絶好の雲一つないこの空の下では、此方に晴れやかな笑顔で手を振って駆け寄ってくる美奈の姿は非常に絵になる。美奈にイヤホンを外しながら笑顔を向けた啓基は美奈の服装を見やる。花柄のワンピースと黄色のカーディガンを着ている美奈は春と言う季節も相まってとても可愛らしい。


 自分もファッションに詳しいと言う訳ではないが白いシャツの上にはベージュのスプリングコート、そして下はスキニーと少なくとも美奈と一緒にいて恥ずかしくない服装にはしたつもりだ。


「じゃあ行こうか、10時には上映だし」


 腕時計で時間を確認しながら啓基はにこやかに美奈に微笑み近くのバス停に先導するように歩き始める。


 やはり告白があったとしても、いつもと変わらない。そんな事を考えながら「うんっ」と美奈は頷くと啓基と最寄りの映画館のあるポートシティ新二郷に向かう。


 ・・・


 ポートシティ新二郷の映画館にやって来た美奈と啓基。この映画館は11までの大小様々なシアターがあり、映画によっては舞台挨拶も行われる程だ。同じポートシティにあるパラダイスパニックと並んで人で混雑するこの映画館は土曜日と言う事も相まって、より一層人でひしめき合っている。


「あーっ、美奈ちゃん、葉山君っ! 二人はホントに仲良しさんだねー」


 順番待ちの列に並び、漸くチケット売り場の窓口に向かえば、この映画館の制服姿の未希がいつもの愛嬌のある笑顔で出迎えてくれた。何を隠そう、未希はこの映画館でアルバイトをしている。アルバイト歴としては美奈と玲菜よりも長く、二人が同じシャルロットコーヒーで働く事になった時は「私、一人だけ?」と嘆いていた。とはいえシャルロットコーヒーもこの映画館も同じポートシティ新二郷にある為、従業員用の休憩所で会う機会はいくらでもある。


「良い席取ってあげるよっ。ここなんてどーかなっ?」


 未希にどの映画を見るかを伝えると、未希は可愛らしく「はーいっ」と笑顔で了解するとレジ側で操作して、客側から見せるモニターの映像をその映画のシアターの座席の情報に切り替える。映画館でアルバイトをしている身として、どこか見やすい位置なのかを熟知してる未希は座席の位置を指差しながら二人に伺うと特に座席に関しては見やすければ後は特に一番後ろが良いなど好みもない二人は頷く。


「10分前には入場できるよ、楽しんできてっ」


 高校生料金で会計を済ませると発券し終えたチケットを二人に渡しながら笑いかける未希。二人はそれぞれ「ありがとう」と口にして、手を振りながらチケット売り場を去っていき、背後の方から次の客の案内をし始める未希の声が遠巻きに聞こえる。


「グッズとかどうする?」

「うーん……映画観終わった後でも良いかな。それよりポップコーンとかどうする?」


 ふとチケット売り場と同じフロアに設けられているグッズ売り場を横目に美奈に尋ねる啓基。気にはなるが、楽しみにしていたとはいえ、もし映画が自分に合わなければ買っても損だ。美奈は悩みながらでも後回しにポップコーンなどを販売しているコンセッションを指差す。


 特に腹が減っていると言う訳ではないが、どうせなら何かつまめる物が欲しい。どうせなら買おうか、と啓基が美奈の問いに答えると、二人はそのままコンセッションの列に並ぶ。


 ・・・


「はっー……楽しみ……っ!」


 数十分後、シアター内に移動した美奈と啓基は座席に並んで座りながら映画の上映を待つ。いよいよ予告も終わり、シアター内の照明も消え本編が始まろうとした時、美奈は楽しみにしていたと言うだけあって、どこか興奮した様子でスクリーンを見ていると、その様子を微笑ましそうに見て啓基は笑う。


 映画の内容は所謂、恋愛映画だ。

 流行りの若手俳優達を起用した今、女子高生間で話題になっている映画。SNSなどで調べてみれば、概ね高評価を受けており、何でも甘酸っぱいやり取りと主演のイケメン俳優がヒロインに行うアプローチが胸にトキメクとか。


≪俺はずっとお前が好きだった。お前が気付かないだけだ≫


 映画も中盤に差しかかり、壁に追いやったヒロインに主役を演じるメディアに出ればイケメンを持て囃される若手俳優が愛の言葉を伝えている。やはり中盤だけあって、誰しもが息を呑んで映画の世界に魅入っている。


 ──ただ一人を除いて。


(……ずっと好きだった、か)


 ふと啓基は美奈の横顔を見やる。美奈も他の観客同様、完全に映画に引き込まれているのかスクリーンに視線が釘付けだ。


 美奈のことが好きだ。

 そう思ったのはいつの頃だっただろうか。きっかけはもう覚えてなどいない。だが、気付けば美奈を強く意識して心を掴まれていた。


 幼稚園時代からの幼馴染みであった美奈を最初はただよく笑う友達程度にしか思っていなかった。だが、だんだんと年を重ねれば男と女の体の違いが出て来る。彼女がどんどん女性らしくなっていく姿を見て、ただの友達とは考えられなくなっていたのだ。


『ケーキっ』


 自分は甘いものが苦手だ。そんな自分に無垢にデザートからとったあだ名をつけてくれた美奈。

 何でもスポンジケーキのように柔らかに思える優しい存在だから、と言う事だそうだ。


 今現在、自分以外に彼女が愛称で呼ぶ人間はいない。あの沙耶でさえだ。それが自分だけ特別な気がして、とても嬉しかった。


 けれども幾ら一緒にいたところで所詮、自分はただの幼馴染みでしかない事を悟ってしまった。何とかその認識を変えようと、さり気ないアプローチを重ねたが全くと言って良い程効果はなかった。だがそれでもなんとかその関係を変えたかった。今の関係を壊してでも、自分は美奈と結ばれたかった。


 だから告白した。

 彼女が狼狽えている姿を見て、やはり自分はただの幼馴染みだったと言うのを感じた時は辛かったが、それでも自分の意志を伝えられた。


 答えを急かすつもりはなかった。

 ちゃんと自分との関係を考えて、自分の意志で交際を決めて欲しかったからだ。


 だが彼女に告白したのは、どうやら自分だけではなかったようだ。聞きそびれてはしまったが彼女は自分とその相手の間で悩んでいると言う。だから最初は自分とまだ付き合えないと答えていた。


 とはいえ、その答えはまだ安心できた。

 まだ彼女と関係を進められる可能性はあったのだから。


 自分をどう思っているのだろうか?

 美奈は答えを見つけられたのだろうか?


 不安になる。


 あれからと言うもの結局美奈に変わった様子もない。

 今日こうやって一緒に出掛けていると言うのに、今までのような友人関係の接し方と何ら変わらない。

 自惚れているつもりはないが、自分はこれまで何回か異性から告白を受けた事がある。それらは全て美奈への想いから丁重に断らせてもらったが、少なくともそれだけ異性として女性を引き付ける魅力はあるのだと思う。だが何ら変わらない美奈の態度と接する度に自分には異性としての魅力はないのだろうかと自信を失くしてしまう。


「!」


 ふと、視線に気づいた美奈が啓基に顔を向けると何気なく笑いかける。ドキッと心臓が高鳴って思わず身体が震えてしまう。薄暗いこの空間でスクリーンの明かりに照らされながら笑う美奈はいつもと違った魅力があったからだ。


 顔が熱くなったのを感じる。気恥ずかしくて気付かれたくはないと美奈を見ないようにと顔を俯かせる。


 美奈はその笑顔がどれだけ人の心を乱すのか分かってはいない。だが自分はこの純粋な彼女の笑顔は好きだ。出来る事なら隣でずっと笑っていてほしい。


 美奈を常に意識してしまう。映画を見に来たと言うのに、肝心の映画に集中できない。彼女といるだけで心が乱されて彼女以外に意識を向けられなくなってしまう。だが少しは今の状態を幾分、なんとか出来る方法は知っている。


(……美奈、早く答えてくれないかな)


 再び映画に魅入っている美奈に想いを馳せる。少なくとも美奈が答えを教えてくれれば今の自分のもどかしい気持ちは晴れるのだから……。

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