AM10:35

 それは果てしなく長い道のりだった。


 数多の障害が行く手を阻み、俺達の歩みを止めようとする。


 倒れ伏す同志たち。その屍を踏み越え、涙をぬぐって前に進み続ける。


 その先に、俺達のオアシスがある事を信じて――――




 ――――なーんてことはなく、俺と保手浜はトイレに辿り着いた。


 いや、お前も頭イカれたのか、とか言ってくれるなって。俺の心構えはわりとマジでそんな感じだった、って事なんだよ。


 けど実際は、いつもと同じ。生徒達が行き交う廊下、絶え間なく響く談笑の声。それらの間を縫うように歩き、俺達は今トイレの前にいる。


「ん? どうしたんだよ、三崎」

「あぁ……いや、なんでもない」


 足を止めた俺に怪訝な声で言う保手浜。


 俺が見慣れたトイレを睨みつけているように観察しているのだから、まぁ至極まともな反応だろう。


(見た感じ、妙な所はないな……)


 校舎のそれぞれの階に設置されているトイレ。奇数階が女子トイレ、偶数階が男子トイレになっていて、俺達は3階の教室から階段を下りてここ、2階の男子トイレに来たのだ。


 ここで女子と出くわす事はほぼほぼ無い。俺達男子がわざわざ奇数階の女子トイレの前でたむろしようものなら、確実に変態の烙印を押されるだろうが、女子も同じように偶数階のトイレを避ける心理が働いているんだろう。


 それはさておき、普通にトイレだ。毎日のように利用している、何の変哲もないトイレだ。


 ほっと一安心……はしない。この世界はどうも、俺が安堵した瞬間にビビらせて来やがるからな。その手には乗らねぇぞ。


 いい加減、保手浜の視線が痛い。こいつはこいつで限界っぽいし、とりあえず中に入ってみるとするか。


 俺は保手浜に先んじてトイレのドアの取っ手を掴み、小さく深呼吸する。


 悪魔がお出迎え? 便器のフォルムが魔界仕様に改造? 鏡の中の俺が勝手に動き出す?


 今の俺の想像力で絞り出せる〝やべぇ状態〟を脳にインプット。よし、これで多少はマシなはず。何か起きても、冷静に対処すればそれでいいんだ。


 意を決して腕に力を籠め、ドアを引く。そして、


(……な、なんだよこれ!?)


 目を見開く。辛うじて声に出さずに済んだけれど、驚きは禁じえない。


 やっぱり、この世界はどこまでも俺の想像力を超えていた。

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